第2話 先代相談役の忠告

 リオが桜夜とあずさの苦い想い出を聞かされてから数日が経過した。今日も今日とて桜夜はリオのサポートの下、執務をこなしていた。最近は彼自身が現場に出ることも少なく、電話や対面で指示を出すことがほとんどだった。

 彼はその都度笑みを浮かべ、どこか楽しげに執務をこなしていく。しかし彼の過去を知り、彼が今のこの仕事をしている理由を知ってしまったリオには、その笑顔がどこか作り物のように見えた。

 彼と出逢ってから色々な笑顔を見てきた。見てきたけれど、それは本物だったのだろうか。彼は心の底から笑えていたのだろうか。それがリオには気がかりだった。


「……おーい?」


「は、はい!?」


「どうしたの最近。執務中にぼーとして」


「ご、ごめんなさい。特に何がというわけじゃ……」


 そこで桜夜はにやあといやらしい笑みを浮かべる。


「さては僕が元カノとどこまでいったかしりたいんでしょ? だめだよ執務中にそんなこと考えちゃあ」


 そんなからかいにリオは首を左右に振る。


「ち、違います!」


「あはは、むきになっちゃってかわいいね」


 桜夜は楽しそうに笑う。リオはやはり考えてしまうのだった。


(その笑顔は本物ですか? わたくしたちは、信じて良いのですか?)


 リオの不安が顔に出ていたため、桜夜が何かを言おうとしたとき、執務室の扉が無造作に開けられた。


「邪魔するぞ」


 そういって部屋に入って来た男は黒い紋付袴姿で筋骨隆々、強面の初老の男だった。すべてにおいて「柔」である桜夜に対して「剛」を感じさせる男だった。そんな男の姿を見ると桜夜は即座に立ち上がり、勝手にソファに座った男に頭を下げた。


「お久しぶりです。先代様。今日はどのような御用件で?」


「どうも胸騒ぎがしてな。何か変わったことはないか」


「特に先代様のお耳に入れるようなことは……」


 そう言いながら桜夜が先代と呼ぶ男とテーブルを挟んで対面のソファに座ると、気を利かせたリオがお茶を入れて来ており、先代の前に置いた。


「粗茶ですが……」


「ああ、先代様。紹介いたします。僕の秘書官として正式に任命されたリオくんです」


「リオです。よろしくお願いいたします」


 リオは優雅にお辞儀をする。


「リオくん、この方は僕の先代相談役、鷹司公だ」


「この方が……」


 リオは思う。この男が桜夜を四方院家に引き入れた張本人か、と。そう、彼の弱みに付け込んで。そんなリオの苦悩には気づかず、桜夜と鷹司は会話をする。四方院家の未来のこと、各国の政治のこと、最近桜夜の指揮下に入った鷹司の孫のこと、そんな話し合いの最中だった。それが起きたのは。

 突然執務室内に警報が響き渡った。そして複数の回線がつながり、慌てた声で状況を報告しだした。四方院本家への一斉救難コールだった。


『こちら宇宙センター! 流星群が突如方向を変え地球に向かって来ています!』


『気象庁から連絡がありました! 世界各地で突如大型の台風が……!』


『津波が発生しているとの情報が……!』


 次々と届く以上現象の数々にリオは茫然としてしまった。しかし桜夜と鷹司は違った。2人は悠然と立ち上がり、鷹司が桜夜に臣下の礼を取った。


「相談役、ご指示を」


「先代相談役鷹司公、あなたには相談役代行を命じます。私は取り急ぎ宗主様の下に向かい、その後は前線に出向きます。あなたは相談役代行としてここに残り、必要となる指示を出してください」


「拝命いたしました」


 突如として立場を逆転させた2人。鷹司は執務机の椅子に座り、早速指示を飛ばし始める。桜夜は黒い薄手のコートを羽織ると、執務室の扉を開けながらリオに指示を出した。


「リオ、君はサイカとホムラを集めて宗主様の部屋へ後から来てくれ。君たちは僕だけが指揮を取れる親衛隊として扱われている。いざという時は一緒に行動してもらうよ。……頼りにしてるからね?」


 桜夜が笑顔を浮かべて執務室を出る。リオもそれに合わせてその指示に従うべく動き出そうとして、鷹司に止められた」


「お嬢さん」


「はい?」


 リオは鷹司の方へ振り返る。


「お嬢さんは、坊主のことが好きかい」


 見た目と異なる優しい声音だった。最初リオは「坊主」というのが誰を指しているのかわからなかったが、すぐに桜夜のことだと気づいた。だからはっきりとした声で返した。


「……好きです。愛しています」


「なら、1つ忠告しよう。どんなことがあっても、あいつの手を離すな。あいつを1人にするな。あいつはな、失うことに慣れている気になっている。まあ、同時期に初恋の人と育ての親である師を亡くしても涙1つも流さなかったからだ。だがそれは勘違いだ。あいつは慣れてもいないし強くもない。ただ誰も支えてくれないから強がっているだけだ。なのにあいつは目的のためなら何もかも切り捨てる。いつか孤独になるだろう。だから、あいつと一緒にいたいと思うなら、この老人の言葉、忘れずにいてほしい」


「はい!」


 リオはしっかりと返事をするとペコリと頭を下げ、桜夜の指示に従うため早足で執務室を出た。それを見届けた鷹司はポツリとつぶやく。


「まあ『指揮官』としては、自分も他人も駒として扱い、目的のために最善を尽くすというのは正しくもある。坊主は初恋の人との再会という目的のためだけに相談役をしている。必要なら捨てるのだろうな」


 ――今の自分の幸せさえも


to be continued

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