第12話 願い

ナギの宣言を聞いたケンはその意図を一応確認する。


「…いきなりどうしたんだよ、断るんじゃなかったのか?」

「分かってるくせに」


 ナギが淡く笑いながらその問いに答える。


「ケンの事故が怪物の仕業だとして、こういうことがこれからも増えるなら誰かが止めなきゃいけないでしょ」

「それはそうかもしれないけど、ナギ姉がやらなくてもいいじゃないか。ユウが別のデタレンスになれる人を見つけるはずだ」

「別の人が見つかるまでどのくらい時間がかかるか分からない。それに私が一番適正があるってユウが言ってたじゃない」


 そこで一度ナギが言葉を区切る。そして宣言する。自らの退路を断ち切るために。


「だから、私がなるのが一番なのよ」


 ケンは何も言えない。言っても意味がないことをよくわかっている。ここまで意志を固めたナギはケンの言葉では動かせない。そのことを幼なじみのケンはよく知っていた。


 だが、本心はやめてほしいに決まっている。


 危険な目に合うことは稀だとユウは言っていた。しかし稀ということは可能性がゼロではないということになる。


 どれだけ小さな可能性でも自分から危険に身を投じてほしくはない。


「大丈夫よ」

「…え」


 ナギが語りかけてくる。さっきまでと違ってとても温かく優しい声で。


「危険なことはなるべく避けるし、私には無理だと思ったらすぐに辞めるわよ。何十年もずっと務める人は少ないってユウが言ってたじゃない」

「…ああ」


 まだ納得がいっていないのかケンの声は小さくぶっきらぼうに聞こえる。


 そんなケンの頭を乱暴に掴んで撫で始めるナギ。


「わ、なんだよ。やめろ、髪が乱れる」

「うるさい。久しぶりにやらせなさい。心配してくれたお礼よ、お礼」

「これのどこがお礼なんだよ」

「昔はあんたとタケの二人共こうしてやると泣き止んでたじゃない」

「いつの話してんだよ。、てか、今泣いてねえんだけど」

「嘘つきなさい、今にも泣きそうな顔して」

「してねえ」


 ナギは笑いながらケンをからかう。その笑顔は先程の決意表明のときにくらべて明らかに柔らかい。


「けど本当にありがとうね」

「なにがだよ」

「私のこと心配してくれて。あんた、たまに優しくなるわよね」

「たまには余計だ」

「じゃあいつも優しいケンにお願い事しちゃおうかな」

「お、おう」


 唐突なナギのお願い事に慌てるケン。


「あら?いつも優しいケンなら勿論聞いてくれるわよね」

「…もんろん、俺にできる範囲なら何でも来い」

「何でもっていったわね?」

「おう、何でも来い」


 珍しくナギに頼りにされてケンはやる気が出てくる。


「ならお願いするわ。これからもタケとずっと仲良くしてね」


 ん?


「それがお願い?」

「そうよ」

「いやいや、なんだよそれ」


 お願いなんてされなくてもケンにはタケと仲違いする気持ちも予定もない。


 というかケンはてっきりデタレンスに関係することだと思っていた。なので余計に意味がわからない。


 改めて文句を言おうとナギを見据えようとするケン。


 だがケンの目に映り込んだナギの表情は先程までの柔らかいものではなく真剣なものに変わっていた。


「これでも本気で言ってるのよ。私がデタレンスになるならいつまでもあんたとタケに構ってばかりじゃいられないでしょ」

「俺達ももう高校生なんですが…」

「私からしたらいつまでも心配な弟二人組よ。だから二人で仲良く助け合ってね」

「…いなくなる前みたいなこというんじゃねぇよ」

「そんなつもりはないわよ。けどどれだけ低くてもその可能性があるなら言っておかないとね」

「…なら、やらなければいいだろ」


 無駄と分かりつつもう一度問いかける。


「やるわよ。私が適任だもの」

「…だよな」


 分かっていても落胆してしまう。


「ま、一応言っておくだけよ。いわゆる保険ってやつ」


 落ち込んだケンをみてナギがフォローを入れる。


「わかってる、わかってるって!」


励まされていることに気づいて無理やり元気を出すケン。


 励まされるべきはデタレンスになるナギ姉であって自分ではない。逆に励まされてどうするんだ。


「よし、その意気よ」


 ケンが無理にでも元気になったことを褒めるナギ。


 結局ナギに気をつかわれていることを不甲斐なく思うケン。


 そうして重要な話をしていた二人は家の前に到着した。


 そこで一旦それぞれの家に別れることになる。


「夕ご飯は私の家で食べるのよね」

「ああ、そのつもり」

「そう、じゃあ後でね」


 夕飯について確認を取ったあとナギは自分の家に入っていく。


 それを見送ってからケンも自転車を停めてから自宅に入る。


 靴を雑に脱ぎ捨てて自分の部屋に入る。そしてそのままベッドにダイブする。


「はあ」


 色々あって本当に疲れた。その疲れを吐き出すように息を吐いた。


 少しの時間が経って物事を考える余裕が生まれ始める。その余裕の使い道はもちろんナギ姉のことだ。


 タケの怪我の原因がユウの同族達。それを知ったナギ姉がデタレンスになると言い出すことは予想できた。


 実際そうなった。そして止めることができなかった。


 悔しいなあ。


 まだナギ姉にとって自分は守るべき対象だった。


 対等の関係になりたい。困ったときに真っ先に頼りにしてもらえるくらいに。


そして守りたい、彼女のことを。


 デタレンスになることはもう止められそうにない。ならせめてそれを手伝いたい。


 ただの人間にやれることがあるかは分からない。けど、挑戦はしてみるべきだ。


 夕ご飯の後に話してみよう。


 おそらく反対される。けど今度こそは譲りたくない。


 そう心に誓ったケンはナギへの協力の申し出に向けて鋭気を養うために目を閉じるのだった。

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