第1話 新たないつもの日常を

四方院本家 水希桜夜の屋敷


 亡き師の墓参りを終え、自宅に帰宅した桜夜たちは、それぞれ新たな日常を過ごすようになった。彼らはだいたい6時には起きる。仕事のあるときはその限りではないが、基本的にはこの時間だ。桜夜は簡単な身支度を終えると寝ぼけているホムラを無理矢理起こして、剣の修行をつける。新たに諸刃の剣を使うようになったからだ。専用の訓練が必要となったホムラのため、最近は諸刃の木剣を使って桜夜は稽古をつけていた。


「ほらほら、そんな使い方だと自分を切っちゃうよ」


「うるせえ!」


 桜夜の指摘に罵声を浴びせながら、ホムラは剣を振り回す。


「だからそんな振り回すだけの剣技じゃ、素人はともかく玄人には勝てないよ」


「わあってる、よ!」


 桜夜の木刀に剣を叩きつけるホムラ。イライラが剣ごしに桜夜に伝わった。


「いっそ剣舞でも教えてあげようか? そうしたら少しは淑やかに……」


「やかましい!」


 ホムラは桜夜に剣を投げつける。桜夜はそれを片手でいとも簡単に受け止めた。ホムラはそれにすら苛立ちながら部屋に帰っていく。


「やめだやめだ!」


 そういってシャワーでも浴びるのだろうか。ホムラは浴室の方へと歩いていった。


「やれやれ、困った弟子だね。……まあ、僕ほどではないですかね、先生」


 ふう、とため息をつきながらも、彼は永久の桜のコピーたる桜の木の枝葉の隙間から生まれる木漏れ日を眺めた。かつて師にかけた迷惑を思い出しながら。


◆◆◆


 その頃サイカは朝食の支度をしていた。今まではトーストと卵を中心の洋の朝食しか作っていなかったが、毎週日曜日だけ、和食にも挑戦するとサイカは決めていた。今日は日曜日。サイカは桜からもらったレシピを見ながら必死に和食を作っていた。


「お味噌汁はこんな感じかな……。玉子焼きは、桜夜さんの好みは甘めで……」


 サイカはたいへんそうにしながらも、どこか楽しげでもあった。


◆◆◆


 その頃リオは自室にいた。正式な秘書官となったため、支給された黒のスーツと水色のブラウスに身を包み、胸元には四方院家の家紋である四方印が象られた金のバッジが輝いていた。

 そんな彼女はテーブルの上に広げた資料や書籍、スケジュール帳を読み込み、今日の桜夜の仕事に必要な知識を叩きこんでいた。

 だが頭の中では、昨日聴いた桜夜のかつての恋人、あずさのことを考えていた。リオはあずさの存在を、サイカとホムラには話さなかった。2人を動揺させたくなかったし、何より桜夜が自分にだけ話したのだ。そこには彼からの信頼があるような気がして、リオは自分1人でその問題と向き合っていた。死んでしまった人は最強だ、だから桜夜は縛られ続ける。


(忘れさせる? でもそれは何か違う。あずさ様との想い出があってこそ、今の桜夜様ですもの……)


◆◆◆


 そうしてそれぞれの朝の時間が過ぎていき、冷水のシャワーを浴びた桜夜が食卓に姿を現した。白の書生シャツに黒いスラックス、その上に黒い羽織を羽織った姿だった。羽織には四方院家の家紋が両胸に2つ、左右の腕の裏表に2つ、背中に1つという、5つ紋付きの羽織だった。


「桜夜さん、おはよう! 今朝ごはんできるからね!」


「うん、おはよう。いつもありがとうね」


 サイカが元気よく朝食を食卓に並べていく。そしてリオとホムラが集まり食卓を囲む。それは1つの家族のようで……。新たないつもの日常を、彼らは今日も繰り返していく。


to be continued

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