第十七話 犬かよ
早朝。
準備万端の何でも屋から、変装用の衣服をもらい、それに着替えて、その上から外套を身に纏う。
「安心しな。俺が魔族領域の入口まできっちり送り届けてやるからよ」
何でも屋がこのまま魔族領域の手前までは案内してくれるとのこと。
街を出て、選定されたルートをひた歩く。
残念ながら魔族用の足は用意されなかった。人族の足を使うわけにもいかないのでひたすら歩く。
人族領域と魔族領域の間は過去の大戦で不毛な大地と化しており、現在は緩衝地帯の役割を果たしている──といっても無いよりはマシという程度だが。
そんな不毛な大地でひたすら歩き、時に休憩し、時に一夜を明かした。
そして明くる日の正午。
事態は急変した。
事の始まりは、人族の哨戒に見つかったことであった。
これは任務であるので、説明すれば問題ないだろう。
「ここは俺に任せておきな」
何でも屋が前に出る。
「お勤めご苦労さん。俺たちは──」
──爆炎。
先頭の兵が話を聞くこともなく、第一魔法を発動。何でも屋はゴミ屑のように吹っ飛ばされた。
「何でも屋さんっ!」
すかさずアニーが回復魔法をかける。これだけ離れていても行使できることに素直に感嘆したが、それどころではない。
「怪しい輩の話など聞く耳もたぬ。見敵必殺である!」
隊長と思われる偉丈夫が声高々と告げる。
まず敵ではないのだが。
慌てて口を開こうとして──すぐに閉じた。
だって……
「総員、撃ち方用意ッ!」
問答無用で魔法を撃ち込む気満々なんだもの。
「逃げますよ!」
アニーの手を引いて走り出す。
「何でも屋はっ?」
もちろん置き去りだ。助ける余裕などあるはずもない。
「いいから、走って!」
相手は間違いなく脳筋だ。
今でさえ怪しい輩という認識なのに、フードがとれてエルフ耳が晒されれば、言わずもがな。
「我ら人族の敵を討ち滅ぼさん──撃てえぇーっ!」
魔法弾の雨あられ。
軽身勁を駆使して避けまくり、爆風は衝波勁で相殺する。
こんなところで任務失敗とかなったら笑えない。使えないと判断されて処分される未来が脳裏をちらつく。
くそう。
半泣きになりながら二人で魔族領域に向かって爆走する。
おい、だからなんで自分の足に引っかかって転びそうになるんだよお前は!
無理矢理引っ張って逃走。
僕の明日はどっちだ。
●△◽️
なんと魔族に助けられた。
不幸中の幸いと喜んで良いものか。
どうやら魔族軍の哨戒らしい。
人族の哨戒は撃破された。
敗因は脳筋であったことか。僕たちにバカスカと魔法を連発していたために魔族の哨戒とぶつかった時には魔力の残量が乏しかったのだ。
魔力が底をついたと同時に「魔族どもめッ、覚えておれよ! 今度遭った時がおのれらの命日だ!」そう言い残して転進──撤退していった。
「民間人がどうしてこのようなところに……」
なぜ追われていたと訊かれる。当たり前だ。
すでに用意していたシナリオとは異なった展開になっているため、考えていた設定は使えない。
さて、なんと答えるべきか。
不自然にならない程度に黙考して口を開く。
「実は両親共々人族に捕らえられ奴隷として囲われていました。両親はあの残虐非道な
うん、適当言ってるけど、最後のほうはマジ殺されかけたからね。攻撃魔法の雨あられってアホか。貴族の集まりが哨戒任務なんてしてんなよ。暇なんか? しかも脳筋って勘弁しろよな。
「助けていただきありがとうございました」
深々と頭を下げる。
「ふむ。それは災難であったな。親族はいるのか?」
いるならそこまで送らせるが、と言われるが首を横に振る。
「物心ついたときには人族に囲われていたため、こちらのことは話でしか存じませんが、親族はいないと聞いております。それにいたとしても私たちを引き取りはしないでしょう」
そう言って、額や手首の刺青を示す。
「人族奴隷の証です。生きるためとはいえ、人族の言いなりになった私たちです。そんな魔族の面汚しを養いたいと思う方はいないでしょう」
人族へのヘイトがたまっていく。
「せっかく拾った命です。魔族領域の片隅で、姉と一緒に亡くなった両親の分まで精一杯生きていきます」
僕ってば超演技派。
エルフの軍人が聞いてくる。
「どこの氏族だ?」
は?
なに?
え? なにそれ? エルフの中でさらに一族があんの?
「たとえどのような状況にあろうとも子に氏族の教えを引き継がないエルフなど存在しない。人族に隷属させられているという屈辱を受けているのであれば、なおさらだ」
エルフの鋭利な瞳は冷たい輝きが宿っていた。これはもしかして疑われている?
マズイ。マズイマズイマズイマズイマズイ。
そこをアニーに助けられる。
「リアゥートゥム」
アニーが不思議な指の形を組んで祈りの言葉を発した。
「私たちはシンガジヤムの氏です」
「これは珍しい。興味のあることに没頭するあまり危機感のないことで有名な少数氏族だ。もう滅んだかと思っていたがまだ生き残りがいたのか……」
「両親が気の向くままに旅をしていたら人族に捕まったと……」
「シンガジヤム氏族であれば、さもありなん」
隊長が驚きを表す。
「そんな奴らいるのか?」
「数あるエルフの氏族でも変わり種だ。好奇心は身を滅ぼす──を地で行く奴らだった。もう長く目にしていないのでてっきり……と思っていたのだがな」
「一旦、任務を切り上げて保護するか?」
「いたしかたない、な」
こうして無事に魔族領に入り込むことに成功した。
それも破壊僧であるアニーの手柄で。
信じられない思いで彼女を見やる。
笑みを浮かべてアニーは身を寄せてくる。
「実は魔族言語はネイティブ並みに話せますし、魔族の文化にも詳しいんです」
こっそりと耳打ちされた。
「なにせ魔族は人族の隣人ですからね、仲良くなるにはまずお互いのことを知るのが大事です!」
そういえばこいつの博愛は魔族にまで及ぶんだった。それで叛乱罪を適用されたのに全く懲りてないな。
「お師匠さまに教わったんですよ」
師匠……あんた知らないことないのか。
それはともかく──
「ありがとうございます。助かりました」
むふふん、と豊かな胸を張る。
「わたしできる子ですからね!」
どや顔にイラっときたが、助けられたのは事実である。背伸びして頭を撫でておいた。
ヘッヘッヘッヘッと鼻息荒く、ちょー喜んでる。
犬かよ。
「仕事で初めて褒められました!」
そういえば、魔道具に魔力を込めた件を褒めるの忘れてたわ──って、ちょっ、ホント犬みたいにまとわりつくのやめて、興奮しすぎだから。
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