第11話 決意

「それじゃあ私は車の運転手を見てくる。怪物が関わった事件ならその痕跡が残っているかもしれないから」


 最後にそう言ってユウはケンの前から離れていく。


 ユウの発言が衝撃的過ぎてケンは満足に返事も出来ないまま彼女を見送る。そのまま待合室の椅子に座り込んでしまう。本当はタケの病室に戻るべきだがそれができない。


 そうして時間の流れに身を任せていると軽い力で肩を叩かれた。叩かれたほうをみるとそこにはナギ姉がいた。バッグを肩に掛けている。おそらくタケの着替えなんかが入っているんだろう。


 ナギ姉が着いたってことはそこそこの時間が経過していたってことだ。そんなに時間が経っていたとは思わなかった。


「こんなところに座ってなにしてるのよ。ほら、タケの病室に行きましょう」

「あ、ああ。それなら二階の221号室だ」

「なんだ、部屋分かってるんじゃない。それじゃあなんでここに居たのよ」

「いや、ちょっとな」


 ナギに上手く受け答えができないケン。まだユウの言葉が尾を引いている。


「もう、シャキッとしなさいよ。どうしたの急に。何かあったの?」

「いや、大丈夫だよ。タケが運ばれたって聞いて気疲れしただけだよ」

「そう。まあ私も驚いたし仕方ないわよね。それに家であんなトンデモ話を聞いた後だったし」


 ケンはその場で思いついたことを言ってごまかす。


 ナギもそれを疑うことはせず同意する。ユウの話があったことも加味して。


 そんなナギの台詞を聞いて病院でユウと会ったことがさらに言いづらくなったケン。


「ほら、ここに居ても仕方ないわ。病室分かってるなら案内して」


 ケンの葛藤に気がついた様子もないナギがケンの病室への道案内をお願いする。


 取り敢えず黙っておくか


 ユウのことを心にしまったケンはナギを連れてタケの病室に向かう。その頭の中はずっとユウの言っていたことでいっぱいなままだった。


「おうケン戻ったか、それに姉さんも。荷物持ってきてくれてありがとう」


 ナギを連れて病室に戻ってきたケンをタケはそんな台詞で出迎える。


「あんたね、本当に大丈夫なの。大体のことはケンに電話で聞いたけど。」

「大丈夫だって。ほらピンピンしてるぞ」


 ナギの心配を右肩を勢いよく回すことで振り払うタケ。


 そんなタケの様子を呆れた顔で見ているナギ。しかしその顔には少しの安堵が混じっていた。


「とりあえず元気そうね。でも一応怪我人なんだから大人しくしてなさいよ」

「はいはい、今日は静かにしてますよ」

「そうしなさい。母さんも後から来るからね」

「りょーかい」


 ナギの忠告を大人しく聞くことにするタケ。


「それでよし。じゃあ私は先生にあんたの状態を詳しく聞いてくるわ」

「いってらっしゃい」


 タケがナギを雑に見送る。


「それとケン」


 二人の会話を聞いていただけで上の空だったケンは唐突に言葉を掛けられて少し反応が遅れる。


「…どうした?」

「一緒に帰りましょ。先生と話が終わるまでここで待っててちょうだい」

「わかった」


 そう言ってナギは病室を出ていく。


 ナギも到着したしやることがないなら帰ろうと思っていたケンだがそう言われて待つことにする。


 なにか用でもあるのだろうか。


 ケンには思い当たる節がなかった。


 そんな思案顔のケンを見てタケは元気な顔でいつも通り茶化してくる。


「良かったじゃないか。棚からぼた餅ってやつか」

「うるさい、ナギ姉に言われた通り病人は静かにしてろ」

「へいへい」


 そんな内容のない雑談でナギが戻ってくるまでの間もケンとタケの二人は時間を潰して過ごした。


 そうしていくらかの時間が経つとナギが病室に戻って来る。


「先生に聞いていたけど本当に大丈夫そうね」

「だろ。今日の入院だっていらないんだよ」

「それはダメ。先生が必要と判断したんだから。今日はそこにいるの」

「仕方ねえなぁ。ここスマホを使えないから一人だと暇なんだよ」

「そのくらい我慢しなさい。じゃあ、私達は帰るから。ほらケン、行くわよ」

「おう、じゃあなタケ、また明日」

「ああ、また明日」


タケに別れの挨拶を告げてからナギに続いて病室を後にするケン。

 


 そのままナギ姉と一緒に病院を出る。


「裏の駐輪場に自転車止めてあるから取ってくるよ」

「正門外の自販機の前で待ってるわ」


 病院入口前でナギ姉と一旦別れて駐輪場に向かう。


 駐輪場につくが自転車を停めた位置を覚えていなかった。停めたときには急いでいて位置を把握しておく余裕がなかったからだろう。


 自転車を見つけるのに少し手間取る。そうして探しているときにふと病院の建物に目が向く。


 そういやユウはどうしたんだろうな


 怪物と事故の関係を調べに来たと言っていたが結果はどうだったんだろう。もし本当に怪物の仕業ならどうするのだろう。ユウが対処してくれるのか。それともデタレンスが見つかるまでは何もしないのか。


 そんなことを考えながら探しているとやっと自転車を発見した。鍵を外して自転車を引っ張って少し急いで正門の方へ向かう。


 正門を出て左道を少し進んだところにある自販機の前でナギ姉は約束通り待っていた。


「お待たせ、自転車探すのに手間取った」

「ほらこれ」


 いきなり何かを投げてよこすナギ姉。


 慌てて受け取るとそれはペットボトルに入ったお茶だった。この自販機で買ったのだろう。


「今日はありがとね。それはお礼」

「別にいいのに。ありがたく貰っておくけどさ」


 早速貰ったお茶を飲む。冷たさが口から喉まで一気に通り抜ける。そういえば家を出てからずっとなにも飲んでいなかった。


「タケのことだけじゃなくて家でのことも含めてのお礼よ」

「家でのこと?」

「ユウの話。一人で聞くよりは気が楽だったから」

「…そ、そうか」


 確かにユウの話を聞いている時のナギ姉はいつもと違い緊張しているようだった。けれど、ここまで気負っているほどとは思わなかった。


 これじゃ余計に病院でのユウの話はできないな


 そう思い改めてユウの話を心の底に沈める。


「まあユウも無理強いするつもりはないみたいだし、タケも無事だったから万々歳だろ」

「そうね、タケが無事だったのは本当に良かったわ」

「俺が電話の内容伝えたときの顔凄かったからな。珍しくめちゃくちゃ焦ってたろ」

「そりゃそうよ。家族が病院に運ばれたなんて言われたら誰だって焦るに決まってるわ」

「まあそりゃあな」

「とにかく、一日入院になったとはいってもあくまで念の為だし、あっちの弟はもう大丈夫でしょ」

「あっちの弟?」


 ナギ姉の言っている意味が分からず首をかしげる。


「そう、あっちの弟。それに対してこっちの弟はなんかお悩み中なのかしら?」


 そう言ってこちらを見つめてくるナギ姉。


 言っている意味を理解する。


「いや、弟って。家族なわけでもないし、もう高校生になったんだぞ」

「毎日朝晩一緒にご飯食べてるんだから家族みたいなもんよ。それに何歳になってもあんたが弟みたいってことも変わらないわ」

「いやいや」

「まあそんな関係がどうとかは取り敢えず置いてていいのよ」


 いや置いておけないんだが、こっちはあなたのことが好きなんですよ


 口には出さず頭の中だけで抗議する。


「で、改めて聞くけどあんたはなにを悩んでるの?」

「別になんもねえよ」

「嘘よ。あんたが何か隠してることぐらい見てればすぐわかるわよ。病院で何かあったんじゃないの?」


 自分のことを理解してくれていることに少しの喜びを感じつつどうやって誤魔化すかを全力で考える


「そういえばさっきユウから電話があったの。なにか言い忘れたことでもあったのかしらね」


 ユウの名前に反射的に体がかたくなる。


「はい、図星。電話なんてかかって着てないわよ。あんたさっきユウの名前を出したときちょっと返事が遅かったから鎌かけてみたのよ」


 そしてその変化を即座に見抜かれてしまう。


「いや、その」

「まだ言わないの?ユウについてのことなら私にも関係あるんだから話しなさいよ」


 ナギ姉の眼がどんどん鋭くなっていく。


 これは駄目だ。話すまで逃してくれないやつだ


「落ち着いて聞いてくれよ?」

「ええ、そのつもり」

「…さっきナギ姉に電話かけた後に病院でユウに会った」

「それで?」

「…タケの巻き込まれた事故の原因が怪物のいたずらだろうって。それで今後はますますこういうことが増えていくかもしれないってさ」

「…そう」


 ナギ姉の表情が真剣なものになってしまう。そして何かを考え込み始める。


 嫌な予感がする。話を聞いても思ったよりも驚かないし、その表情も引っかかる。


「実は私も病院でユウを見かけたのよ。だからタイミング的にもしかしてとは思ったの」


 口を開き始めたナギ姉。


「そ、そうだったのか」

「今のケンの話を聞くまで確証はなかったけどね。」


 そう言ってなにかが晴れたような顔になる。


「ありがとうね」

「なにがだよ」

「私のことを心配して話さなかったんでしょ。今の話」

「別にそういう訳じゃ…」

「あんたは妙に優しいところあるからね」

「悪かったな。妙で」

「悪くないわよ。それはあんたの良いところの一つなんだから大事にしなさい」

「お、おう」


 唐突に褒められて顔が熱くなる。


「ケン、私決めたわ」

「何をだよ」


 ナギ姉が空を仰ぎながら口を開く。その顔は決意に満ちていて輝いているように見えた。


「私、デタレンスになるわ」

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