第十六話 こいつマジか?


 エセエルフへの変身が終わったので、引き続き打ち合わせ。


「魔族領域の金銭は手に入りそうですか?」


「ある程度だったら用意できるぜ」


 それに加えて現地で稼ぐことも視野に入れておこう。


「変装用の衣服は?」


「それもあてはある」


「侵入経路は?」


「魔族にばれにくいルートをいくつか選定してある」


 よし。この任務いけそうな気がしてきた。


「金銭や変装用の衣服、携帯食、その他もろもろの準備にどれくらいかかりますか?」


「明日の朝にはすべて調達できる」


「では、朝イチでここを出発しましょう」


「オーケー」


 何でも屋は、入ってきた時同様に窓から出て行った。


 ふう、と一息ついたところで、アニーからのキラキラした視線に気がついた。


「……なんでしょうか?」


「明日の朝イチに出るもいうことは、それまでは自由時間ですよねっ?」


 全身で遊びに行きたいと表現していた。

 そのことに思わずこめかみをおさえる。こいつ正気か?


「アニー」


「はい!」


「あなたはできる子ですよね?」


「もちろんです!」


「なら待機できますよね?」


「できません!」


 元気いっぱいのお返事だった。


「お外がわたしを呼んでいます!」


 勘弁してくれ。お前、今エルフの姿してんだぞ。そんなお前がノコノコお外に行ってトラブルにならないわけないだろう。

 下手したら魔族が攻めてきたと勘違いされて戦の引き金になる。せっかくの小康状態なのに、大きな戦にでも発展したら、──考えるまでもない。拒否権のない国家奴隷の身だ。駆り出されて使い潰されるに決まっている。


「……アニー」


「はい!」


「あなたにしか頼めない仕事があるのですが」


「え? わたしにしか頼めない?」


「そうです、あなたにしかできない仕事です」


「わたしにしか、できない仕事……」


 その破壊っぷりから頼られることが皆無なアニーは、頬を紅潮させてその言葉を繰り返す。


「な、なんでしょうっ? なんでも言ってください! ほらっ、わたしできる子ですから!」


 食いつきがハンパないな。

 普段どれだけ邪険にされてるんだか。


 そう考えつつ、懐からある品を取り出す。


「こ、これは?」


 手のひらに収まるサイズの石ころにしか見えない物。


 実は自作の魔道具──勁の貯蔵装置だったりする。

 かつて魔造炉が魔石をつくりだしていたように、勁を固体化してそこから自在に取り出すことはできないかという発想のもとにできた実験作である。

 そのまま勁を固体化させることは困難であったため電池に充填するように貯蔵できないかと実験を繰り返した末の産物なのだが──

 貯蔵した勁はすぐに放電──ならぬ放勁してしまい、それを逃さないために、勁の伝導率が皆無の絶縁体にて囲うしかなく、絶縁体で囲ってる間に勁が完全に抜けてしまった失敗作でもある。絶縁体で全てを囲ってしまったために勁を再充電することもできない。そもそも絶縁体で囲ったら取り出せないじゃんと気付いたのは実験作が形になってからという始末。


 そんな失敗作をアニーに渡す。


「その核には勁を貯蔵する機能を持たせています」


「勁を貯蔵!」


 新しい玩具を渡された子供のように全身からわくわくした雰囲気をかもしだしている。


「ただ勁の絶縁体で囲ってしまっているため、核に勁を流し込むことができません。しかし──」


 ここでアニーに瞳をひたと見据える。


「アニー、あなたであればこの核に勁を流し込み貯蔵することができると信じています」


「わたしならできる……」


 もうアニーの瞳はきらきらを通り越してきらんきらんしている。


「制限時間は明日の朝までです。くれぐれも壊さないように扱ってくださいね」


 失敗作のため壊れても問題ないが、あっという間に壊して暇になったアニーにまたゴネられても面倒くさい。


「はい! このできる子であるわたしにお任せを!」


 そうしてアニーは手元の魔道具に勁を流しては弾かれるという作業を飽きることなく続けた。


 それは決して蓋の開かないかめに水を貯めようとしているに等しい。要するに完全な徒労である。


 それでもアニーは嬉々として膨大な勁を練り込んで手元に集めている。


 それを横目に見つつ、明日の準備に余念のない僕なのでした。


 ●△◽️


 翌日、午前三時頃──


「レイ君レイ君レイ君レイ君レイ君!」


 不快な振動とともに起こされた。


「なんですか、まだ日も昇ってですよ」


「できました!」


「は?」


 自慢するように掲げられたのは魔道具。

 手に取らなくてもわかる。勁が充填されている。


「……は?」


 ドヤ顔のアニーと、魔道具を何度も交互に見る。


「はぁあああぁっ?」


 思わず魔道具を手に取り、何かの間違いじゃないかと確かめまくるが、間違いなく勁が貯蔵されている。しかも満タンだ。


「……どうやって?」


 よくぞ聞いてくれましたとばかりに、むふふんと鼻息荒くアニーが答える。


「浸透勁を応用しました!」


「……浸透、勁?」


 説明しよう。浸透勁とは外部を破壊せずに内部のみを破壊する勁技である。

 繰り返そう。内部のみを破壊、、する勁技なのだ。

 どこをどう応用すれば、破壊する技で核に勁を流し込めるのか。


「愛です」


「はい?」


「凄く難しかったですが、やっているうちにわかったんです」


 アニーが両手で胸をおさえる。


「愛を込めて勁を流せば良かったんだって」


「ちょっとなに言ってるかわからないです」


 悩んだ僕は失敗作パート2を取り出してアニーに渡した。


「もう一度やってみてもらえますか?」


「もちろんいいですよ」


 アニーの実践。一見普通に勁を流し込んでいるように見えるが、勁を髪の毛よりも細く練り上げて、さらに螺旋を描くように魔道具に注入している。しかも両手で同時に勁を発している。右と左からそれぞれ極細に練り上げられた浸透勁は魔道具に注ぎ込まれ──核と絶縁体の僅かにある隙間でぶつかり合い、なんと攻撃力を霧散させた。それをさらにあやつり核に勁を注入していく。


 こいつマジか?


 人はここまで勁を精緻に扱うことができるものなのだろうか。まさに武技魔法に愛されているとしか表現できない天性の発露である。これで運動能力が壊滅しているのだから神は与える才を間違っているとしか思えない。


 とりあえず考えるのが面倒くさくなったので、アニーにこう言っておいた。


「それも勁を注いで満タンしてください」


「はい! 任せてください!」


 元気よくお返事するアニーから視線を外して、倒れるようにベッドに横になった。

 そのまま朝まで寝た。

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