第13話 交渉

ナギ宅での本日の夕食はスーパーのお弁当になった。


 ナギの母はタケのところに行って色々と世話を焼いている料理をする時間はなかった。入学祝いにご馳走を作ろうとしていた彼女は祝いの主役である二人よりも残念がっていた。


 そしてさらに残念なことにケンはもちろんナギも料理スキルといわれるものは持ち合わせていない。


 その結果がテーブルの上に並ぶ二つの弁当だ。


「お弁当どっちたべたい?」

「ナギ姉が選んでいいよ。俺は余ったほうで」


 特別こだわりのないケンはナギに選択権を預ける。


 このあとの提案のために少しでも機嫌を取っておきたいという下心もあった。


「じゃあカツ丼もらおうかな。はい、あんたの分」

「ありがと」


 ナギも考える素振りもなくすぐに弁当を選ぶ。残念ながら感情に大きな動きは見られない。


「「いただきます」」


 テーブルに座って向かい合い夕食を食べ始める二人。


 普段はここにナギとタケの母親とタケがいる。

 

 この欠員によっていつもより夕飯は静かに進む。


「たまにはこういう出来合いの晩ごはんもいいものね」

「そうだな」


 ナギがいつもと変わらないテンションで口を開いて会話を始める。


「ていうか、二人で食事なんていつ以来かしら。本当に久しぶりじゃないかしら」

「だな」


 ケンは淡々とナギの言葉を受けて反応をしていく。


「なんかいつもと全然違うから違和感があるわよね。ま、明日にはタケも退院するから元通りになるけど」

「だな」

「どうかした?」

「ん?」


 唐突にナギが問いかけてくる。


 ケンもいきなりだったため顔を挙げながら質問に質問で返してしまう。


 その目に映りこんできたナギの表情は少し真剣味を帯びている。


「いや、あんたいつもに比べて静かすぎるから。タケがいないとそんなに無口だったっけ」

「別にちょっと考え事してたたげだよ」

「そう?ならいいけど」


 ケンの答えをうけてナギの真剣味も薄れていく。とりあえず気分が悪いなど体調の問題ではないとわかったからだ。


見当外れもいいところだがもしかしたら弁当が気に入らなかったのかもしれない、とも思っていたナギだった。


 とりあえずまた食事を再開しようとするナギ。


 と、ここで夕食開始から始めてケンが自分から口を開く。


「ナギ姉」

「どうしたの?」


 ケンが話始めるとは思っていなかったから少し驚きつつもナギは受け答えする。


「後で話があるんだけど」

「なに?今聞くわよ?」


 軽い調子で内容を聞こうとするナギ。


「いや、後で落ち着いてから聞いてほしい」


 しかしケンはそれを断る。

 

「そう、じゃあ後で私の部屋で聞くわ」


 断るときのケンの表情をみたナギはそれ以上は聞かずに夕食後の予定をたてる。


「ありがとう」


 ケンはそれにお礼を言う。


 そしてあらためて二人は食事を再開した。


 その後は弁当を食べ終わるまで二人の間に会話が生まれることはなかった。


そして夕食後、二人はナギの部屋にいた。


 ナギは机の椅子に座って足をブラブラさせているのに対してケンは床のカーペットの上に正座していた。


「…」

「で、話って何?」


 話を始めないケンに変わってナギがその口火を切る。


「…」

「どうしたの、早く言いなさいよ」


 ナギが問いかけても話がを始めないケン。顔を上げていないため椅子に座っているナギとは目があっていない。


 あまりにも静か過ぎてナギがケンの顔を覗こうとしてくる。


 と、その時ケンが勢いよく顔をあげた。


 それにびっくりしたナギは思わずのけ反る。


 そうしてナギにみえるようになったケンの顔は真剣の一言に尽きる状態だった。


 ケンが話し始める。


「その、デタレンスのことなんだけど」

「…まだ何か話すことあったっけ」


 ケンの必死さに面を食らっていたナギだが浮上してきた話題によって一気に冷静になる。


 ナギの中では病院からの帰り道で完結した話でありこれ以上ケンと話すことはない。


「俺もその手伝いをしたいと思うんだ」

「…なんで?」


 ケンの申し出は予想通り。


 その理由を問いただすナギ。


「理由はナギ姉と一緒だよ。知ってる人に被害が出るなら俺もなにかしたい」

「ケンがデタレンスになるってこと?私の代わりに」


 理由も驚くほどのものじゃない。ぶっきらぼうでも他人に優しいケンらしい。


 後はどうやって手伝うつもりなのか、というところだ。

 

「できるならそうしたいと思う。けどユウはナギ姉がデタレンスになるのが一番だって言っていた。だから俺はナギ姉がデタレンスの役目の果たす手伝いをしたい」

「それはダメ」


 きっぱりと却下する。当たり前だ。


「なんでだよ」

「普通の人のまま関わるのは危険だからよ」


 理由を簡潔に言う。


「相手をするのは私達の常識の外にいるのよ。なにがあるかわからないわ」


 生身で関わらせるわけにはいけない。そんなことをしたらタケの二の舞いだ。

 

「だったら余計に俺の協力が必要だろ」


 ケンが食い下がってくる。


 余計に必要とはどういうことだろう。


「たとえばデタレンスをやるときにはのアリバイ作りが必要になるんじゃないか。俺ならその口裏合わせができる」


 確かに必要かもしれない


「それはそうだけど」


「他にも知らない土地に行くなら下調べが必要だろうし、もし怪我なんかしたときに助けに行けるような事情の知った人間は必要になるはずだ」


 ケンの言っていることは分かる。理に適っているのも分かる。

 

 けどケンをこの事にこれ以上関わらせたくない。


「大丈夫。ナギ姉と並んで戦ったりするつもりはない。あくまで活動のサポートをしたいだけなんだ」


 幼なじみなのに始めてみる表情をしているケン。目も全くブレずにこちらを向いている。


 普段はなんだかんだ言うことを聞くのにそんな気配は一切ない。


「…分かった。よろしく頼むわ、ケン」


 やめそうにないならせめて自分のみえる範囲で活動してもらおう。それが最悪の事態の予防になる


 …それにやっぱり一人でデタレンスをやるのは怖い。

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