一人の夕暮れ

 夜か……


 徒歩での旅をするには世界は広く、やはり日が暮れる前に街に着くというのはいくら何でも無理だった。本気で移動魔法を使えば高速移動ができるがそれは勇者の称号を投げ捨てた俺の意思に反することだ。自然に太陽が沈んだならそれが一日の終わりと言うことだ。


 野営の準備を始めよう。テントを張って、オイルランプをつけ、そこで光魔法を使えばこんなものは要らないと気づいたのだが、それをやると間違いなく目立つと思い、やはりランプの方がいいなと判断し、テント脇に置いて周囲に結界を張る。入ってきた魔物が麻痺する程度の結界で十分だろう。それからもう少し範囲を広げて弱い魔物なら近寄れない程度の聖属性の結界を外周に張る。これで安心して眠れるだろう。


 そしてテントに入り、俺は小さな明かりを頼りに一冊の白紙の本を出してそこに『勇者旅行記』と書いた。誰かに読ませるわけでもないが思い出という者を残したかった。今までは魔王討伐のためだけに一切合切を捨てて生きていたため、これからは人間として生きていくと決めた。これはその記録だ。


 始めの一ページに旅に出た理由をしたためてから俺はランプを消し、久しぶりに完全に一人の夜という物を過ごし、魔王討伐まではこんな夜が多かったなと昔を懐かしんだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る