第10話 原因
急な悪報についてユウを見送って居間に戻ってきたナギにすぐに報せる。
ナギもケン同様に一瞬理解が追いつかなかった。しかし硬直が解けると即座に行動を開始する。
「とりあえず病院に行くわよ。でないと詳しいことが何もわからないわ」
「お、おう」
「私は母さんに連絡してから行くわ。ケンは先に行って。自転車持ってたでしょ」
「分かった」
「着いたら電話ちょうだい。もし入院になるなら泊まりの準備が必要になるし」
「じゃあ、すぐに行ってくる」
「ええ、お願い」
役割を振られてやることが決まったケンも行動に出る。居間を出てナギの家を飛び出す。
隣の自宅に帰り、部屋に駆け込んで自転車の鍵と財布を取る。そのまますぐに家を出て自転車に乗り病院に向かう。
ケンの家から病院まで自転車で約十分。
少しでも早く着くために全速力でペダルをこぐ。信号に捕まると荒くなった呼吸を整える。そしてまた全力で自転車をとばす。このサイクルを何度か繰り返すと目的の病院にたどり着いた。
心臓が早鐘を打ち続けている状態で自転車を降りる。そして病院裏にある駐輪場まで自転車を引きずっていく。自転車がいつもより数段重く感じた。
駐輪場の空いたところに自転車を停めて鍵をかけた。そして病院に入るために来た道を戻って病院の正面に行く。
駐輪場を正面側にも配置しておいてくれよ
一刻も早くタケの状態を知りたいケンはそんなことにまで悪態をついてしまう。
病院入口の自動ドアが開く一瞬の時間も惜しく感じながら院内に入る。入ってすぐ正面に見えたカウンターに早足ぎみに近づいていく。
急いだ様子のケンに気がついたカウンターの人が笑顔で出迎える。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか」
「えっと、さっき病院から電話を貰って、知り合いがここに搬送されたって」
まだ完全に心臓が落ち着いていないケンは言葉が上手く出てこない。
そんな様子のケンを落ち着かせるために応対するカウンターの人はゆっくりと落ち着きを持ったまま会話を続ける。
「その搬送された方のお名前は何というのでしょうか」
「タケです。無頼竹」
「かしこまりました。お調べいたしますので少々お待ち下さい」
そう言ってパソコンを操作して検索をかけていく。
ここで急いでも仕方のないことは分かっていても焦りの気持ちを抑えきれないケン。検索が終わる少しの時間が妙に長く思える。
「お待たせいたしました。無頼竹さんは二階の221号室に移動しております。あそこに見えますエレベーターを使って二階に登ってください」
「わかりました。ありがとうございます」
お礼を言うとすぐさまエレベーターへ歩きだす。病院内で走るわけにはいかないので全速力で歩く。ちょうど一階に止まっていたエレベーターに乗り込み二階ボタンと閉じるボタンを即座に押して上に向かう。
二階に着くとエレベーターから出て辺りを見回す。すぐに病室案内の表示版を見つけてタケの病室を確認する。
みつけた
病室を確認したケンはまたも早足で動き出す。そして病室にたどり着く。扉の前にある部屋にいる入院患者達の名前を確認する。
無頼 竹
目的の名前をみつけた。扉を開けてすぐさま室内に入るケン。
「タケ!」
病室であることを忘れて大声で名前を呼ぶ。
「おーい、ここ病室だぞー」
長年聞いてきた幼なじみの声がした。
そいつは病室に入って右前のベッドの上に座ってくつろいでいた。外から分かる範囲では普段と何ら変わらないように見える。とりあえず元気そうだった。
救急搬送、と聞いて思い描いていたものとは違い、いつも通りなタケの姿に面食らうケン。とっさに言葉が出てこない。
「どうした?」
「あ、いや救急搬送されたって聞いたから」
「そうなんだよ、人生で初めて救急車乗ったわ」
「大丈夫なのか?」
「そんなに大事じゃないって。軽い打撲と脳震盪だよ」
「いや脳震盪って、何があったんだよ」
「いや、カラオケ店に車が突っ込んできてさ。ちょうど入口近くにいたから巻き込まれたってわけ」
「それは十分大事だろ。本当に大丈夫なのか?」
「心配性だな、大丈夫だって。脳検査したけど問題なし。けど今日は念の為入院だってさ」
「そうか、なら良かった」
検査の結果を聞いてやっと安心できたケン。心にも余裕が生まれてくる。
「そういや病院着いたら電話するようにナギ姉に言われてたんだった」
「そうなのか、俺が自分でしようか?」
「いいよ、怪我人は大人しくしとけ。ナギ姉が入院のための着替えも持ってきてくれるはずだし、おばさんにも連絡してくれてるはずだよ」
「そうか、じゃあ、大人しくしてるよ」
「ああ、そうしてろ」
ケンはタケをベッドに留めてから病室を出る。病室の中で電話を使うわけにはいかないので電話可能な一階の待合室まで戻ることにする。
道のりはタケの病室に向かったときの道を戻るだけだ。来たときとは違い気が楽になった分ケンの歩みは緩やかになっている。
待合室につくとスマホを取り出してナギ姉に電話する。
ナギはワンコールで出た。
「ケン、タケはどうだった?」
「ああ、とりあえずは大丈夫みたいだ」
「そう、良かった」
先程までのケンと同様に弟のタケが心配だったナギはケンの知らせを聞いて安心した。
ナギがひとまず落ち着いたのを確認したケンはタケについての詳細を伝える。
カラオケ店に車が突っ込んだこと、打撲と脳振盪になったこと、脳検査の結果は問題なしだったこと、念の為一日入院になったこと。
「ケンありがとう。なら私は一回家に戻って入院の準備をしてくるわ。母さんにも連絡しておく」
「分かった。俺はとりあえずまだ病院にいるよ」
「そうね、一応そうしてもらえると嬉しいわ」
「じゃあ後でタケの病室で」
「ええ後でね」
それを最後に電話を切る。そしてタケの病室に戻るためにまたエレベーターの方へ進み出そうとケンは動き出そうとした。そう思った。
その時ちょうど入口の自動ドアが開く。
何気なくそちらを見ると病院に入ってきた人物はケンの知り合いだった。
それはユウだった。
「ユウ?」
こんなところで見かけると思ってなかったケンは無意識に彼女の名前を呼ぶ。
その声が聞こえたのかは定かではないがユウもケンの存在に気づく。
「ケン、どうしてここに?」
「いや、タケがここに運ばれてさ。急いで状態を確認しに来たんだ」
「…」
「ユウこそどうしてここに?誰かの見舞いか?」
「それはもしかしてカラオケ店での車の事故に関係があるの?」
「そうだよ。もしかして、ユウの知り合いも巻き込まれたのか?」
「…違う。けどここに来た目的はその事故について調べるため」
「どういうことだ?」
「その事故は怪物が原因かもしれないということ」
「それって…」
「さっきナギの家で説明したとおり。デタレンスがいない今はこういうことをする子が出てきたりするの」
「じゃあ、タケを殺そうとしてやったってことなのか?」
「違うと思う。やった当人はいたずらのつもりだったんじゃないかな。怪物が人を殺そうとするならこんな間接的なことはしないで直接危害を加える」
「これがいたずら…」
ユウの推測にあ然とするケン。
「いたずらでも酷くなってくると人間にとっては十分に脅威。だからこそデタレンスという抑止力が必要なの。でないといずれは本当に人間に危害を加えようとする子が出てくる」
ユウの言っていることは知っている。さっきナギの部屋で聞いたこととほとんど変わらない。
しかしケンにとってその言葉の重みはさっきとは比べものにならなかった。
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