第14話 決意2

 ナギがデタレンスを引き受ける。これをユウに伝えるのは明日の放課後、直接顔を合わせながらにする。


 ケンの手伝いをナギが認めた後にまず二人が決めたのはそのことだった。


 ナギがデタレンスになるのはユウが望んでいることだから問題なく認められるとして、ケンが参加することは確実に拒否されると考えたからだ。


 怪物達の存在を知ることになる人間は少ない方がいい。これがユウ達、怪物をまとめる者の考え方なことは教えてもらっている。実際にデタレンスをナギが引き受けなかった場合、ナギとケンの怪物についての記憶を消すとまでユウは言っていた。


 ナギがデタレンスになることを決意した今、ナギの記憶が消されることはない。ケンの記憶についてはどうするつもりなのかは分からないがこれ以上深入りすることを認めるはずはないだろう。


今日、ユウの連絡先をもらっていたナギは明日の放課後にまたナギの家で話がしたい、という内容をユウに簡潔に連絡した。もちろんケンが参加することを伏せたままだ。


 数分と待たずにユウから了解の旨を伝える返事がくる。


 返事を確認してから二人は簡単に明日の話し合いに向けて打ち合わせをした。といっても活動の詳しい内容、学校との両立の仕方そしてケンの活動への参加といったユウと協議する内容の決定とそれらの交渉は全てナギが行うと決めただけだったが。


 この手の交渉ごとは高校でも生徒会に所属していて対人経験が多いナギの方がケンより圧倒的に得意だから当たり前といえば当たり前のことだった。


それが終わると今日は解散ということになった。


 ナギの部屋を出て階段を降りていき、そのまま玄関まで向かうケン。


 ナギも見送るために部屋を出てケンの後ろについてきている。


 玄関について靴を履く。首だけを振り向けてナギと目を合わせる。


「じゃあまた明日な」

「ええ」


短い挨拶だけをして正面を向き直して玄関のドアを開けようと前に進む。


「ありがとね」


唐突にケンの背中にナギの短い感謝の言葉が当たる。一瞬なにを言われたのか分からず反応が遅れるケン。


振り返ったケンの視界に入ってきたナギの纏う雰囲気は普段とは違っている。いつもなら明るく自信に満ちた表情、堂々とした立ち振る舞いからくるもの凛とは違う。かといって暗いわけではない。一言でいうなら柔らかい。そして暖かかった。目元が普段のようにキリッとではなく緩んでいて、口元には小さく笑みが浮かんでいる。


その変化に戸惑ってケンはさらに反応が遅れてしまう。


言葉と雰囲気、二つに対して反応が遅れた結果、二人の間に妙な間が生まれてしまう。


「な、なによ」


その空気に耐えられなくなったのは思考を回す余裕のあったナギだった。少し顔を赤めて手を後ろで組みながら語気を強めて問い詰めてくる。


「いや、いきなりどうしたんだよ」

「今日は色々と助かったから。だからお礼を言っただけよ」


自分の柄ではないのが分かっているのか間が埋まってもまだ落ち着かない様子のナギ。後ろで組んでいた手が今は前に来ているが所在なさげに指をいじっている。


何か感謝されるようなことをしただろうか。ケンの頭を今日一日のことが流れていく。


不思議なクラスメイト、ユウとの出会い。入学式でのナギの堂々とした振る舞いとそれを見つめるユウの瞳。突然のユウの訪問と怪物やデタレンスについての説明。タケの事故とお見舞い。ナギと二人の夕食と手伝いの申し出。


よく考えてみたが感謝されるようなことをした覚えはない。むしろユウとの話し合いに乱入してしまったり、デタレンスの活動に参加したいと無理を言ったり。


当たり前だが今日はユウのことばっかりの一日だったな。


そして感謝されるよりむしろ怒られるはずなのでは。


ケンは感謝される理由を見つけることはできなかった。


「俺、別に何もしてないと思うんだけど…」


 ここから説教に移行するんじゃないかと警戒感を持ってしまうケンは素直に謝意を受け取れない。


「特になにって訳ではないんだけどね」


ナギは困ったように笑う。


「けど、一人でいるよりはケンがいてくれてだったな、と思ったから。そのお礼よ」


 ナギの言葉にケンはなにを返せばいいのか分からない。ケンの中ではナギがそんな気弱なことを言うと全く思ってもみなかったのだ。


 また言葉を返してこないケンをみてまた居心地が悪くなるナギ。また手がせわしなく動き始める。


「ほら、もう帰りなさい。明日に備えてちゃんと寝るのよ」


 ナギが改めて手を振って別れの挨拶をする。


 「ナギ姉、大丈夫か」


 普段と違う様子をみてケンは別れの言葉を返さない。その顔には優れない色を帯びている。


「私は大丈夫よ。それより寝不足の顔なんかできて不安もたれたらユウが協力の許可くれなくなるかもしれないわよ。だから帰って早く寝る」


 ケンの表情をみて調子を取り戻したナギはいつものように小言を飛ばす。その声はさきほどまでに比べるとずいぶんと力があるものだ。


「…だな、帰ってすぐに寝るよ。また明日な」

「ええ、また明日ね」


 今度こそ最後の挨拶をしてケンはナギに背を向ける。そして足を進め玄関の扉をあける。外の空気が入り込んでくる。春先ということもあって夜の風はまだ少し肌寒い。


 ケンは足を前に出し家から外に体を移す。そして扉を静かに閉める。そのとき視界に一瞬入ったナギは最後までケンのほうを見てくれていた。


 ケンは無言のまま足早に自宅へと戻る。家に入ると電気をつけることもなくすぐさま自室に入る。そしてそのまま乱暴にベッドへと身を投げる。


 気が抜ける。と同時に体が重くなるような感じがした。ここでケンは自分がだいぶ疲れていることを自覚した。


 ナギ姉に言われたとおり早く寝るか


 そう思い半ば無意識に寝るための準備をする。シャワー、歯磨きと体に染みついた動きを淡々と行う。


 全てが終わって眠りにつくために改めてベッドの上に体を横にする。


 途端に睡魔が迫ってくる。これは数分とかからずに意識がなくなりそうだ。


 眠りにつくまでの意識があやふやになっていく短い間、ケンの頭には玄関でのナギの姿が思い浮かんだ。


 ナギ姉はなんでも出来てしまう人だ。デタレンスの役割もきちんとこなせるだろう。けど何か少しでもそんな彼女の役に立ちたくて自分も協力したいと願いでた。


 だけど玄関での様子はいつもとは全く違っていた。やっぱりあのナギ姉でも不安になることはあるし、一人では心細く感じることもあるんだ。だとしたら俺はなおさら彼女の力になりたい。いや、ならなければならないはずだ。


 そう改めて決意したケンはその心を強くしていきながらゆっくりと意識を手放した。

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デタレンス でーかざん @daikazan

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