第9話 回答
「…デタレンス?」
「怪物と契約した人間の総称。名前があったほうが怪物達に広めやすいと思ったんだろうね。広まっていれば広まっているほど抑止力としての意味を発揮するから」
ケンのつぶやきに答えを教えるユウ。
「なるほど…。というかナギ姉が契約って、なんで!」
自分にとってより重大な事柄についてユウを問いただすケン。
「この地域を担当していた先代のデタレンスが引退してからだいぶ時間が経ってしまった。そろそろ次代のデタレンスが必要なの」
「いや、だからなんでナギ姉なんだよ!?」
「ナギにはその素質があるから。私が見てきた中で一番可能性を持っている。デタレンスはその抑止力という目的からすると強ければ強い力ほどいい」
そう言ってからまたユウはナギに目を向ける。
「それで、引き受けてくれる?ナギ」
「それは…」
言葉を濁すナギ。この願いは今までの常識では計れない。だからこそ普段の元気で勇ましいナギではなくなっている。
「早く新しいデタレンスが誕生しないと怪物達が好き勝手に人間に接触し始める。実際すでにいたずらレベルの動きは増えていて、各地で心霊現象などが増加してる。」
「そういえば、そんなニュースみたような気がする」
ケンの頭に浮かぶ朝の情報番組とホームルーム前にスマホで見たネットニュース。そしてそこから連想されたのはネットニュースを読んだケンの信じていなそうな感想に対するユウの否定。
「もしかして、ホームルーム前に言ってたことって…」
「そう、実際に今は心霊現象が起きやすい状態なの」
「そのデタレンスって人がいないから?」
「そういうこと」
首を縦にふるユウ。
「今は心霊現象や超常現象として話の種になる程度のことしか起きていない。けど先のことは分からない。いつ人間に危害を加える怪物が出てきてもおかしくない。それが今の状況なの」
そしてその状態が如何に危ういのかをユウが付け加える。その危険度をしっかりと理解し対処するためにナギに協力を求めている。だからこそ彼女は会話が始まってから終始ずっと真剣な表情だ。
そのユウをも超えて緊張で体が固くなっているのがナギだ。先程ユウの問いかけに対して歯切れ悪く答えただけでユウの説明やケンの質問の間は全く音を出していない。いや出せないようにもみえる。やはりユウの話が信じられないのか、それとも協力の依頼について考えているのか。
質問の回答も得ておおよそ話を理解したケンの意識はそんな状態のナギに注がれる。こんな静かで張り詰めている彼女を見たことがないケンの脳は心配で満たされ始めた。
「大丈夫か、ナギ姉?」
「え、ええ。大丈夫よ」
ケンに声をかけられてなんとか返事をするナギ。間を置いて目を閉じるナギ。そして一度大きくゆっくりと深呼吸をする。そして久しぶりにはっきりと声を発する。
「ユウ」
「はい、なんですか?」
「貴方の話は分かった。さっき不思議な力を見たから貴方が普通の人でないことも理解ている」
「なら改めてお願いします。私と契約してください」
ナギの言葉を受けてユウはもう一度願いを口にする。
正面からその言葉を受け止めるナギ。
自分に向けられた言葉でもないのに緊張が高まるケン。体ごと視線がナギに向く。
「貴方が真剣なのは良く分かった。嘘をついてるとも思ってない。だからこそ、私は契約しない」
「…理由を聞いてもいい?」
「聞いた通りならそのデタレンスというのはすごく重要な役割よ。やるなら全力で人生を賭けて担うべき。けど私はまだ自分の人生の使い方を決められない。だから契約はできない」
ナギはユウにしっかりと向き合いながら自分の考えを述べた。決して嫌だから、面倒臭いから、といった理由ではなくデタレンスの役割を重要視したからこそ断る。それがナギの答えだった。
「わかった」
ユウは意外にも変に食い下がることもなくあっさりとあきらめる。
ナギが断ったこと、ユウが諦めてくれたこと、この二つの出来事によってケンは心の底からほっとした。正義感が強く自分がやれることなら率先して引き受けるナギの性格からして引き受けてしまうのではないのかと身構えていた。。
「けど言っておきたいことがいくつかある。デタレンスは一度なったらずっとやらなくてはいけないものじゃない。むしろ何十年と努めた人のほうが稀」
「あ、そうなんだ」
ユウの補足を聞いて無意識に反応するケン。
「そして抑止力という性質上そこまでデタレンスがやるべきことは多くない。ただ存在するということに意味があるから。せいぜいいたずら好きな子に注意して回るくらい。だからそこまで気負う必要はない。もちろん命がけになることがないとは言えないけど」
「最後に次代のデタレンスに最もふさわしい人才能を持つのは間違いなくナギ、あなた。だから気が変わったらいつでも言って」
「わかったって言った割に全く諦めてないじゃない。でも、一応覚えておくわ」
ナギが苦笑しながら答える。その雰囲気はいつものナギに近いものに戻っていた。
「あと怪物について広まらないように二人の記憶の一部は消させてもらうことになる」
「え!?」
ケンが驚いて素っ頓狂な声をあげる
対してナギはそこまで驚いた様子はない。
「ま、怪物と人間の関わりをなくすためのデタレンスの勧誘で怪物の存在が広ままったら本末転倒だものね」
ユウが無言が頷きをもって肯定する。
「とりあえず一ヶ月後に消させてもらう。ナギはそれまでに考えておいて」
「分かったわよ。もう少し考えてみるわ。けど期待はしないでね」
ユウの諦めの悪さにもう一度ナギは苦笑しつつ予防線を張りながらも考え直すことを伝える。
「ありがとう。ケンの記憶も一ヶ月後に一緒に消すね。やるときは二人まとめてのほうが楽だから」
「あ、はい」
ユウについで扱いされながらも一ヶ月先になったことに安心しつつケンが即座に返事をする。
「じゃあ、帰る」
そう言ってユウが立ち上がる。そして部屋の扉を開けて廊下に出る。
それに次いでナギが立ち上がってユウを見送ろうとする。
「ほら、あんたも話はは終わったし立ちなさい」
「へいへい」
こんな凄い話をした後なのによくそんなすぐに切り替えられるな、とケンは思いつつ言われた通り二人に続いてナギの部屋を後にする。
ナギは玄関を出て外までユウを見送りに出ていった。
ケンは居間に戻り椅子に座って一休みする。体を動かしたわけではないが精神的に疲労していたのか一気に気が抜ける。
疲れた、今日はもう何もしたくないな
そんなことを思いながらナギが戻ってくるのを居間で待つケン。
唐突に電子音が鳴り響く。
いきなりの音に対して反射的に体ごとそちらを向いてしまうケン。
音の正体は固定電話だった。どこかから電話がかかってきているようだ。
この家の人ではないし受話器を取ることはしないで鳴り止むのを見守るケン。
音が鳴り止むと同時にそこから知らない男性の声がし始める。留守電に切り替わったようだ。
「私は赤十字総合病院、救急科医師の上杉という者です。そちらのお宅の無頼竹さんが先程本院に救急搬送されました。つきましてはこれを聞き次第、本院にお出でになりますようお願いいたします」
「え?」
何を言っているのか分からなかった。言葉の意味が分からなかった。
タケが病院に運ばれた。
それを理解するのに今日一番時間を必要としたケンだった。
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