第4話 入学式
ケンとお互いに自己紹介をした後、ユウはやるべきことは終わったと思ったのかケンから視線を外し真っ直ぐに前を見た。
これで会話を切られると思っていなかったケンは面食らう。もう一度話しかけようかと考えるが話題が思いつかない。
なにより教室の前を見るユウのあどけないながらも真っ直ぐな目や綺麗に背筋を伸ばした姿勢を見ると、無理に話しかけてそれを崩すのがもったいなく感じた。
会話を諦めたケンは手持ち無沙汰になる。なにもしないのも暇なのでポケットからスマホを取り出しネットニュースを読んで時間を潰す。
ネットニュースには様々なものがあった。だが、軽く目を通した感じだと全国各地で心霊現象や超常現象が確認されているといったものが多くあった。幽霊を見た、写真に霊が写り込んだ、空飛ぶ物体をみた、勝手にリモコンが動いたなど本当に色々な事例が最近多いらしい。
「なんだなんだ?夏のホラー特集みたいなのばっかりじゃないか」
そういえば朝の報道番組でもそんな特集をしていたな、と思い出すケン。非科学的なことをほとんど信じていないケンにとっては眉唾ものな事件ばかりだったがこうも短期間に多くが報告されるとなにか理由があるのかと思ってしまう。
「ま、どうせどこかのメディアが必死になってそれっぽいものを探しまくって報道してるとかだろうな」
そう結論づけてケンはそれらの話題に興味をなくす。
「…嘘じゃないよ、それ」
「え…」
唐突に隣から否定の言葉が飛んでくる。
反射的にケンの口から音が出る。
否定の出どころをみるとそこには前を見たままのユウがいた。
「それってどういうこと?」
ケンが先程の言葉の意味を聞く。
ユウが口を開こうとしたとき本鈴のチャイムが鳴り響いた。
と同時に教室の前のドアから一人の大柄な男が入ってくる。
ケンがユウに視線を戻すと彼女はすでに口を閉ざし教室に入ってきた男を見つめていた。それをみて先程の話題を続けるのは無理だな、と思ったケンも同じように男に視線を移した。
男は教壇の前に立つと大きな声で話し始める。
「俺がこの1年C組の担任になる針沢だ。担当教科は英語だ。これから一年間よろしくな」
改めて見てもやはり大柄な男だった。髪は刈り上げており顔つきはゴツいの一言だ。見た目は英語教師というより完全に体育教師にしか思えない。
またすごいのが担任になったな、とケンは思った。今まで小学、中学と9人の担任がいたが間違いなく一番怖い。
これは課題でずるをしたり、校則を破るときは今まで以上に慎重にしなければならないとケンは思いを強くする。
兄弟のように育ったせいかそのとき離れた席にいたタケも全く同じことを考えていた。
この二人の中にはそもそもずるをしない、校則を破らないという発想は残念ながら持ち合わせていなかった。
「とりあえず今から早速入学式が始まる。体育館に移動するぞ」
針沢が号令をかけたことでクラスメイトメイト達が移動を開始する。ケンもそれに合わせて動き始める。
体育館は一階の端にある渡り廊下を渡って行くので階段を降りて向かう。
「これは色々と工夫がいるようになるな」
横に並んできたタケが早速悪巧みを持ちかけてくる。
「ああ、これまで以上にバレるわけにはいかなくなったな、しっかり対策しなくちゃいけない」
ケンも真剣に頷く。
「そうだな。そういえば掲示板のときの子は同じクラスだったんだな、しかもお前の隣の席。さっき少し話してなかったか?」
タケが頷き返しつつ話題を変える。
「軽く自己紹介しただけだよ、やっぱり普通に話すだけでもなんか緊張したよ」
「だろうなあ、あそこまで綺麗だと仕方がない」
「まあ、クラスメイトだしいずれ慣れるさ」
「だよな。クラスにあんな可愛い子がいるのはラッキーだ」
タケがポジティブに考える。
体育館に入ると前のステージ近くにパイプ椅子が並んでおり、クラスごとにそれぞれ座る位置が指定されている。クラスメイトの列の先頭がC組の席に位置に向かう。
その後をケンとタケはついていく。タケがちょっとした疑問を感じて口にする。
「そういえば入場はバラバラなんだな。列になって音楽流しながらとかじゃなく」
「そう言われれば確かに珍しいな」
そんな疑問について頭を回しつつ二人は席に並んで座る。
空いていたケンの隣に誰かが座る。
ケンが横目で確認するとその誰かはユウだった。
やっぱり綺麗だな、と改めて思いながら視線を外し逆側に座っているタケと話し始める。
雑談をして時間を潰すと全ての一年生が座ったのか、次いで保護者が入ってくる。彼らは生徒の椅子から間隔をおいて並べられたパイプ椅子に思い思いに座っていく。
そして十数分が経ったときスピーカーから入学式開始を告げる声が聞こえてくる。
その宣言によって体育館内の話し声が少しずつ小さくなっていきやがて完全に聞こえなくなる。
静かになったのを確認してからステージ上に初老くらいの教師が立つ。
「私は本校の教頭をしております、菊池です。本日は入学式の司会を務めさせて頂きます。それでは入学式を開会させて頂きます」
その合図によってケンの高校の入学式が始まった。
といっても特に珍しいことはなく校歌と国歌斉唱、校長の挨拶、保護者代表の挨拶と続く。
校長の話がとにかく長くその段階でケンの意識は睡魔に飲まれ始める。
保護者代表が終わるとその次は新入生代表が挨拶をする。そのときはほとんどケンは眠りかけていて自分たち新入性の代表の挨拶を全く聞いていなかった。
「おい、起きろ、おい」
そんな状態のケンを隣に座るタケが肘でつついて起こそうとする。
「ん?終わったのか?」
若干寝ぼけつつケンが問いかける。
「いやまだだ。だが次は生徒会会長の挨拶だぞ」
「ん?別に対して興味ないけど」
「会長には興味ないかもしれないけどな。うちの高校では生徒会会長の挨拶では生徒会役員全員が壇上に立つ慣習なんだとよ」
「だから?」
「にぶいなあ。だから、お前の好きな我が姉上の晴れ舞台があるってことだよ」
ケンの意識が急速に覚醒していく。それと同時にステージ上へ目を向ける。
ステージに5人の生徒が姿を現す。その中で真ん中にいた男子生徒が壇上のマイクの前に立つ。そして挨拶を始める。
彼が生徒会会長か、とケンは初めて知りそしてすぐにその五人の左端のよく知る人、ナギに視線を移す。
姿勢を正し、口を一文字にして綺麗な眼で揺れることなくただ前を見つめている。いつもの明るくどこか抜けているような雰囲気とはかけ離れた凛とした空気を纏っていた。
かっこいい
ケンは只々そう思った。彼女に釘付けになる。顔が赤くなっている気がする。隣にいるタケは苦笑していたが全く気にならなかった。会長の挨拶の間はずっとそんなナギに手中する時間が続くと思った。
だかふとタケと逆側の隣にいる少女に視線を奪われてしまう。
彼女は先程までには見たことがないほど真剣な目をしていた。真剣に壇上の左端の人物、ナギに注目していた。挨拶をしている会長ではなくだ。
なぜ?
ケンの脳が疑問で埋まる。
確かにナギねえは綺麗だから注目を浴びやすい。けど、そういったものではない熱量のようなものをユウの目からは感じる。
確証なんてなにもなかったがケンはなぜかそう感じた。
そして入学式が終わるまでの間ケンはあの真剣な目の意味を考え続けていた。
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