第十五話 変装しました


 結果から言うと、空の旅は予想以上に快適であった。

 アニーがこっそりと、継続回復魔法を飛竜に使っており、全速力で飛び続けてくれた。御者が困惑の声をあげていたが、休憩が必要にないくらい早く城塞都市に着いたのは僥倖であった。たまにはポンコツも役に立つことをする。

 ふむ、このポンコツを上手く運用できればこのミッションも達成できるかもしれない。歩かせないで一つのことに専念させることが重要だな。


 というわけで、やってきました。

 城塞都市。

 魔族領域に一番近い街。

 きょろきょろと周りを見渡して、すぐにでも走り出しそうなほどワクワクしている破壊僧アニー。

 ため息をつきつつ、金剛勁を使ってしっかりと手をつなぐ。

 取り急ぎ、協力者にわたりとつけなければ。

 散歩でいうことをきかない犬のリードを引っ張るように、アニーの手を引く。


 最前線に一番近い街だけあって、どこかピリついた雰囲気がする。ここは孤児が多いな。ちらりを視線をやると孤児特有の空気をまとった子供がちらほら。戦争で死ぬ親が他の街より多いのだろう。同じ孤児として陰ながらエールを送っておく。


 隣の彼女は足をぶらつかせるように歩いている。実に楽しげであるが、仕事で来ているという認識はあるのだろうか。


「しっかりと歩いてください」


「歩いてます。そんなに引っ張ると手が取れちゃいます」


 てめえの頑丈さで手が取れるわけねえだろ、取れても回復魔法で生えてくるしな。

 アニーの言い分を完全無視して街をひた歩く。

 目的の場所は薄暗い酒場──ではなく、高級宿屋。

 そのまま中に入ると、カウンター嬢が声をかけてきた。


「あれまあ、美人姉妹だこと」


 ぴしり、と僕の額が引き攣る。


「てへへへ、わたし美人ですか?」


 アニーが頬に片手を当て身をくねくね。

 それを冷ややかな目で見つつ、カウンター嬢に一言。


「僕は男ですし、これとは血の繋がりはおろか、職場が一緒なだけのただの他人です」


「がーん!」


 ショックを受けているアニー。

 それを無視して、一度目は咎めませんが、二度目はありませんのでご注意ください、と付け加える。


 ぱちくりとするカウンター嬢だか、苦笑して頷いた。

 客商売しているのだ。変な客には慣れているのだろう。


「ところで宿泊を希望なのですが、部屋は空いていますか?」


「一人部屋を二つかい?」


「いえ、二人部屋で構いませんが、うるさいのが苦手なので、他人の声が聞こえない角部屋が良いのですが」


 ふうん、という顔になるカウンター嬢。


「静かな部屋をお望みかい?」


「はい、夜にフクロウの声が聞こえるほど静かな部屋、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、であればありがたいのですが」


「ご希望に添う部屋がちょうど空いてるから案内するよ」


 視線をこちらの背後に飛ばす。すると控えていた従業員が荷物を受け取り誘導してくれる。


「こちらです」


 案内されたのは三階の角部屋。


「ありがとう」


 従業員にチップを渡して部屋に入る。

 荷物整理などをしていると、椅子に座ってぶらぶらと足を揺らすアニーが不満気に声をあげた。


「外に行きましょうよー」


「遊びでここにいるわけではないのですが、そこのところは理解されていますか?」


 冷たい視線を発動。

 破壊僧には効果はいまひとつのようだ。


「もちろん、わかってます。わたしできる子ですから」


「なら大人しく待機できますね」


「もちろんです」


「はい、ではこの話はおしまいです」


 そんな生産性のない会話をすること五分。

 窓の外から、、、、、ノックの音がした。

 協力者──通称、便利屋の到着である。

 見るからに怪しい狐のような男。


「よお、べっぴんさん」


「僕は男です。一度目は咎めませんが、二度目は容赦しませんよ」


「知ってる。こっちは便利屋兼情報屋だぜ」


 そもそも、べっぴんは元々女の人だけに使うものではないぞ、と続けられる。

 別品、普通とは違う良い品物の意味。転じて優れた人物も意味するようになり、男女に用いられた。やがて高貴な女性を意味する嬪が当てられたことから女性への褒め言葉へなっただけとのこと。


「それぐらいは基礎教養だぞ、べっぴんさん」


 ぽんぽんと頭を叩かれる。

 気に食わないが、まあ良い。彼は味方だ。このポンコツのように被害をばら撒くわけでもない。


「話を進めましょう。魔族領域に侵入する手筈は?」


 変装道具やあちら側の貨幣。又はあちらで金に変えられる品物が欲しい。


「もちろん、まだだ」


「……実は喧嘩を売ってたりしますか?」


 今だったら言い値で買おうと思うのだが。


 慌てなさんなと手をひらひら。


「戦時中だ。互いに間諜スパイを送り合ってる。簡単な偽装はすぐバレちまう。てなわけで──これだ」


 取り出したのは、細身のナイフ。前世のメスに似ている。


「あんたべっぴんさんだからな、森妖魔族エルフにでも化けてもらおうと思うが、魔族領域あちら側の検問は厳しいぜ。作り物の耳なんかじゃ即バレだ」


 なるほど。


「ということで、ナイフこれと回復魔法で耳そのものを整形する。ああ、心配すんな。耳をそぎ落として回復魔法をかければ元の形の耳が生えてくる」


「回復魔法が使えるのですか?」


「ああ、便利屋兼情報屋兼僧侶だ」


 それはもう『なんでも』だ。


「麻酔代わりに噛むかい?」


 痛み止めの薬草を差し出される。


「いえ、痛みに耐性はあるのでそのままやってください」


 毒や痛み、精神的拷問まで耐性訓練は師匠からみっちりと受けている。


「オーケー。施術を始めるぜ」


 耳に鋭い痛みが走る。

 おおーとアニーがもの珍しげに見ている。

 そして出来上がったのは、まさにエルフ耳。美貌も相まって森妖魔族エルフにしか見えない。


「おお〜!」


 アニーが拍手をしている。

 まんざらでもない何でも屋。


「さあ、次はあんただ」


 アニーがいそいそと何でも屋の前に座った。

 さてここで問題がひとつ浮き上がる。

 彼女はデフォで継続回復魔法を自身にかけている。一旦やめろと言ったら、どうやってやめるんですか、ときたものだ。そうだった。こいつポンコツだったよ。

 頭が痛くなるが、何でも屋は逆に燃えた。


「回復する次の瞬間までにある程度の整形をしてそれを繰り返せばなんとかならぁ!」


「おお〜〜!」


 パチパチ。

 アニーは楽しそうにしていた。

 なんでも良いから早くしてくれ。

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