第十九話 詰んだかもしれない


 アニーがシェラの隠形勁を解く。


「凄いぞ! なんという魔法だ?」


 よくぞ聞いてくれましたばりにアニーがドヤる。


「武技──」


 ポカリ


 こいつ今、武技魔法って言おうとしたべ、人族の固有魔法名を出すなや!


「い、痛いです! なにをするんですか!」


 なにするんですかじゃあねえし! 口を滑らせかけたことにも気づいてないのかよ。ほんとポンコツだな!


 代わりに笑みを浮かべて少女に答えた。


「我が一族の秘伝ですので、ご容赦ください」


「そうか、残念だが仕方ない」


 話しているうちに気づいたが、この少女は高貴の出だ。話し方や所作、身にまとう雰囲気、肌髪の艶。そして膨大な魔力の保有量が一般人とは違いすぎる。魔族であるのに、同じ魔族から隠れている。そして多すぎる見廻りの数。間違いなくこいつを探していたでファイナルアンサー。


「少しお話を聴かせていただけませんか? 実は私たちは最近まで人族に囚われていて魔族の世情に疎いのです」


「おお、アニーから聞いておるぞ。災難であったな」


 破壊僧の頭でもちゃんと覚えていたか、あとで褒めてやろう。


「そういうセッテイと言っておったが、セッテイとはなんぞや?」


 前言撤回、やはり鉄拳制裁してやる。


「セッテイというのは、私たち家族内の言葉遊びです。ご放念ください」


「ふむ、そうか?」


 深く考えることをしない良い娘である。


「それよりもお話を聞かせてください」


 聞いた話を要約する。


 家は城。


 父は王様。


 はい、間違いない。王女だわー、この子。

 なんで一人でこんなところに、しかもみんなから隠れて。


 シェラは言う。


「わらわの力で人族を根絶やしにしてやるのだ」


 力満々で言い切るシェラだが、続いて不満気に唇を尖らす。


「しかし、みんな止めてくるから、無断で飛び出したのだ」


 話を要約するとこういうことだ。


 小さな魔族姫が、人族を倒してやると城を出奔。

 魔族領域最前線に供も連れず一人で向かった。御歳九歳の魔王ご息女。才能に溢れ戦闘訓練で敵なしであったことで増長したのか、はたまた強い正義感ゆえか、それとも溢れんばかりの愛国心の賜物か、何はともあれたった一人で人族に突撃するつもりのおてんば姫。

 魔族の諜報機関が総出で探したところすでに最前線の領域に入ったとのこと。基地内外を含めて大慌てで探していた。


 魔族側の動きがきな臭いって言ってたけど、これは、人族に対して企みがあるのではなく、総出で王女を探してるだけだわ。


 しょーもな。

 タネが割れてしまえば、こんなオチである。


 ふと思案する。

 これはチャンスなのでは?

 ここでるべきではないか?


 しかし──


 ちらりとアニーを見やる。

 絶対に止めてくるよな。武技魔法では完全に自分より上である。


 一撃で決められれば良いが、失敗すれば騒ぎになる。魔族領域の軍事基地こんなところでそうなれば、まず間違いなく助からないだろう。リスクが高すぎる。人族国家奴隷の身なれど任務より自分の命の方が大事なのだ。


 第二案は、この王女を人族領域に連れ込む。つまり誘拐だ。王女と破壊僧は馬鹿なので方便で丸め込めばいい。そうと決まれば実行だ。


「姫様のお考えに感銘いたしました! 私たちは人族領域を少しは知っております。僭越ながら案内をいたしましょう」


「本当か!」


 シェラは喜色満面だが、アニーは首を傾げる。


「え、いいんですか?」


 アニーには、こう耳打ちをする。


「せっかく友達になれたんです。人族国家を案内しましょう。もしかしたらこれが友好の架け橋──その第一歩になるかもしれません」


「すっごくいいアイディアです!」


「じゃあ、すぐにでも行きましょう。思い立ったが吉日です」


 こっそりと部屋を抜け出す。

 もちろん隠形勁にて気配を消しているが、アニーは自身とシェラを完全に隠しきっている。

 そのため姿を確認することはできないが事前の打ち合わせで、こちらについてくるように指示をしていた。


 じっくりと時間をかけて多数の見廻り兵をやり過ごし、やっとのことで基地から外に出ることができた。

 まあ、外は外で哨戒がウロウロしてるんだけどね。


 それでも進行は恐ろしいほど順調だった。

 今思えば、それで調子に乗ってズンズン先に進んだのが良くなかった。


 何事も人生山あり谷あり。万事塞翁が馬という。

 調子の良い時があるならば、悪い時も必ずくるものなのだ。


 もうすぐ人族領域に入ると言うところで──アニーが転けた。

 隠形勁が解けるだけならまだしも、盛大に衝波勁を撒き散らしてくれた。


 あちゃぁ〜、と額に手をやる。そうだポンコツにはこれがあったのた。手をつないで先導するのを完全に失念していた。

 今まではシェラ姫が手を引いていたのだろうが、しょっちゅう転ぶということを伝えておけばよかった。


 即座に周囲の気配を探り、思わず舌打ちをする。


 三人分の気配が近づいてくる。それも全員が、──自分よりも強い。逃げようにも凄い速さだ。数分もかからずここに到着するだろう。

 それであるならば、逃げるよりも準備を整えて迎え撃つほうがなんぼかマシだろう。

 いやいやちょい待ち、ワンチャン魔族だと騙し切れて基地に連れ戻されるだけで済むかも。


 自身の隠形勁を解く。もちろんすぐに金剛勁を発動できるように準備はしておく。


「やっと見つけましたぞ、姫様!」


「げぇっ!」


 その声に苦鳴を漏らしたのはその姫であるシェラ── シェラディアスだった。


「よりにもよって、彼奴らにも見つかるとか……ついてないぞ」


 魔族三人組。

 翼のある魔族に抱えられ空から着地した。

 一人は獣魔族。

 一人は悪魔族。

 最後は吸血魔族。


「……シェラ様、もしよろしければご紹介いただいても?」


「わらの親衛隊だ」


 あらまあ、そんなのが来ちゃいましたか。王女の護衛がそこら辺の哨戒より弱いことはあり得ない。間違いなくエリートである。


「左から、獣魔族のライガ、悪魔族のディヴァー、そして吸血鬼真相シンエルン。いずれも魔族随一の強者だ」


 頭痛い。特に最後の魔族──よりにもよって、吸血魔族の真相、、である。


 詰んだかもこれ。

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