第8話 デタレンス


「…怪物?」


 ユウの言葉を口にしつつ頭の中で繰り返し咀嚼する。だがケンには上手く噛めないしそのまま飲み込むこともできない。


 ユウの髪色や顔立ちが常人離れしているのは確かだ。だがしかしあくまで見た目が珍しいだけであって体の大きさや形が人間離れしているわけではない。彼女の手の中にある輝く球体だけが常識の外にあるものに見える。


「そう、怪物。人ではない存在。けど無理に理解しようとしなくていいよ。私も無理にあなたに理解してもらおうとは思わないから」


 正体の告白から変わらずケン見つめたままのユウがさらに口を開く。


 そして突如ユウの手元の球体が光を失い小さくなっていく。徐々にユウの片手に収まるサイズになっていき、最後は完全に消失してしまった。


 新たに起きた超常現象で頭の混乱が加速するケン。


「え、いや、でも…」


 ユウの言葉を理由も分からず否定しようとするケンだが、適切な言葉は思いつかない。


「一旦落ち着きなさい、ケン。」


 部屋の壁際から突如ユウ以外の声がする。


 ケンは反射的にそちらを見る。彼の目に入った人物はこの部屋の主であるナギだった。ユウのことが衝撃的過ぎて完全に存在を忘れていた。


「ナギ姉、これはどういうことなんだ?」


 いることを思い出した彼女に対して即座に状況説明を求めてしまうケン。


 ケンの視線の先にいるナギも戸惑っている様に見えた。しかし、ケンの問いにははっきりと答えてくれる。


「私だって詳しくは知らないわ。あんたより分かっていることがあるとすれば、それは彼女の言っていることが本当だってことぐらいよ」


「本当のこと?じゃあ、氷野さんが人じゃないって言いたいのか?」

「少なくとも普通の人間ではないわよ。さっきの冷たい球体を出すところや、他にもいくつかの非常識なものを見せて貰ったから」

「け、けどそんなふうには全然見えないじゃないか」

「だから、容姿の話じゃなくて、不可思議なものを見せてくれたって言ったじゃない」

「で、でも…」


 なおも食い下がるケン。


 そんな二人の会話を当事者のユウは黙ってみている。まるで自分には関係ないことを話しているとでも思っているように。


「じゃあ、もうケンも見せて貰えばいいじゃない!」


 不毛な会話に愛想がついたナギは手っ取り早くケンを納得させる方法を提案する。そしてユウを見て力を再度見せてくれるようにお願いする。


「…分かった」


 一瞬躊躇ったがユウは了承の言葉を口にするとすぐに動き出す。両手を合わせると祈るように顔の前に持っていき、両目を閉じる。


 なにも起きないじゃないか、ケンがそう思った瞬間にありえないことが始まる。


 ユウがまた輝き出した。しかしさっきとは明らかに違う。謎の球体の光が反射しているわけじゃない。本当にユウから光が溢れ出していた。しかしその光は球体が発していたものと同じものにみえる。


 そして光を放ち始めてから少し経つと徐々に光が弱っていった。光がなくなると改めてユウの姿をきちんと確認できる。


「へ?」


 ケンは素っ頓狂な声を出した。またもや想像外の光景が目にはいったからだ。


 そこにいたユウの髪は銀色を失っていた。いや、正確には漆のような綺麗な黒髪に変化していた。明らかに染めて得たような色ではない。それくらい自然できれいな美しい黒色だった。


「えっと、これはどういうこと?」

「だから、彼女の力の一つらしいわよ。でしょ、ユウ」

「はい、一番わかりやすくて安全なものの一つです。変装するために使う力です。」


 ケンの疑問に二人で答えるナギとユウ。


「この黒髪の状態のユウならあんた一度見てるわよ、ケン」

「え、どこで?」

「今日の朝、通学路であんたに私が話しかけにいったじゃない。そのとき私が道で話してた相手はこの黒髪の状態のユウよ」

「え、あのときの」


確かにあのときナギ姉は誰かと話をしていた。珍しく困った表情をして。


「とにかく、彼女は普通じゃないの。その現実を飲み込みなさい。それから詳しい話をするから」

「詳しい話?」

「ユウが何者なのかとか、その目的とかよ。でないとあんたも部屋から出ていかないでしょ?」

「ま、まあ」


 確かにここまで色々見せられてはなにも聞かないままで帰るわけには行かない。


「ケンにも話してもらっていい?」


 ナギの問いかけにユウは自分の黒髪を梳きながら了承する。


「そのためにこの力を見せた。」

「ならもう一度最初から説明してくれる。ほら、とりあえず座りなさい、ケン。」


 そう言われて自分が立ったままであることに気づいたケン。ナギが手で示した位置に胡座になる。今から聞く話のせいで不自然に背筋が伸びる。


「よし話してくれ、氷野さん」

「ユウでいい」

「へ?」

「私の呼び方。ユウでいい。ナギもそう呼ぶようになったから。私もケンって呼ぶ」

「そ、そうかわかった」



 いきなりの申し出にまた驚きながらなんとかケンは返事をする。


「じゃあ、ユウ話してくれ」

「わかった。一気に話すから質問とかは後にしてね」

「おう」


 そうしてユウはこの世の裏側について語り始めた。




 はるか昔から私のような怪物達は存在していた。それらの正体は生き物の霊だったり、自然から生まれた精霊だったり、人の念から生じた怨霊だったりと様々なものがあるの。


 まだ科学が発展してないような昔にはそれら怪物は頻繁に人間に干渉していた。それが元になっておとぎ話や言い伝え、伝説のようなものが生まれて今も残っているの。


 それらの言い伝えや伝承にあるとおり怪物達は人間にとって害となることもたくさんしていた。怪物にとってはそれが娯楽や生き甲斐になることもあったから。


 もちろん人間達もやられっぱなしではいなかった。陰陽師なんかや祈祷師とか色々な専門家が怪物達に抵抗していった。その戦いの多くは記録に残ってない。たまたま残ったものがさっき挙げたような形で後世に伝わっていった。


 そんな争いが続いていたとき、怪物側が突然徒党を組み始めたの。今まではそれぞれが好き勝手にしていただけだったのに。それは人間に対抗するためだった。人間は基本的に複数で戦っていたから、怪物達もそれを真似たのね。


 そうして出来た怪物組織と人間達との間で大きな戦いが起きた。その戦いは途中まで怪物達側が圧倒的優勢だったそうなの。人間側はほとんど壊滅してしまってそのまま決着しそうになった。そのとき突然に第三勢力が現れてその戦いに介入してきた。


 第三勢力は人間と怪物が組んだ一団だった。その組織は主に人間と仲良くしたり人間を手伝ったりするのが好きな怪物とその子達に好意的な人間で構成されていた。


 彼らは戦いを止めるために来た。怪物組織はもちろん従わすに人間側もろとも潰そうとしたの。けれど一瞬で戦いは終わった。人間と怪物の混成集団が圧勝したの。


 その勢力では人間と怪物が一対一でとある契約を結んでいた。その契約によって人間の力は大幅に強化され怪物を圧倒するほどに強くなった。特にその戦いの時のある一人の契約者の力は絶大で、その人間だけでほとんど戦いを終わらせたと言われている。


 そして戦いの後に人間と怪物の間で話し合いが行われた。そこで決まったことは二つ。


 一つ目は怪物はこれ以上人間の前に姿をあらわさず危害を加えないこと。そうすれば人間側の戦う理由は消失する。つまり両者が争うことはなくなる。


 二つ目は怪物側に新しい組織をつくりそこが怪物達を見張り一つ目の決まりごとを守らせること。


 そうして出来た新しい組織を中心にして怪物達はまとまっていった。けれど時々人間にちょっかいをかける子もいた。それが危害にならない程度なら組織も大目に見た。人間がそのいたずらを見たのがいわゆる心霊現象や超常現象と呼ばれるもの。


 けれど中には人に危害を加え続ける子もまだいた。そういった子を組織は全力で止めようとした。だけど止めきれるほどの力も数もその組織にはなかった。わざわざ怪物を止めるために協力してくれる怪物は少なかったから。


 だから組織は決心した。一つ目の決まりごとである人間への不干渉を破り、才能のある人間に協力を仰いで怪物と契約してもらう。そしてその圧倒的な力で怪物達への抑止力を担ってもらおうと。


 そしてその計画は上手くいった。契約した人間の強さは怪物たちに知れ渡っていたから。そしてそれでも危害を加える数少ない怪物はその契約者や組織の怪物が取り押さえていった。


 おかげで人間が怪物の存在を忘れるほど怪物が人間に接触することは少なくなった。


 これが今までの人間と私達怪物についての歴史。




 そうしてユウは長い語りを終えた。


 ケンはその話をなんとか理解しようと全力を尽くす。


「…えっと、つまり怪物達はもう人間には干渉しないんだよな?」

「そう、基本的には干渉しない。さっきも言ったけどいたずらレベルのことをする子はいるし、今でも危害を加えようとする子もいる。組織は今でもそういった怪物に注意をしたり場合によっては制圧したりする」

「じゃあ、なんでユウはここにいるんだ?ユウもその怪物なんだろ、一応」


 まだユウが怪物だと信じきれていないケンの声には勢いがない。


「それは新しい契約者を探すため。新しい抑止力となる人間を」


 そこでユウはケンからナギへと視線を移す。その彼女の顔は今まで見た中で一番真剣な表情に見えた。


「改めてお願いします、ナギ。新たなる抑止者、デタレンスになるため私の契約者になってください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る