第7話 異能

気まずい


 めちゃくちゃ気まずい


 ケンは心の底からそう思う。


 現在、タケ宅の居間で住人では無い二人がテーブルに座って向かい合っている。


 一人はケン。タケとその姉であるナギと幼なじみで隣に住んでいる少年。


 もう一人はユウ。今日ケンが高校で知り合った不思議な雰囲気をもつ銀髪の少女。


 お互いに目を合わせないせいで、というかケンがユウの真っ直ぐな目を正面から見ることができないせいで会話が始まることもなく沈黙が続く。


 ユウを出迎えたタケ母は二人が知り合いだと知ると、


「あら、ケン君も知り合いなの?ならナギが帰ってくるまでお相手してもらっていい?私はちょっと用を思い出したから出てくるわ」


 と言ってまさかの外出をしてしまった。


 その後、お互いに席についてから今まで一切会話がない。


 何も起きていないが、いやなにも起きていないせいでケンは緊張しっぱなしだ。


 ああ、早くナギ姉帰ってこないかな


 ケンは珍しく会いたいから、ではなく助けて欲しくてナギを心から求めてしまう。


 それこそ小さい頃、ケンはタケと二人で困ったことがあればなんでもナギに頼っていた。それが憧れになり、今の恋愛感情に変化していった。だからこそ最近は助けを求めないようにしているつもりだ。大人になった、対等になったとナギに示したかった。でないといつまで経っても関係を先に進められない気がしているケンだった。


 だが、そんな見栄については今のところは横に置いておく。この状況の打開策はケンの中に存在しないからだ。


 そんなことをケンが祈っているとユウが唐突にその現状を変えてくれる。


「岸本君はなんでここにいるの?ここは無頼薙さんのお家だよね?」


 ユウから話を始めてくれたのだ。


「えっと、俺は隣の家に住んでてこの家の姉弟とは幼なじみでさ。ほとんど家族みたいな付き合いしてたから普通にこの家で飯食べたりするんだよ。ちなみに姉のほうのナギ姉のことは知ってるみたいだけど、弟のほうはオレたちと同じクラスだよ」


 ユウから話しかけてくるのは完全に想定外だったケンは少し早口ぎみにタケの情報も追加しながら説明する。


「…そうなんだ」


 ケンの説明に納得が行ったのか小さく頷くユウ。そしてそこから新しい質問を投げかけ始める。


「ナギ…さんは今どこにいるの?」

「まだ学校だよ。生徒会に入っててその仕事らしい」

「じゃあ、普段から忙しい人なの?」

「どうなんだろう。そこまで大忙しってわけではない…と思う」


 そんな感じでユウの質問を捌いていく。内容はどれもナギ姉についてばかりだった。そレが気になって今度は逆に質問を投げてみた。


「氷野さんはなんでここに来たの?ナギ姉とは知り合いなの?」

「…知り合いってほどの付き合いではないと思う。会ったのも今日が初めてだから」

「そうなのか。よく家の場所知ってたな」

「聞いたの。ナギさんに」

「へえ」


 少し意外感を覚えるケン。


 ナギ姉はどんな人とも仲良くなるが、初対面の下級生にいきなり自宅の位置を教えるとは思えなかった。教えてしまう理由がなにかあったのだろうか。あるのだとしたらそれはどんな理由なのだろう。


 ケンの疑問は増えていくばかりだ。その新しい疑問について聞こうとしたとき


「ただいまー」


 玄関のドアが開く音と待ちかねていた人物の帰宅の声が聞こえてきた。


 ケンとユウがドアを見つめているとそこから居間にナギが入ってくる。


「あら、ケンいたのね。それと…本当に来たんですね」


 最初にケンに気づいたナギは声を掛けてきた。そしてケンの向かい側に座っているユウをみると次第に声が低くなっていった。


「教えてもらったので、来ました」


 ユウが変わらない声のトーンで返す。


 なんか重々しい空気になってきたような気がする。より居心地が悪くなってきた…。


 待ちわびていたナギが帰ってきたのに状況が悪化したことに気づいて嘆くケン。


「でさ、氷野さんはナギ姉になんのようだったの?」


 この状況を打破しようと無理やりユウの訪問理由を尋ねるケン。とにかく話が始まれば少しは盛り上がるかもしれないという悲しい算段だ。


「それは…他人には聞かせられない」

「そうね、ケンに聞かせても仕方のない話ね」

「そ、そうなんだ。じゃあ、自分の家に帰ろうかな」

「ちょっとまって、ケン」


 二人から除外されてしまって悲しい気持ちになりながら自宅に帰ることにしたケンをナギが呼び止める。


「なに?なんかすることある、俺?」

「私は氷野さんと私の部屋で話があるの。お母さんもタケもいないみたいだし、誰かが一階にいないと宅配便とか来たら困るでしょ。だからここに居て」

「いや一応、俺この家の人間じゃないんだけど…」

「別にいいから、ここにいなさい」

「はい…」


 問答無用で頼み事をきかされる。ナギと対等になろうと色々頑張っているケンであるがこういうところではいつまで経っても逆らえない。


「ありがとう、ケン。じゃあ、行きましょう、氷野さん。」


 ケンが頼み事を了承するとユウを連れて自室に向かうナギ。ユウはその後ろを静かに付いていく。


 より悲しい気持ちになったケンは大人しく二人を見送る。そして二人の話がおわるまで居間に居なければならなくなったケンは手持ち無沙汰になってしまった。


どうするかなぁ、タケの漫画でも借りるか


 そう決めたケンはスマホを取り出してタケにアプリで、部屋に入って漫画を借りる許可をもらうために連絡する。返事はすぐにきてOKを貰う。


 それを確認したケンは立ち上がり二階にあるタケの部屋に向かう。


 タケの部屋は階段を登って突き当りの部屋で、その隣がナギの部屋である。


 ナギの部屋の前を通るときにケンが耳を澄ましてみると聞き取れないほどかすかな声がするだけだった。先程の居間での空気から二人が言い争いでもするんじゃいかと思っていたケンは少しほっとした。そうしてナギの部屋の前を通り過ぎる。


 廊下の突き当たりに着くタケの部屋に入る。適当な漫画を何冊か本棚から持ち出してケンはタケの部屋を出て一階の居間に戻ろうとする。


 ナギ姉の部屋の前を通ったときだった。


 寒気がした。


 部屋のドアの隙間から冷気が出ている。春とは思えないほど冷たい冷気が。


 とっさに足を止めてしまうケン。ナギの部屋のドアを凝視してしまう。


 どうする、とりあえずノックしてみるか?


 明らかにこの寒さはおかしい。二人が心配だし、寒さの理由を聞いておいて安心したくなったケン。意を決して部屋のドアをノックする。


「なに、誰?」

「いや、ケンだけど。なんかすごい寒いけど部屋で何やってるんだよ」


 この家には他にはケンしかいないのを知っているはずなのにそんなことを確認してくるナギ。声には焦りも含まれている。


「別になんでもないわよ。心配しなくていいわ」

「いや、声が完全に上ずってるぞ。氷野さんも大丈夫?」


 部屋にいるであろうもう一人の少女に声をかける。


「氷野さんも大丈夫よ」


 ユウではなくナギが少し間を置いて代わりに答える。相変わらず焦っていることが伝わる声だ。


「いや、全然大丈夫そうな声じゃじゃないぞ。…部屋入ってもいいか?」

「駄目!絶対に駄目!」


 勇気を出した提案を全力でナギに否定されてショックを受けるケン。


 と、その時部屋から出ている冷気が急激に強まった。


 寒い。明らかにさっきまでとレベルが違う。


 部屋の外にいるケンでさえ寒さで足が震えてきた。


 部屋の中の二人が大丈夫なはずがない


 そう思ったケンはナギの拒否を無視して急いでドアを開け部屋に飛び込む。


 部屋の気温は廊下よりも遥かに寒く氷点下に迫る低さだった。部屋にいきなり入ったケンには辛い温度だ。


 だがケンにはその寒さに反応する余裕はなかった。彼の視界にはありえない光景が広がっていたからだ。


 部屋の中心に立っていたのはユウだ。だがその姿は居間でのものとは全く違う。


 彼女は輝いていた。いや、正確には彼女の合わせられた両手の上にある球体が光って彼女を照らしていた。照らされた銀髪が神秘な輝きを放っている。


 そしてその球体からは圧倒的な冷気が放出されていた。あれがこの気温低下の原因だろう。


 ケンの頭では理解出来ない状況。ユウがもつ謎の球体。


 無意識にケンはユウに問う。


「…それは、なに?」

「私の力。私が持つ力の結晶」


 言っていることが理解できない。


 ユウが補足する。


「つまり、私は人間じゃない。あなた達が化け物と呼ぶ存在のひとつ」


 ユウはケンの目を合わせながら淡々と答えた。

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