第十二話 アホの子


 どうも皆さまこんばんは。

 僕あらため国家の犬です。

 どうか気軽にポチとでも呼んでください。

 わん!

 まあ、冗談はさておき。

 この度、国家の裏機関という超ブラック組織に就職しました。

 命の保証なし、給料なし、心の休まる時もなし、の三拍子が揃っています。日本のブラック企業でもここまで酷いところはないでしょう。

 しかも呪いをかけられました。

 第一魔法と第二魔法と第四魔法のハイブリッド──神呪怨回路を身体に刻み込まれました。人族国家に叛意を抱くと、身体の内側から──ボンッ! です。

 さて生か死か──僕の未来はどちらでしょうか。

 では、皆さま。お仕事の時間のようです。生き残っていたらまたお会いいたしましょう。



 ●△◽️



 ないわああああああああぁっ!


 齢十三にして、国家奴隷ってアホか!

 コードネームが『背教者レネゲード』ってなんだよ!

 しかもこの神呪怨回路って、刺青じゃん。額のいばらの冠、両手首と両足首に釘で貫かれた痕、背中に十字架、右脇腹に槍で刺されたような痕が刻み込まれている。

 厨二か!

 なにこれ精神的苦痛を与えるための見せしめなの?

 っていうか、せめて給料出せよ!

 タダ働きってどういうことだよ!

 世の中金だぞ!


 内心盛大に愚痴っていたが、それを決して表には出さず、上長──ボスに当たる人物と顔合わせをしていた。


 見た目はダンディなちょい悪オヤジだ。テンガロンハットを被り、西武のガンマンのような格好をしている。両腰に二丁の拳銃らしきもの。

 額を見れば、いばらの冠の刻印がある。自分と同じ国家奴隷だ。


 渋い声でちょい悪オヤジが言う。


「ほおこれはこれは。この歳にして水も滴るなんとやらだな」


「初めにお伝えしておきますが──」


「男だって言うんだろう。一通り資料には目を通してある。叛乱罪、反逆罪、国家転覆罪だってな。なんだって、あんな場で神を信じないなんて宣言したんだ? 新手の自殺志願者か?」


「……世間知らずだったんです」


 今生で最大の失敗である。


「世間知らずで済まされる問題ではない気がするが、まあこれからは同じ窯の飯を食う仲だ。よろしくな」


 ダーティだ、と右手が差し出される。


「資料をご覧になったと仰っていたのでご存知かとは思いますが──レイフィルドです。よろしくお願いします、ボス」


 握手。


「早速だが、働いてもらうことになる。お前にとってファーストミッションだな」


 おっと? OJTも無しで早々にである。この職場のブラック度が増したぞ。


「どんなお仕事でしょう?」


「人族が魔族と戦争中なのは知ってるな?」


「はい、もちろん。最後の大きな戦いはニ十年前。それ以降は、最前線で小競り合いが続いているそうですが」


「ああ、その通りだ。最近、魔族側の動きがきな臭い」


「まさか最前線で戦ってこいなんて言わないですよね?」


「そんなこくなことは言わん」


 ほっと胸を撫でおろす。


「ただ、魔族側の領地に侵入して情報を得てくるだけだ」


 あげて落とされた気分だ。


「マジで言ってますか?」


「大マジだ」


 マジかー。


「もちろん単独でやれとは言わん。一騎当千の相棒をつけてやる」


 資料を手渡される。

 ざっと目を通していく。読む進めるほど眉間に皺がよる。


 要約すると相棒はこんな人物であった。


 名前、アニー。

 性別、女。

 年齢、十七。

 元、修道女シスター

 叛乱罪で組織に加入。

 もちろん給料なし。

 ポンコツだが、たった一年で武技魔法の『常在戦場の呼吸』をマスターした天才。だが極度の運動音痴。力加減ができず、ところ構わず善意と共に破壊を撒き散らす歩く災厄。

 コードネームは、破壊僧デストロイヤー

 宗教圏より天災指定されている。聖堂教会──しかも世界遺産に指定されていた文化財──を一つ潰したシスターでもある。経緯を確認すると事故だと判断できるが、破壊の規模が大きすぎた。事故で教会が全壊するわけがないと有罪判決。また思想についても問題あり。博愛精神が過ぎるのだ。教義に隣人を助けよというのがあるが、隣人の範囲が広く、それに魔族まで含んでいる。人族の隣人は魔族ですよねーとは彼女の言。この時点で器物破損、文化財保護法違反に加えて叛乱罪が適用された。

 能力は高い。武技魔法だけではなく、回復魔法も天賦の才がある。死者蘇生もいけるかもと思わせるほどのレベル。どんな怪我でも自動で治せる継続回復魔法リジェネが得意。身体がぶっ壊れても自動的に治るので、リミッター解除で攻撃できる。武闘家と僧侶だから聖闘士パラディンか。

 聖神を信奉するこいつとは一生仲良くできる気がしない。というか歩く災厄なんかと一生お近づきになりたくない。善意の塊なのに相手のためにした行動が全て裏目に出るってどんな災害だ。保険がきかないぶんタチが悪い。こんな相手とバディを組めと組織は言う、なるほど。

 ──人族国家は僕を殺しにきているわけか。


 そんなこんなで、初顔合わせ。


 修道服を着た銀髪翠眼の美少女。

 もちろん額に荊の刺青がある。


「がんばりましょうね!」


 ガッツポーズをとったときに、肘が家具に当たり、そこを起点に衝波勁が暴発──盛大に衝撃波しょうげきはを撒き散らした。家具はもちろん壁までふき飛び、大穴があいた。


「はわわわっ!」


 慌てる女を前に、乾いた笑みを浮かべた。

 マジかー。


 ●△◽️


 あとは若いお二人で……と言い残し、ボスは去っていった。


 破壊僧アニーと向き合う。


「あらためまして、アニーです」


 右手が差し出される。

 心底嫌だが、それをなるべく表に出さず応える。なにせこれから命を預けあう相棒である。


「レイフィルドです」


 シェイクハンド。


「じゃあ、レイ君ですね」


 なにこいつ、いきなり馴れ馴れしいんですけど。


「あー、アニーさん」


「敬称はいらないので、ただアニーと呼んでほしいです」


 とびきりの笑顔だった。


「では、アニー」


「はい!」


「あなたはいったい何ができるのでしょうか?」


「え? わたし、なんでもできる子ですよ」


 その自信はどこから来るんだ。つい先ほど盛大に壁を破壊したことを忘れたのか?

 そもそも誰だよ、こいつに武技魔法を仕込んだやつは。そいつにこそ人族への反逆罪を適用させるべきだろう。


「わたしに武技魔法を教えてくれたのは、お髭が長いおじいちゃんでした!」


 は? まさか、だよな。


「……その方の名前は?」


「えっと〜、お師匠様のお名前は、ロウシェンでした」


 間違いない。

 師匠……あんた、なんてことしてくれたんですか。


「これほど武技魔法の才能を持つ者は見たことないが、同時にここまで武術の才能がない者も見たことがないって褒められました」


 それは断じて褒めてない。


 激しく頭痛がした。

 こんなのが僕より武技魔法の才能があるだなんて、この世の中はマジで間違っている。

 深く嘆息。


「とりあえずですが」


「はい」


「常在戦場の呼吸をやめてください」


 きょとん。


「どうやってやめるんですか? 息止めたら死んじゃいますよ?」


「息じゃなくて呼吸法!」


 はてな。


「普通の呼吸って、どんなのでしたっけ?」


 アホの子か!


 普通の呼吸の仕方を一から教える。

 武技魔法が解除された。


「できました!」


 気を抜いて喜んだ瞬間、武技魔法の呼吸に戻り、りきみが衝波勁として周囲にばら撒かれた。もちろんその際にぶっ飛ばされて強かに背中を打ちつけた。


 アホかあああぁ!


 何度か挑戦してわかったことがある。こいつには何もやらせてはいけない。歩く災厄は、そもそも歩かせてはダメなのだ。ただそこから動かないようにだけ命令する。それ以外はさせない。同時に二つのことをやらせようと思うと一個前のことを忘れる。ニワトリかな?


 くそう。

 こんなんかかえてミッションなんてコンプリートできるか!

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