暗夜異聞 集いしモノ・・・…
ピート
刀自からの連絡が入ったのは何年振りだろう?
ここ数年、自分が動かなくちゃいけないような状況は何一つ起きてなかった。
すべてはあの時に片づいていたハズだからだ。
俺に出来る事などもう何一つ残ってはいない。
すでに俺は一線を退いた身なのだから。
「元気そうでなによりだ。『龍』の一件以来になるかね?」
部屋に入るなりそう呟く刀自の瞳は、あの頃に思いを馳せているのだろうか?
懐かしむようでもあり、あの頃の俺の行動を悲しく思っているようにも見える。
俺自身はあの行動を後悔していない。
それで全てが『ある意味』片づいたのだから……。
「いや、引き継ぎをする際に、刀自にはアイツの後見人をやってもらいましたよ。それに……老師の葬儀でもご一緒させていただきましたしね」
俺の後を継いだ……俺が負うべきだった責任をなすりつけた。重圧から俺は逃げた。
「この歳になると……私にもいつお迎えが来てもおかしくないんだけどね」
「縁起でも無い事言わないでくださいよ。刀自も元気そうでなによりですよ」
あれから三年……四年になるだろうか?
あの頃は月に一、二度ぐらいは覗くようにしていたが、自分のするべき事も、出来る事もなく、自然と足が遠のいてしまった。
当時に比べると『力』はもっと衰えている。そんな俺を呼び出した理由はなんだろう?
「……お前さんの『力』が必要なんだそうだ」
「俺の『力』?俺に『力』なんかないですよ。左半身を支えるのがやっとです」
『龍』の一件、俺は『運命』をねじ曲げる為に半身を失った。
正確には左眼、左腕の感覚を……無理矢理『氣』で感覚を繋げているに過ぎない。
その事に後悔はない。練氣が出来る内は困ることなどないからだ。
出来なくなったとしても後悔する事などないだろうが……。
「そう無下に断ろうとするもんじゃないよ。お前さんの弟の頼みなんだから」
「アイツの?」
責任を引き継いだ弟。異母兄弟だという事をアイツは知らない。
ましてや、俺が父を殺した事も……。
「心配しなくても伝言を預かってるだけで、あの子は此処には来ちゃいない。お前さんとの関係も気付いてない」
「伝言?」
「いいかい?そのまま伝えるよ」
「えぇ」
「先代、『勅』が下りました。龍の巫女の抹殺命令です」
『勅』?
「刀自、なんの冗談ですか?」
「冗談だと思うかい?」
「あの娘はもう何の『力』も待たない!!」
「わかってるさ」
「なら何故?」
「『勅』が下りたんだよ」
「何を今更。あの時、奴らは何一つ動こうとしなかった。その為にどれだけの被害があったと思ってるんです?犠牲となった者だって何人もいる。しかも保護ではなく、何故抹殺なんです?」
「人身御供ってトコだろうね。もしくは……」
「『闇』ですか?」
「伝言の続きがある」
刀自はそう言うと続けた。
「俺は先代が巫女の為に一人動いていたのを知ってる。会は『勅』を無視します。僕はあくまで代行であって、権限は未だに先代……いえ四御の一人でもある総代にありますので。だそうだよ」
「刀自はどうするんですか?」
「私はすでに隠居した身だからね。好きなように傍観するなり何なりするさ」
「……俺には守るべき人間も生活もあるんですけど?」
「代行といえど、『勅』が下りてしまえば動かざるをえない。それは『会』の存続にも、我々との関係にも影響してくるだるろうね」
「『闇』でしょうか?」
「まだ確証は得られない。……確証なんか取れないだろうがね」
「確証が得られるような輩なら、とっくに殲滅してるでしょうしね。では、僕は帰るとします」
「どうするつもりだい?」
「どうもしませんよ。俺には彼女を守る『力』もない。それにあの娘も望んじゃいませんしね」
「……また一人でやるのかい?」
「冗談じゃないですよ。俺は平凡な日常を満喫してる」
「あの頃のお前さんも同じ事を言ってたと思ったが?」
「ところで……隣の連中は?」
隣の部屋に数人控えてる、気配を消しているようだが、式や精霊が教えてくれる。
「さてね」
「ここでケンカは勘弁してくださいよ?老師の友人でもある刀自と事を構えたくはないですから」
「私もしたくはないさ……だが同じように私のも守りたいモノがある。『勅』に逆らうワケにはいかない」
「『勅』ですか。……刀自、心配しなくても俺は何にもしませんよ」
「巫女の能力を封ぜし者を抹殺せよ。それが『篁』に下りた『勅』だ」
苦渋に満ちた表情だ。……!?
「刀自……。ありがとうございます」
あの『一件』は『会』にとっても謎のままにしてある事項だ。刀自も知らない事になる。
知れれば巫女だけじゃなく、俺も狙われる。
今の状況で知れれば……袋小路か。
「まったく隠居した人間を引っぱり出したがるんだからねぇ」
刀自はいろんな事を伝えようとしてる。
たぶんそれは裏切り行為になるんだろうな。
俺が封ぜし者だとバレてればの話だが……ここまで話たんだバレてるって事だな。
印を結び、結界を打破した。
「刀自、帰らせてもらいますね」
「気楽なもんだね」
「ここに留まる理由も、隣の連中と遊ぶ約束もしてませんから」
「隣はそうは思ってないみたいだよ?」
一気に刀自の『氣』が部屋の中に満ちあふれる。
現役引退してるのに、まだこんな『氣』が練れるのかよ。
「刀自はどうするつもりなんです?」
「『篁』は私が守るものじゃない……親友の弟子を見殺しにはできない。そうだろ?」
「簡単に殺される気はないんですけどね」
「久しぶりに運動させてもらうとするさ」
穏やかな表情だ、でも瞳は悲しみに満ちあふれている。
『いつまでお喋りしてるんだい?』
!?この声は……。
部屋にはいつの間にか少女が姿を現していた。
「ルルド!!」
彼女と会ったのは……二十年以上前になる。
なのに彼女の姿はあの当時と変わらない。いや、若返ったようにも見える。
『その名で呼ぶ人間は随分と減ったんだがねぇ』
ルルドは穏やかに微笑む。
「これは珍しい客人だね」
『久しぶりだね、京』
「私もその名で呼ぶ者はいなくなったと思ってたんだけどねぇ」
「刀自も知り合いですか?」
「そりゃそうさ、この世界に生きていてルルドと関係を持たない人間はいない。本人が気付いていないだけで、いつの間にか絡みとられる」
いつのまにか隣室の気配は消えていた。精霊や式も騒がない。
『隣にいた連中にはお帰り願ったよ。素直な坊や達で助かった』
「……ずいぶんと優しいことで」
『久しぶりに友人と会うってのに血生臭い姿じゃ再会の抱擁もできないからねぇ』
「『篁』の一線で活躍してもらってる連中なんだがねぇ」
『京のトコの坊や達かい?なら、もう少し鍛え直すべきだねぇ』
語り口調は刀自の何倍も年老いた老婆のそれだ。
いったいいつから存在してるのか?
謎が多い人間……そもそも人間なのかどうかも怪しいって話もあるが。
なんにせよ、彼女は今のところ俺にとっても、刀自にとっても敵ではないようだ。
「あの頃とは違うからね。劉が『会』を継ぎ、私が『篁』を継ぐまで一線にいた連中とは比べものにならないさ。……平和な時代だった」
「これからはそうもいかないんでしょうね」
『昔話をしても仕方ないさ。さて、『会』の総代ではなく、『篁』の前総代でもない。友人である二人に聞きたい事があるんだが……答えてくれるかい?』
「友人の問いですか?……答えられる問ならば答えますよ」
「ルルドに友人と呼ばれるとは思ってもみなかったよ。私も答えられる範囲ならね」
『用心深いったらないねぇ。『龍の巫女』は『力』を取り戻す事ができるのかい?そして、この先『龍の巫女』は『力』を持って生まれてくる事はあるのかい?』
どこまでルルドは知ってるんだろう?
「ルルド、どこまで知ってるんだ?」
『質問には答えてくれないのかい?』
「『水神の一族』に関わる話だ。知ってるからといって、すべては話せない。ルルドが知ってるのなら話せるけどね」
『私が知っていて、お前さん達が知らない事はないハズさね。もしかすると私だけが知ってる事ならあるかもしれないが』
微笑を浮かべたままだが、心の奥底はまったく見えない。
無理矢理情報を得ようと思えば、ルルドに手に入れる事の出来ない情報などまずないだろう。
「わかったよ。俺だってルルドとはこのまま仲良くしていたい」
『私だって避けたいもんさね。『四御』を二つも身に纏ってる者と事を構えたくはないさね』
どこでそんな情報を仕入れてくるんだか……。
「ルルド、何が目的なの?」
『古い友人を無駄に死なせたくだけさ』
ルルドはそう呟くと静かに俺を見つめる。
ルルドは世間でいわれてるような危険な存在ではない。
少なくとも俺にとっては……そもそも俺が今生きてるのはルルドがいたからだ。
「巫女の『力』は戻らない。封じたのではなくあるべき場所に戻したからだ。この先『龍の巫女』が生まれる事はあっても『力』を継ぐ者は現れない」
『龍の巫女』それは『水神の一族』の血筋の一つだ、『力』を持たないまま生まれてくる。それだけのことだ。
『あるべき場所?』
「持ち主に返したって事さ」
『それじゃ手に入れようがないわけだ。なのに『勅』かい?』
持ち主にも心当たりがあるようだ。
「盗み聞きかい、ルルド?」
『隣室にいた坊や達が教えてくれただけさね』
「で、ルルドはどうしたいんだ?」
『手に入らないものを望むのは面白いとは思うが……持ち主の元に戻ってるとなると厄介だからねぇ』
「あの『力』が必要とでも?」
『……まぁ、手に入るならば楽だったかもしれないさね』
ルルドが苦労するような状況があるのか?
「……刀自も僕も一線を退いた身ですが、友人の苦境を見逃すような輩ではないですよね?」
「もちろんさ」
刀自は優しく頷いた。
『ふん。お前さん達は物好きだねぇ』
「役に立つかはわからないけどね」
「なにせ一線を退いて久しいからね」
『篁』の歴史で京を越える者がいたのかい?『会』に、かつて『四御』を二つも身に纏った者がいたのかい?本当に……いいのかい?』
「自分の身は守るさ。それに俺には守るべき生活もあるしな」
「いつお迎えがきてもおかしくないからね、そうなった時はそれが早くなったって事さ」
『困った二人さね』
そう言うルルドは少し嬉しそうに見える。
『ある男を守りたい。『忌み子』だが構わないかい?』
「『忌み子』か……俺もそうだからな。そしてルルドに救われた」
「……あの子の事かい?」
『さすがに京は知ってるみたいだね。そうあの子さ』
「ルルド、詳しい話を聞かせてもらおうか?」
『場所を移すとしよう、他にも物好きがいるから紹介しておきたいしねぇ』
ルルドがそう言い終わる前に、三人を光が包み込む。
「『彼岸』かい?」
『いや『BRACK OUT』さ』
「平凡な生活は……無理みたいだな、しばらくは」
その声と共に三人の姿は光の中へと消え去っていた。
Fin
暗夜異聞 集いしモノ・・・… ピート @peat_wizard
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