第2話

 翌週、出勤すると河内菜奈の周りに人が集まっていた。


「何そのイヤリング可愛い」

「耳タコ? 面白い」

「佐々木さんも見てくださいよ、菜奈のイヤリング」


 誘われて見てみると河内菜奈の耳にタコが付いていた。

 いや、正確にはイヤリングなのだろうが。

 僕はそのタコイヤリングをよおく見た。

 白丸に黒い点、これが目なのだろう。うつろな目をしていてどこを見ているか分からない。

 不気味だと思ったが若い連中にはこれが「可愛い」なのだろう。

 タコの足先がうずまき状になっていた。確かタコはでると赤くなり足が丸まると聞いたことがある。それならばこのデザインはほぼ正確ということか。


「丸まってるのタツノオトシゴみたいですよね」

「タコさんウインナーも足先がくるんとしてるしな」

「佐々木さん、パパになったら子どものお弁当にタコさんウインナー作る計画ですか」


 話の流れが変わってきた。僕は急ぎの仕事があるので適当に切り上げた。



 自分のデスクに戻ると後輩の八木橋やぎはしがパソコンとにらめっこしていた。


「佐々木さんも見てきましたか、河内さんのイヤリング。河内さんて個性的ですよね」

「そうだな……。先週もツタヤでばったり会ったんだが、なかなか奇抜な服を着ていたぞ」

「またですか? その前もデパートで河内さんと会ったって言ってませんでしたか」

 よく覚えているな。僕は毎朝駐車場でも会うのでそこまで気にしていなかった。


「そういえば駐車場でもよく一緒になってますよね。佐々木さんのこと見張ってるんですかね?」

「まさか、たまたまだろう」

 会話はそこで終わり、僕も八木橋もしばらく無言でパソコン画面を見ていた。



 数日後、僕は河内菜奈に呼び出された。

 仕事で相談があると言い、誰にも聞かれたくないとのことで会議室を指定された。

 今後出世するには部下のメンタルケアサポートも仕事の一部だと言われていたので、僕は上司に一報を入れて会議室に向かった。


 ここは四人ほどで使用する小さな会議室だった。

 河内菜奈は奥の窓付近に立っていた。窓にはブラインドが下がっていた。

 エアコンはつけておいてくれたらしく快適な室温になっていた。

 とりあえず座ることを勧めようとしたが、その前に河内が口を開いた。


「この間の日曜日、〇〇町のモーテルから佐々木さんが出てくるところを見ました」


 どきん、とした。

 この間の日曜日、確かに僕はモーテルに行った。妻以外の女と。

 あの時モーテルの敷地から出るときに車はいなかった。

 しかしあそこはカーブになっている。敷地から出た瞬間、見られていたのかもしれない。

 けれど女は後ろの席に乗っていた。仮に見られていたとしても、助手席には誰もいなかった。ごまかせるはずだ。


「どういうことだ? 僕はモーテルなんて行ってないけれど……見間違いじゃないか?」

「私のドライブレコーダーに映像が残っています。奥様にお見せしましょうか?」

 なんだって。しかしここで認めるわけにはいかない。


「あの日、奥様はクラス会に出席されていましたね。そして奥様はその日はそのまま実家に泊まりましたね」


 なんで知っているんだ。美雪は今も実家にいる。

 あのクラス会の日は服を着替えるためにこっちの家に来た。

 そのあと僕はクラス会に美雪を送って行った。

 さすがに家で不倫相手と会うわけにはいかず〇〇町のモーテルに行った。

 あそこは交通量が少ないので選んだ場所だった。

 どうして休日の朝、そんな所を河内が通るんだ。本当にこの女、僕を見張っているのだろうか。気味が悪い。


「……どうしたらいい?」

 下手に刺激しないほうがいい。それが僕の結論だった。


 河内の要求は、僕と時々ランチやお茶をご一緒したいとのことだった。

 さすがに既婚者で妻が妊娠中の僕とデートするわけにもいかないので、会社内で偶然を装ってそうなってほしいと言っている。


 拍子抜けした。この気味の悪い女と昼飯を一緒に食べるのは少し嫌だったが毎日ではないし、会社の中ならまあいいか。

 これがもしどこぞのモーテルで会ってくれ、とかだったら本末転倒だからな。



 それから時々、僕は社員食堂で河内を探す日が続く。休憩時間も河内の動きを気にしていた。これが思ったよりも負担だった。

 僕は一~二日置きに河内と接触するようにしていた。

 接触がない日は本当に嬉しかったし「明日は食堂で探さないと」と思うと本当に憂うつだった。これがいつまで続くのだろう。


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