4―3
「……」
細胞組織が目にも止まらぬ速さで分裂を繰り返し、一つの形を崩してゆく。
「……ッ――」
断続的な電撃、それは細胞が願っていた形を上書きし、ただのプログラムへ変換してゆく。覚悟していた事とはいえ変化は強制的だ。細胞は分裂を止めない。「生まれる事」そのものを目指す九頭竜の細胞、それを破壊の形に転換するとは何たる冒涜か。しかしながらそのようなことを
なぜなら、全ては大いなる目標に還ってゆくのだから――
「……アアッ――!」
そして細胞は武器になった。細胞にとっての喜びは破壊。頭部から全てを、目標の何もかもを徹底的に崩壊させること。
大いなる目標のためには、肉体など不要。形を崩し、敵の全身に命令を飛ばす。細胞分裂は己の肉でなく命令の増殖に費やす――
「駄目……」
――が、プログラムは思わぬ抵抗にあう。
散り散りになるはずのロアの意識はいつの間にか九頭竜と接続し、彼の目で物事を見つめ始める。肉体はただひたすらに抵抗を続ける。宇宙を震撼させる咆哮。濃く広がる銀の幕。そして……空と陸を貫く一撃。
ロアは悟る。自分は大いなる目標・九頭竜殺しを果たせない。敵の防衛機能は恐ろしいまでに強固だ。ロアの意識に介入することで破壊プログラムを抑制し、彼女の記憶を辿ることで真の敵を暴き出す。手始めに天上人を、その次は……――
「いや――」
生かさず殺さずのままロアの意識は九頭竜とつながり続ける。自分一人の犠牲で目標は果たせるはずだった。それなのに自分は死ぬことも、生きることもできずに成り行きを見守ることしかできない――
「グルルル……」
今のロアにはかの存在の思考が理解できてしまう。
確かに細胞兵器は九頭竜にとって予想外のものであり、一時は効き目があった。だが……それは彼が望む進化の形ではない。彼の大いなる目標はそれではないのだ。
それゆえに、九頭竜は破壊を行う。誤った進化を正すべく一度環境をリセットする。彼にとって一〇年単位など一瞬。求める結果を出すためにいくらでも環境を作り直す、その用意がある。
「いや――」
彼の思想をロアは理解できない。人間にとっての一〇年は長い。それだけの時間があれば手芸を極めることもできるし、成長してより多くの人を救うことだってできる。
「やめて――」
それに……死ぬのは一瞬じゃない……――九頭竜のリセットが起きれば地上はおそらく四〇年前の災厄を繰り返すことになる。前回は人類と僅かな生物が残った。だが次があるとは限らない。竜人たちが……レイたちが生き残る保証は無いのだ。
「グルルル……ガアアアアアアアアアアアアアア!!!」
銀の幕が下ろされる。この世界に終わりと、そして新たな始まりをもたらすために――
「嫌あああああああああああああ――――――――――!!!!!!」
「うるっせえ!」
「――⁉︎」
それはもう二度と聞けないはずの声。
守るために決別したはずの……厳しくも温かい声!
でもなぜ……どうして聞こえるの⁉︎ ロアは接続を逆用して九頭竜の体内を探り始める。これが幻聴でなければ声の主は……レイはすぐそばにいるはず……。
「アンタの声、キンキンと感に触って気に入らない……でも――」
服ってのは案外悪く無いものね――
「……!」
ロアの視界にドレスが飛び込む。晴れ着であり死装束だったそれは今、赤い巨人の手に握られている。
この巨大なスケール感を、全身を覆う赤色を、境目に走る銀の縫い目をロアは知っている!
「レイさん! オルさん! ツムギちゃん!」
「「「おう!」」」
巨人は応えると九頭竜に取り込まれたロアを救出すべく体内を征く!――
「「「
遡ること数分前。ロアたちは決死の覚悟で合体を始めた。
「オーガ‼︎」
赤くほぐれるレイの体をツムギが喰らう。膨張を続ける黄色い巨体、その頭部から二本角の鎧が広がり人型を引き締めてゆく。
「「オル!」」
「……!」
オルは肉体を銀色にほぐすと真ツムギの心臓めがけて飛び込んだ。程なくして巨人の全身から銀糸が走り、鎧と巨体が馴染むように縫い目を走らせてゆく。
「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
黄色い巨体にそれを覆う赤き鎧、そして両者をつなぐ銀の縫い目――三人の意識が、肉体が、一つに混ざり合う。かくて合体は成功した。先ほどまで三人がいた空間には体長五〇メートルを超える二本角の
「「「いくぜ!」」」
オーガは早速抗体に飛びかかると頭部を鷲掴みにする。
「⁉︎」
触れられると同時に抗体は細胞の制御を奪われ――
「
巨大な銀の槍へと変えられた。
「「「よし!」」」
ツムギの吸収能力とレイの武装のいいとこ取りは想像以上だった。オーガは迫り来る敵を槍で貫き、細胞が消耗すれば敵を飲み込み、過剰になれば武器を生成してバランスをとる――狙い通りの戦闘サイクルを展開し始める。
「「「であああああああああああ!!!」」」
迫り来る抗体をあっという間に蹴散らし、九頭竜の体表から放たれる銀の一撃ですら一方的に飲み込んでゆく。いつの間にか極東空域にはオーガの姿だけが残り、彼女たちは大きな手応えを掴む。
「ははは! ざまあ見ろ! これが喧嘩屋の、アタシたちオーガの力だ!」
「よく言う。好き勝手暴れて……こっちは制御で精一杯だってのに……」
「でも……私たち戦えている!」
予想外の力を手に入れた三人。彼女たちは自分達の体に走る細胞の充実感に惹かれ……思わず何もかも破壊してしまいたい衝動に駆られる。なるほど合体した竜人たちが落とし子に堕ちるのも納得だ。こんな素晴らしい力、闘争本能のままに使わなくては勿体無い……――
「「「⁉︎ っ!」」
寸でのところで理性を取り戻す。オーガはあくまでロアの救出手段であり、彼女たちが目指す進化の終局では無いのだ。すり合わせるのはあくまで肉体と能力だけ。一つの肉体に三つの心を維持しながらと彼女たちは九頭竜への突入を始める。
「
右腕に形成された巨大なドリルが触れた側から肉を削り、細胞の吸収を始める。少し取り込んだだけでもわかる純度一〇〇パーセントの細胞の重さ。全身に走る多幸感に意識が飛びそうになるも、オルを筆頭に彼女たちはそれを理性で抑えると脚部にバーニアを形成、余剰エネルギーをそのまま推進力に変換してゆく。
「「「⁉︎」」」
壁を抜ける。先ほどまでの硬質な感触から一転、全身をドロドロとした流動感が襲う。
「……ひょっとして……血管なのか?」
オーガは九頭竜の体内を流れるさまざまな形をした物体を認める。大小さまざまな銀色の塊、それらは取り込んだ九竜機関の破片や、これから生み出すであろう抗体の部品を忙しなく運んでいる。九頭竜の血管はさながら物流の一大拠点。大量の情報が目まぐるしく行き交う様子に彼女たちは目を回し始めた。
「この中からロアを探せっての……」
「この場所が頭部のどこかだけでもわかれば……いや、九頭竜に生物の常識を当てはめるのも違うだろうな……」
勢いのまま飛び込んだ彼女たちは今更ながら自分たちがやろうとしていることの途方もなさを実感する。
オーガですら豆粒でしかない九頭竜の圧倒的なスケール。その中からたった一人の少女を探すのは砂漠の中から一粒の砂金を探すのと同じ。
拒絶反応が止まっていないのを見るに、ロアはまだ完全には取り込まれていないようだ。だが彼女が九頭竜の抵抗にいつまで耐えられるか……そう長くは保たないだろう。
それはレイたちも同じだ。肉体の面で言えば――九頭竜の体内もまた細胞で満たされており、平時における真ツムギのエネルギー切れによる制限は存在しない。すでに五分経過しておりまだまだ戦える。だがオーガの状態を維持し続ければ細胞はいずれ癒着し、三人は不可分の存在に。肉体が固まってしまえばいずれは精神も溶けてしまうだろう。これはあくまで決戦のための姿であり、このような進化を三人は望んでいない。元の喧嘩屋に戻るためにも短期決戦が望ましいのだ。
「……ねえオル、血管ってことはこのまま泳げば――」
「地球を何重にも覆う肉体だぞ。地球一周・四万キロを何度繰り返すかわからん」
「「「……」」」
下手に動けば迷子になる。だからといって動かないわけにもいかない。その板挟みにオーガの動きが固まる。
その時――
「! あれ見て!」
ツムギの頭部が何かを捉えた。レイとオルも彼女の視界を共有し目標を確認する。
「……あれは」
「まさか……」
見覚えのあるカプセルの破片と、そのそばに漂う一枚のドレス。九竜機関が支給する既製服とは明らかに異なる手縫のパターン。
「「「!」」」
間違いない。あれはロアの仕事だ!
「「「オオオオオオオオ!!!」」」
オーガはドレスを掴むと逆走を始めた。
流れ着いてきたということは……その源流にロアがいる! 確信を得たオーガは真っ直ぐに潜航を始める。物流担当の赤血球も、遺物排除を始める白血球も全て喰らい、蹴散らし、ただひたすらに前を征く!
「嫌あああああああああああああ――――――――――!!!!!!」
「「「⁉︎ そこだぁ!」」」
細胞をざわつかせる悲鳴、そこに向けてドリルが走る。
そして貫いた先に――
「レイさん! オルさん! ツムギちゃん!」
「「「おう!」」」
四人は再会を果たしたのだった。
「……とはいえ」
「状況は芳しくない……か」
「……どうしよう……」
「……」
九頭竜と一体化したロアの周囲には、抗体とは異なる趣の人型が集まっていた。むやみに傷付けず、何かを確かめるように少しずつ削り取る様子からおそらく異物を調査する細胞か何かなのだろう。
そして彼女たちを守るように外周には抗体が。彼らはオーガを認めるやいないや仲間を呼び、襲いかかり始める。
「チッ……仕方ない……
オーガは右腕のドリルを解除すると抗体を掴み、大鎌へと変形させた。
とにかく範囲攻撃だ! 武器を振るい、敵を飲み込み、全身にスラスターを生やすとオーガは体内を自在に駆け巡る。抗体の個々の戦闘能力はオーガよりも弱く、レイたちは敵を一方的に粉砕する。状況はオーガに有利だ。オーガにはツムギの無限の吸収能力があり、抵抗力の弱い相手であれば掠めるだけで一飲み。その力をそのままストックできる――
「……数が多すぎる……」
オルは細胞を操作しオーガの両肩に銀色の砲台を換装させる。「燃費が最悪」とレイが嫌がる飛び道具も、ツムギの能力と九頭竜からの無尽蔵の細胞供給があれば使い放題だ。
「……ッ!」
オルはオーガの動きに合わせて細胞重粒子砲を発射させる。視界いっぱいに広がる抗体は瞬く間に消滅し、視界が開けてゆく。
「オイ! いきなり危ねえじゃねえか! ロアに当たったらどうするつもりだ⁉︎」
「分かってる……分かってるが……」
オーガの縫い目が緩み出す。
「⁉︎ おい……オルどうした⁉︎」
「……オーガの力は確かに強力だ……現状抗体たちと拮抗できている……だが……」
「ううっ……――」
続いて鎧の内側、ツムギの巨躯が軋み出す。痛みは次第に広がりそのフィードバックは一体化しているレイとオルにも届いてゆく。
「……これは――」
一見するとオーガの能力は状況に対し非常に有利に働いている。敵を飲み込むツムギの力、余分な細胞を武器として排出できるレイの力、それらの作用を体内から調整・バランスをとるオルの力。三人の力が結い合わさることで巨大な九頭竜に対し抵抗ができている。
ところが……過ぎたるものは毒。その最たるものこそ九頭竜の細胞だ。
九頭竜はレイたちの行動を把握しているのか、抗体の戦闘能力を下げる代わりに、より細胞濃度の高い固体を大量生産してぶつけてきたのだ。
これにはオルのバランシングも追いつけず、燃費が最悪の砲撃で排出・帳尻を合わせようとするも出しきれない。過剰な細胞が蓄積され、三人のバランスが崩れ始めた。
ツムギも五分を超える戦闘の経験は初めてであり、オルの補助が途切れたことで疲労を自覚し始めたのだった。疲労感は現在筋肉痛としてオーガの全身に広がり始めている。
「……やっぱりいいとこ取りはできないってことか……」
オーバードーズにオーバーワーク。オーガに残された時間は三人が思っていた以上に短いようだ。合体の特性上、早期に分離しなければと心がけてはいたものの――
「でも今じゃ無い……」
「……ああ」
「……うん!」
時間が無いのであれば、無いなりに決着をつければいい。再び迫り来る無数の敵を前にオーガは全身にバーニアを形成。余剰細胞を機動力の形で排出しつつ、ロアに迫る。
「⁉︎ こいつら……」
「まだ湧くのか……」
「なんで……」
さすがは体内と言うべきか……抗体の保護機能は十全、異物たるオーガの排除とロアの保護をそつなくこなす。
「「「――!!!」」」
どれだけ動いても、振るっても、放っても、全てが受け止められ、ロアの元へは一歩たりとも近づけない。それどころか彼我の差は埋められてゆくばかり。
奮い立たせるも軋み出す体に、一向に減らず増殖する敵陣。さすがの三人も精神的に追い詰められ始めるが――
「……ねえ……なんかおかしくない?」
「……確かに。妙だな」
「……? どういうこと?」
オーガというイレギュラーを前に九頭竜と彼の抗体は統率の取れた対応をしていた。彼らはオーガの能力を見極めるや否やすぐさま特効薬をばら撒いてきたのだ。おかげで三人は決め手を欠き、ジリ貧に追い込まれている。
だが――
だったら……なんでロアは消滅していない?――
竜人三人の融合体を手球に取れる存在が、ロアという竜人としては未熟な存在を抹消できないはずが無い。確かに彼女には対九頭竜破壊用のプログラムが備わっているのだろう。内側からプログラムを書き換えられてしまえば、いくら強大な存在も苦しむ。九竜機関のその理屈は理解できる。だが……ならばオーガに対し狂うことなく対処を行えているこの状況はどう説明がつく? これだけ正常に免疫機能を発揮できるなら、ロアという小さなバグを対処できないはずが無いではないか!――
「……アタシたちを試しているのか……」
「……」
「……それって」
常に地上を見下ろしてきた瞳がレイたち三人、もしくはロアを期待し、あえて彼女たちを生かしている。
生かさず殺さずのちょうどいい苦難を与え、それをどう乗り越えるかを試している。
仮に……もし仮に九頭竜の期待する何かを自分たちが持っているのだとしたら……――
「……ロアアアアアアアアアァァァァァァ――――――!!!」
「!」
体内を震わすほどの声に分解されていたロアの意識が目を覚ます。
「鍵はアンタ自身だ! 今からそっちに向かう。こっちも死ぬ気で向かうから、アンタも死ぬ気でここから抜け出せ!」
「抜け出せって……いきなりそんな――」
「いくぞ!」
「ちょっと――」
「「おう!」」
オーガはロアの準備を待たない。覚悟を決めた三人はただひたすらに彼女めがけて直進する。
「くっ……」
繋ぎ目が弾けようとも――
「痛いっ……――」
体が崩れ去ろうとも――
「このっ……」
鎧にひびが走ろうとも――
「「「オオオオオオオオ!!!」」」
躊躇わず、振り返らずにその手をロアに向けて真っ直ぐに……伸ばす!
「「「ロアアアアアアアアアァァァァァァ――――――!!!」」」
「――ッ!」
みんなが覚悟を決めて……私に期待してくれている。
私の力がこの状況を覆す手助けになる。
私だって……役に立ちたい! 仮にも竜殺しの力があるんだったら……レイさんたちのためにだって使える! 使わなきゃ――
「……っ……だあああああああああ!!!」
分解されていたロアの肉体が再生を始める。迫り来る抗体に破壊プログラムを適用しながら、破壊した細胞を取り込み自身の肉体の再構成が始まる。今やロアの能力は喉に留まらない。全身の細胞を覚醒させた彼女はその手を伸ばしオーガに触れる!
「「「「
オーガの手の中でロアの姿が変化を始める。
「「「「ハルバート!!!!」」」」
三人がボロボロになりながらも溜め込んでいた細胞がロアに流れ込む。すると彼女の形が大鎌と拡声器を備えたハルバートへと変化した。
「止まれえええええええええ!!!」
ロアが叫ぶと抗体の動きが止まる。そこにオーガの意思が乗り音質が変化する。音を受けた抗体は形を歪ませると一斉に爆け飛んだ。
「これが……私の力……」
「おいおいとんでもない燃費じゃない……。オーガの細胞、一気に持っていかれたわよ」
「……だがこれで」
「すごくスッキリしている!」
崩れかけていたオーガの肉体はいつの間にか元通りに再生していた。合体の要であるツムギは今まで感じていた全身の痛みが消えたことを喜び、ハルバートを振るって表現している。
ロアの破壊プログラムは九頭竜だけでなく、どうやら自身の余剰細胞に対しても働かせることができるらしい。先ほどの咆哮が広範囲かつ強力な効果を示したのもオーガに回った細胞の毒を全て消費した結果。オルはそう分析するとかつてない細胞のデータに満足する。
「どうやら状況はまたアタシたちに有利ってわけね」
「だがあまり遊んでもいられないぞ。いくら稼動時間が伸びたからって合体自体がリスキーだ」
「お姉ちゃんを助けられたんだからもう帰ろう」
「でも……」
ハルバートを構えるオーガ。彼女たちの前に再び抗体の群れが立ちはだかる。
九頭竜はどうやらまだ彼女たちを解放する気が無いようだ。続いて現れたのは先ほどよりも二回りも巨大な抗体の群れ。細胞の質も、戦闘能力もおそらく今までの比では無いだろう。
「へぇ……それだけ喧嘩屋のことを買ってくれているわけ……だったら、期待には応えなくちゃいけないわね」
「……確かに。それも悪くないな」
「私だって……もう守られるだけじゃないよ!」
「ちょっと皆さん! まだ戦う気なんですか⁉︎ これ以上抗体を倒しても――」
「はぁ? 誰が抗体と戦うって? そんなちまちました戦い方していたらアタシたちが落とし子になるのが先よ」
そういうとオーガはハルバートの穂先を壁に向けた。
「……まさか!」
竜人の、九頭竜の細胞の弱点は頭部にある。
脳からの神経信号が止まることで細胞は機能を失い、急速に死滅を始める。
そしてそれは細胞の大元である九頭竜とて例外ではない。
そう踏んだオーガはハルバートを振り回すと周囲の細胞を吸収しエネルギーへ変換を始める。
「腹括れよロア! 異常を起こしている首さえ切り落とせば世界の崩壊も止まるし、何よりスッキリする! 今まで散々見下してきた奴らに一泡吹かせられるんだ。これ以上に面白いことは無い!」
「細胞の操作は私に任せろ。お前はただ私たちと共に九頭竜を倒す意思を持ってくれればいい」
「お姉ちゃんのことは私がしっかり握っている。だから怖くない。私たちは一緒だから、戦える!」
吸収した細胞がハルバートの鎌へと集約されてゆく。振れるごとに巨大化する刃。それは血管を切り、肉を裂き、骨まで砕かんと拡大を続ける。
「……っ!」
ロアとてスッキリしたいことに変わりはない。この状況を作った一端は自身にあり、それを巻き返せるのであれば――
「……――ダアアアアアアアアア!!!」
雄叫びと共に骨を粉砕するハルバート・ロア。さすがの抗体たちもこれには焦り、オーガを止めるために突撃を始める。しかしながら攻勢は遅きに失した。オーガが発する破壊プログラムに触れた瞬間抗体は細胞に変じ、ハルバートの攻撃力へと変換されてゆく。
「「「「いっっっっっけええええええええええええええ!!!!!!」」」」
再び肉を裂き、血管を引きちぎってゆく刃のリズムが硬質な鱗に辿り着き――
バツン!
「!?? ギィヤアアアアアアアアアアア――――――――――――!!!!!!」
――気づいた時には土砂降りの雨が降り出していた。
「……やった……のか……?」
地球を覆っていた銀の幕が剥がれてゆく。統率を失った細胞の群れ、それらは地上に向けて降り注ぐ。時折鈍く光るのは九竜機関の残骸だろうか。この高度から流され落ちているとすれば……残念ながら彼らは助からないだろう。
「……だが」
「うん……倒せた!」
雨と共に首が落下する。異常を起こしていた部位が取り除かれたことで地球のリセットは回避できた。滴り落ちる細胞の雨はその証だ。
「……」
できれば助けたい。それがロアの本音だ。生贄を作ったのもひとえに彼らが追い詰められていたからであり、「生きたい」という欲求を否定することはできない。生存本能こそ生物の根幹。人類が生き延びるためには九頭竜を殺すしか選択肢は無かった。
「……ざまあみろ……か……」
一つ誤算があったとすれば、それは――細胞の性能を発揮させるため仕方がないのだが――ロアもまた「生きたい」という欲求を持っていた一人の人間だったということ。それに九頭竜もまた……つまるところ人間の都合で完璧に制御できる物など無く、最後にものを言うのは当事者の意思の力なのだろう。
雨が止み、日が照り始める。頭部一個分、ポッカリと空いた空。その隙間から差し込む四〇年以来の日差しは暖かく、オーガの全身に達成感を漲らせる。
「じゃあ、早速だけど帰りますか」
「え、他の首も切らないんですか? 今の私たちなら九頭竜にだって――」
「……いつの間にか随分と好戦的だな」
「え、だって……」
四人の力があれば九頭竜とも充分に渡り合える。その充実感を他の三人も共有したはずではないか。オーガの力があれば喧嘩屋の目標である理不尽の象徴、九頭竜殺しをあっという間に達成できそうだとロアは主張したかった――
「⁉︎ え!」
ハルバート・ロアの持ち手に違和感が走る。
「やっべ……思っていた以上に時間が無いみたいね」
オーガの右手とハルバートの持ち手が癒着を始めていた。手のひらと持ち手は一体化を果たし、どれだけ振り抜こうとも離れる事は無い。
鎧と体躯もまたみっちりとくっつき始め、飲み込まれようとしていた。赤い面積は徐々に黄色に変わり縫い目はとっくに塗りつぶされている。
「ワーカーホリックも大概って事。オル! まだ生きてるわね!」
「なんとか。だができるだけ手短に頼む。保ってあと三分だ」
「レイお姉ちゃん早くして! 今の私はお姉ちゃんが動かしているんだから!」
「分かってる! ツムギもつまみ食いしないでよね……さーてじゃあ――」
行きますか。
「
オーガの背中から一対の翼が生える。降り注ぐ光のラインを走路に定めると急降下、地上めがけて真っ直ぐに飛び立つ。
「「「いっつけええええええ!!!」」」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいい」
首の上へとオーガは降り立つ。後光を受けて征服する様は神の使者さながらの威容。
天上人が描いた筋書きとは異なるものの、九頭竜へ巨大な爪痕を残せたのには間違いない。四人が元の姿に分離したことで極東から始まった異変の全てが終わった。
九頭竜殺し、その九分の一が達成された瞬間である。
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