42ー51

青山えむ

第1話

 佐々木ささきさんの車が変わった。

 以前は青の乗用車だったけれど黒いファミリーカーに変わった。

 佐々木さんの奥さんはもうすぐ赤ちゃんを産むから。



 本当に、本当に偶然、佐々木さんを見かけた。

 

 私はあの日、デパートの開店時間を目指して車を運転していた。

 期間限定で、東京にある可愛い雑貨のお店が、地元のデパートに出店するので。

 そのお店は可愛らしい雑貨を取り揃えている。童話に出てくるような夢みたいに可愛いバッグや髪飾りやクッキーなどがあるのだと公式サイトで見た。


 けれども私のお目当てはタコイヤリング。

 耳にタコが出来る、のモチーフで作られたと思われる。

 デフォルメされたタコの足がぐるぐるとうずまき状になっている。とってもオシャレでセンスがある。外巻きにカールした私の髪型に、きっと似合う。


 デパートは十時開店なので私は九時半すぎに農道を運転していた。

 そこにポツンとあるモーテルから、一台の車が出てきた。

 時間的に、宿泊した帰りでしょう。

 私も時々、東京にライブに行く。ビジネスホテルに泊まるとチェックアウトはほとんど朝十時だったから同じような時間設定なのだと思う。

 私はつい反射的にモーテルから出てきた車のナンバーを見てしまった。


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 佐々木さんの車だった、最近変えたばかりのファミリーカー。

 佐々木さんは自分の家を建てた。同居はしていない。奥さんはそろそろ実家に行くと言っていた。

 その状況でどうして佐々木さんがモーテルを使用するのか。


 佐々木さんが乗っていると思われるファミリーカーをよく見た。

 運転席には男性、後ろの席に誰かが乗っている。さすがに明るい時間にモーテルから出てくるところを見られるのは抵抗があるのでしょう。

 交差点で佐々木さんの車は直進、私は左折をした。

 帰宅したらドライブレコーダーをチェックしよう。私はそう思い、デパートへ向かった。



   〇〇〇



 最近、車を変えた。黒のファミリーカーにした。

 現在妻が妊娠中で出産予定は来月だ。以前乗っていた車はもう古くなっていたので未練はなかった。年齢的にもあの青い車は似合わなくなっていた。

 今までの乗用車とサイズ感が違い、大きいファミリーカーは最初、少しとまどった。

 けれど毎日運転していると慣れてくるものだ。会社の駐車場では駐車の練習をしていると思っている。


「おはようございます」

 車から降りて駐車場の敷地から出るタイミングで、同じ職場の河内かわうち菜奈ななに声をかけられる。


 河内は髪の毛が耳の辺りで外巻きにカールしている、珍しい髪型をしていた。昔あった漫画の主人公みたいだ。


 不思議だ。会社のみんなはたいてい、同じ時間に出勤する。

 しかし僕は今、妻が実家に帰っているので家事を全て自分でやっている。

 慣れない家事にとまどい、いつもより遅く家を出てしまうことがある。

 それなのに河内には毎朝同じタイミングで声をかけられる。

 まぁ河内も事情があって毎朝違う時間に家を出るのだろう。




「こんにちは、佐々木さん」

 休日、ツタヤで声をかけられた。河内菜奈だった。

 休みの日も外巻きにしているのか。

 服の趣味もぶっ飛んでいた。上下お揃いの柄で星が全面にプリントされた服を着ている。


「あら、こんにちは」

 妻の美雪みゆきがあいさつをする。


「こんにちは、赤ちゃん愉しみですね。お大事になさってください」

 河内は美雪にそう声をかけて立ち去った。



「今の人、あなたの会社の人よね。確か前もデパートで会った気がする。髪型が特徴的なんで印象に残っているわ。まあ田舎だからみんな行動範囲は似たようなものなのね」

 美雪はそう言い、マタニティの本売り場へ行ってしまった。そうか、女から見てもあの髪型は珍しいんだな。



「さっき会ったあなたの会社の人、どこかで見たことがあるのよね。思い出せないんだけど絶対見たことある。名前なんだっけ?」

 帰り道、美雪が車の中で突然そう言った。


「河内菜奈だよ、お店のお客さんとか?」

 美雪はアパレルで働いていた。ちょっとメルヘンチックな感じの服を取り扱っている店だった。けれども今日の河内の服は、どう見ても美雪が働いていた店のテイストではなかった。


「お客さんじゃないよ、お客さんのことはちゃんと覚えているから」

 美雪が不機嫌な声を出した。しまった。妊娠中は過敏になるから気をつけろと言われていたが、こういう何気ない会話を気をつけるのは難しい。

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