終章 

終わらない戦い

 九頭竜の頭部を切り落としてから一年が過ぎた。

 ポッカリと空いた極東の空、そこから差す日差しは相変わらずであり、九頭竜側からの変化は一つもない。さすがの九頭竜も頭部をやられてしまうと弱いのか。多様な迎撃手段を持ち、苦しめられたレイたちからするとあまりに呆気なく、それが逆に気分が悪い。

「おらぁっ!」

「グハッ……」

「……――!」

「うっ……」

「ぷう!」

「どわあああああ‼︎」

 だが彼女たちにはそのようなを気にかけている暇は無い。

 集落を襲うゴロツキたち。彼らを止めるべくレイの武器が敵を切り裂き、オルの銀糸が身動きを封じ、ツムギのミサイルが叩き込まれる。

「〈止まって!〉」

「くっ……」

 右半身が不自由な竜人へ振るわれる拳をロアの声が止める。固まるゴロツキたち、その隙を縫ってロアたち救護部隊は保護対象を次々とツムギの元へ誘導していった。

 九頭竜殺しを成し遂げた事で喧嘩屋の極東における影響力は飛躍的に上がった。とりわけ勢力一位、二位のグループと相互不介入の条約を結べたのは大きな前進だ。上位のグループは喧嘩屋が掲げる弱者保護になんて微塵も興味が無いが、それを邪魔しないとお墨付きを得られたのだ。

 一方で条約の発行は他のグループへの牽制となった。喧嘩屋は上位のグループと対等に交渉できる。その事実は地上を生きる竜人たちにとってある種に感じられる九頭竜殺しよりも身近で、じわじわと塗り替えられる勢力図の変更に驚異を抱かない者はいない。

 ゆえに下位のグループほど功名を焦り、喧嘩屋への挑戦は絶えない。彼女たちを直接襲う者、シマを荒らす者、さまざまな方法を使って挑戦状を叩きつけると喧嘩屋はその対応に追われているのだ。

「まったく、雑魚に限ってイキリ出すんだから。キリがないったらありゃしないわね」

「……だが」

「ぷう!」

 三人の強烈な一撃が叩き込まれると集落はにわかに静寂を取り戻した。

「ひっ、ひいい……!」

 実力差が身に染みたのか一転して怯え出すゴロツキたち。レイは何も言わずに彼らに爪を刺し入れ細胞を奪う。

「騒がしい日々もこれでおしまいね! ねえオル、アタシたち極東をもう五周はしたわよ。どうかしら?」

「そうだな……知らない敵はもういなくなった。喧嘩屋の顔もだいぶ売れただろう。そろそろ実行に移してもいい」

 オルも触手を使って竜人たちのデータと細胞を奪いながら、次の計画を思案していた。

「はぁ……はぁ……、誘導終わりました!」

「ぷう!」

 そこにロアと車両形態のツムギが近づく。ハッチが開くと弱者竜人たちがゾロゾロと現れ、レイたちの仕事ぶりに目を丸くしていた。

「ロア、アンタもだいぶ手慣れてきたわね。初めて会った時は何もできないお嬢様だったのに」

「レイさんと、皆さんに鍛えられましたから」

 胸を張るロア。彼女が纏うはデザイン性と実用を兼ねたナース服だった。救護部隊の面々も彼女が仕立てた作業着を身につけ、護衛対象に一目で喧嘩屋であることがわかる、引き締まった印象を与えていた。

「とうとう極東を出るんですね」

「ここでの仕事は終わりよ。後進も育ってきたし、アタシにこんな島国はもう手狭。あーもっと骨のあるやつと闘いたい!」

「確かにレイさんの『人助け』をやろうとしたら海外展開以外あり得ないですからね」

「ちょっ……その話どこから⁉︎ まさか……」

「……」

「おいオル! アンタなんてこと吹き込みやがった!」

「別にいいだろう。隠すほどのことじゃない。リーダーのやりたがっている事は行動に出ている。喧嘩屋私達の中だけでも素直になっていいんじゃないか?」

「アタシにも面子ってもんがあるのよ! トップが緩いんじゃ示しが――」

「きゃっきゃ」

「ツムギも笑うな!」

 顔を真っ赤に染めるレイ。そんな彼女を見て喧嘩屋のメンバーは笑いが止まらない。ムキになればなるほどその輪は大きく広がり、さすがの彼女も自然と止むに任せるしかない。

「ゔっゔん! さーて仕切り直し。いいこと! これからアタシたちは喧嘩屋の更なる勢力の拡大と九頭竜の首を落としに外界に出る。行動を起こすなら九竜機関が麻痺している今がチャンス。本当はすぐにでも行動したかったけど……雑魚どもをわからせるのに時間がかかった」

「……我々が極東を出る事で他の勢力が手を出してくる可能性は大いにある。だが……こちらにマニュアルを用意した。これを使えば生存は固い。強い相手に対して逃げる事は恥じゃない。連携してまずは生き延びることを考えろ。九竜機関が復活したら奴らに頼るのもいい。資料が失われた今、喧嘩屋と無関係を装えばたかり放題だ。なんせ奴らは生き残りの情報が欲しくてたまらないだろうからな」

「ぷう!」

「皆さんお世話になりました! 救護部隊の皆さんのご指導のおかげで私も微力ながら少しは戦えるようになったと思います。おぬいさんにはよろしくお伝えください。向こうの技術を持ち帰って絶対に披露するって、約束していますから」

 彼らを残し、レイ、オル、ロアの三人がツムギに乗り込む。彼女たちの前に広がる銀の海。それは切り落とした首が作り出した外界との架け橋。

「ぷう!」

 ツムギが海面につけると底面を船底の形態へと変化させ、スクリューの力で悠々と走り出す。

「いよいよだな」

「……いよいよか」

「ぷう」

「いよいよですね」

 四人の視線の先には大陸と、それを見下ろす九頭竜の首が。

「待ってろよ九頭竜! アンタの首はアタシが……アタシたちが落とす! このクソみたいな世界をアタシたちで変えてみせる!」

「グルルル……」

 九頭竜の瞳がレイたちに向けられる。威嚇するように口を開き、笑みを浮かべたかの存在。表情は「いつでもかかってこい」とばかりに挑発的だ。

 そしてレイたちも、その威容に怯まずまっすぐに見上げる。

 喧嘩屋の戦いは終わらない。九頭竜を倒すまで、助けを呼ぶ声のため、この世の理不尽を殲滅するまで闘い続ける。それこそが喧嘩屋の流儀だ。

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九頭竜戦記 蒼樹エリオ @erio_aoki

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