4―2
「……」
「……」
「……」
喧嘩屋は珍しくその活動を停止していた。
やらなければならない仕事は山ほどある。しかしながら移動手段たるツムギが大破し移動はできない。
「……」
結果だけ見ればロア一人の犠牲でその場が収まったと言える。集落を襲うチンピラも倒せたし、調整竜人が見せしめで殺した弱者竜人も数人。数字の上では喧嘩屋始まって以来の快挙だった。
「……」
だがそれで満足できる彼女たちでは無い。
真正面から戦って負けたのであればどんなに清々しいことか。全ての力を出し切って負けたのであれば、どのような結果であれ納得できる。それが地上での戦いというものだ。
何もできなかった……。
傷ついていたわけでもない、余力も十分に残っていた状態であったにもかかわらず、卑怯な策に封殺されてしまった。これは戦士としてこの上無い屈辱であった。
「……」「……」「……」
恵みの雨が降っても三人は止まったままだった。
本能に従って数匹の落とし子は喰らったものの、満たされた気はしない。とりあえず襲い掛かる敵をツムギへ誘導して彼女の傷を回復させるに努めるが――
「どうする、リーダー」
「……」
土砂降りの雨のおかげでツムギの装甲はすでに八割方回復している。止む頃には完全回復しているだろう。
彼女が機能を取り戻せば……飛行形態に変形させて、ロアを取り戻すべく九竜機関に乗り込むのも悪く無いだろう。むしろレイはすぐにでも乗り込んで相手に一泡吹かせてやりたかった。
一方で、今回の敵・九竜機関と竜人の相性は最悪だ。ツムギの装甲を崩壊させるまでの抑制剤に、レイを強化したような調整竜人、殿上人もオル並みの軟体性・生存性を持っているとすれば真正面から飛びかかるのは危険と言える。
奇襲を仕掛けるにも情報が少なすぎた。一口に九竜機関と言ってもその浮島は極東だけで数十存在する。乗り込んだ先がハズレであれば……喧嘩屋の襲撃は天上人の間に広まり報復が始まるだろう。相手は空中から地上の情報を覗ける立場、おそらく喧嘩屋のシマも全て把握されているはずだ。今度の人質は集落の数人では済まない。自分達の不用意な行動が、仲間全員の命に関わるのだ。
「……」
ロア一人の命と引き換えに、今までとこれからの保護対象を守れるなら……それは安いものだろう。責任ある立場として、合理的に判断するなら彼女のことは忘れるべきだ。
だがそれは喧嘩屋のポリシーと反する。保護対象を、仲間を守るために戦うのが喧嘩屋であり、レイ自身だ。目の前で仲間の尊厳が奪われたにも関わらず、行動を起こせないようであれば女が廃る!
「…………あああああああああああ!!!」
「ピギャ! ピギャ!」
「うるせえ!」
苛立ちを落とし子に向けるレイ。一人の仲間と多くの仲間、その間に立たされた彼女は大量の武器を展開しては怒りを発散させてゆく。
「おお、やっとるな」
「⁉︎ ジジイ!??」
「……⁉︎」
彼女たちに向けて、よっ! と手を振る白衣の老人。喧嘩屋の前には何故か慣れ親しんだマキシマ博士の姿が。
「アンタ……なんでこんなところに……他の島に逃げたんじゃ……」
「なんでって、んなもんこれから起きる出し物を特等席で見るために決まっておるじゃろう」
そう言うと博士は天に向けて指を差した。
「……出し物?」
レイとオルは導かれるまま上を見上げる。
「グルルル……」
「「⁉︎」」
すると雨がいきなり止み、九頭竜の全身に見たことのない波紋が広がり始めた。
「おお、計画は一応最終段階に入ったようじゃの」
「計画って……プロジェクト・エクスキューショナー?」
「なんだ、お前らも知っておったのか。ワシなんか当日まで知らんかったから大慌てでこっちに来たんだぞ」
「相変わらずハブられてやんの……。てか、特等席って
「ワシは結果を肉眼で見たいんじゃ。モニター越しでもガラス越しでもないこの目でハッキリな。それには安全な地上が一番いい」
「地上が……安全?」
レイには博士の言葉の意味が理解できなかった。単純な危険では地上に勝る場所はない。自分達がこうして問題の先送りをしている間にもどこかで竜人同士の戦いが繰り広げられている地上の一体どこが安全なのか。
これからだってあの巨大質量が崩壊するのだ。その脅威は雨の比ではないだろう。干上がった地球に再び銀色の海が充填され……それどころか地上全体が押し潰されることだってあり得るのだ。
竜人である自分達であれば地下に逃げるなどして耐え凌げるかもしれない。だが博士は――仮に調整を受けていたとしても――耐えきれまい。半端な竜人が大量の細胞に飲まれれば落とし子に落ちるのは研究者たる彼自身がよく知るところだ――
「ギヤアアアアアアアアア――――――――――!!!!!!!!」
それは九頭竜の悲鳴。レイたちはとうとうロアを贄とした大崩壊が始まったことを知る。頭部は悶え、苦しみ、痛みの波紋が体躯を崩壊せしめんと広まり「ギヤアアアアアアアアア――――――――――!!!!!!!!」
「「⁉︎」」
目の前の光景に博士を除いてその場の誰もが驚愕する。
九頭竜がその身をのたうつと鱗の隙間から大量の液体を噴出させ、肉体を隙間なく覆い始めたのだ。それはさながら天を覆う銀幕。液体は浮遊する九竜機関をたちまち飲み込み……地球という天体は四〇年ぶりに宇宙と切り離された。
「おー……やっぱり失敗したか」
仲間が亡くなったにも関わらず博士の反応はドライだ。むしろ自身の予測が当たったことを喜び、マイペースにメモ帳を取り出すと目の前の光景のスケッチまで始めた。
「おいジジイ!」
失敗という言葉にレイはいち早く反応した。
計画の失敗、それはロアの安否につながる。彼女は博士の胸ぐらを掴み上げると老体を思い切り持ち上げる。
「……何か知っているのか」
レイも博士の背後から迫り銀糸を総毛立たせるとそれら全てを彼へと向けた。
「……ふむ」
地上でも指折りの実力者に殺気を向けられているにも関わらず相変わらずのマイペース。はてさて何から話したもんか。マキシマ博士は顎に手を当てながら思考を始める。
「これはワシの持論なのじゃが――九頭竜は操り、傷つけることはできても殺すことはできんだろうな」
九頭竜の細胞が持つ生命力、その強靭さは竜人であるレイたち自身が思い知るところだ。追い詰められた細胞は何をしでかすかわからない。仲間を喰らって巨大化したり、闘争本能に覚醒しての土壇場の粘り強さを発揮したり……頭部を破壊して細胞の働きを止めるか、相手の細胞を絞り尽くすかしなければその脅威を止めることは現状不可能と言える。
「脳から自壊するように命令を出す。その着眼点は悪くない。細胞がどのような働きを見せるかは当人の意思、脳からの電気信号が深く関わっとるからのう。じゃが、それでは足りない。九頭竜の意思そのものを上書きするには計画の子一人ではあまりにもちっぽけなんじゃ」
「……」
細胞の自壊命令が発せられたとして、肉体のバランスが崩れればそれを止めるためのプログラムも当然生物は持っている。九頭竜が生物なのかは議論が分かれるところだが、細胞のミニチュアたる竜人をベースに考えるならばかの存在も免疫機能を持っていてしかるべきだろう。現に九頭竜は自身へ不用意に接触しようとする存在に対して抗体を飛ばす。物理的・細胞学的な防衛機能は間違いなく存在する。
破壊プログラムであるロアが機能したことで、九頭竜は目覚め防衛機能を発揮させた。手始めに自身の肉体を防御形態に変形させ、その余波が九竜機関を巻き込んだというべきか。
「ああなったら最後、奴は自分含め自身を攻撃する存在に対してヒステリックに反応する。今頃上は大騒ぎじゃろうな。なんせ四〇年間地球で留まっていた敵の魔の手が自分達に向けられたのじゃからのう。だからこそ――」
狙うのは今じゃよ。
「「!」」
レイとオルは弾かれたように走り出す。
「ぷう!」
ツムギも車体を飛行機能へ変形。二人が乗り込むと同時に三人が行く!
「土産は純度一〇〇パーセントの九頭竜の細胞でいいぞ!」
「うっせえジジイ! でも……手土産の一つや二ついくらでも持ってきてやる!」
「!」
「ぷう!」
ツムギは出し惜しみをせず、背部にバーニアを生やすと頭部へ向けて驀進する。
狙うなら今。
生死はわからないが、九竜機関は現在九頭竜の防衛機能に阻まれている。あの状態の彼らが喧嘩屋に意識を向ける余裕はないだろう。九頭竜の関心が天上人に注がれている今だからこそ、レイたちは仲間の安否を気にすることなくロアの奪還に全力を出せる。
そして懸念だった彼女の居場所は異変の元凶たる極東地域の頭部。地上に降りてからレイのことを見下し続けてきた世界の理不尽の象徴。
防衛機能が働いているということは、それはロアが九頭竜から異物として認識されていることに他ならない。どんな状態か不明だが、彼女が完全には取り込まれていない証拠だ。
「それさえ分かれば!」
「……あとは攻めるのみ」
「ぷう!」
重力も、空気抵抗も、唸り声も、迫る障害を全て弾き、かくして三人はそれと目が合った。
「グルルル……ガガ……ギギギ……――」
「やっこさん相当目覚めが悪いな」
「なーに、寝ぼけている今がチャンスだ。これだけ的がでかけりゃ外すことは無い。ツムギ、適当なところにつけて。アタシとオルであのデカブツの中に――」
ヒュン――
「ぴい⁉︎」
ツムギのアバターが一瞬霧散した。すぐさま幼女の形に戻るが……――
「⁉︎ リーダー! ツムギの体が!」
モニターに表示されたツムギのステータス。そこには側面の装甲が大破したという警告表示。
「……そういえばここって……」
今更ながら三人は普段自分達が気を使って飛行してきたことを思い出す。
先ほどまで九頭竜の関心が宇宙に向けられていたおかげか、道中の妨害は一切無く、ここまで真っ直ぐに辿り着くことができた。
ところが――
「ギギギ……」
「ガ……ガガ」
「ゴッゴ……」
いつの間にか彼女たちの周囲を銀色の人型の群れ、九頭竜の防衛機能が取り囲んでいたのである。
「天上人め……上から目線のくせに根性が無い。だから足元を掬われるのよ」
「おしゃべりする暇はないぞ……これではロアの救出どころか……」
「ぷう……」
九頭竜の関心は今最も身近に迫る敵・喧嘩屋に向けられている。
彼らの目的が調査か、攻撃か、のっぺりとした表情から伺い知ることはできない。一つ言えるのは、触れられただけでも取り込まれる可能性があるということだけだ!
「……」「……」「……」
「……」「……」「……」
ツムギは試しに機体を静止させてみた。すると彼らも同様に行動を止める。どうやらこちらから仕掛けない限り、相手も行動を起こさないらしい。
だが三人ににらめっこをする余裕はない。こうしている間にもロアは着実に九頭竜からの干渉を受けている。抗体が彼女を消し去るのにそうかからないだろう。
また彼女たちを取り囲む抗体もその数を増やしている。ツムギの姿勢制御がどれだけ保つか……ガス欠を起こし、落下でもすれば攻撃を受ける可能性があるし、そうで無くてもこの距離から落ちれば三人は墜落死を免れない。
「……オル……ツムギ……一つだけ策がある」
「無駄だリーダー。ツムギを起こしたところで一度にこの量は捌ききれない」
喧嘩屋の最大戦力であるツムギの真の力を解放すれば、確かに抗体と対抗できるかもしれない。相手の組織構成は純度一〇〇パーセントの九頭竜の細胞。不純物が無い分、吸収速度を早めることができる。
「オーバードーズで良くて落とし子に……最悪九頭竜に取り込まれて終わる……」
「……ぷう……」
だが、細胞の過剰摂取は竜人の理性を失わせ、怪物へと
ところがここには細胞しか存在しない。いくらでも取り込み、タイムアウトが発生することは無い。暴走すればレイとオルは巻き込まれ、ツムギ自身も上位者である九頭竜に取り込まれる。現状ツムギの解放は自殺行為に等しい。
「いや、ツムギだけじゃない」
「……まさか!」
「そう、そのまさかよ」
レイは立ち上がると操縦席からツムギのアバターを抱き上げた。
「アタシたちは三人で喧嘩屋。この子一人を危険な目に合わせるわけないでしょう。喧嘩屋の流儀は仲間のために、仲間と共に戦うことにある」
「……合体か!」
「!」
なるほどそれならばツムギに新たな能力を付け加えることが可能だろう。とりわけレイの
「……だが……それもリスクが多すぎる。合体するにはツムギと我々とでは質量に偏りがありすぎる。いいとこ取りができる保証は無い。失敗すれば……私たちは一方的にツムギに取り込まれる……」
「でも、思いつく手段はこれしか無い。どっちみちこのままじゃアタシたちは死んだも同然。同じ結果になるなら、最後にどデカい花火を打ち上げなきゃ女が廃る!」
「ぷう!」
私も、とツムギも声高に叫ぶ。彼女は余計な細胞消費を抑えるために覚醒の準備に入っている。しばらくしたのちツムギの飛行形態は解け、自由落下が始まる。
「……あんたがここまでのバカだとは思わなかった」
「狂気の沙汰ほど面白いって言うじゃない」
「確かに。だからこそ私はリーダーについて来た」
二人は徐に上部ハッチから身を乗り出した。
眼前に広がる銀の群れ、彼らの視線が突き刺さる。誰も彼もが二人を見下ろし、次にどのような手に出るのか期待しているようにも見える。
「ハッ! 余裕ぶっこいて見ていられるのも今のうちよ! いいこと、これがアタシたち喧嘩屋の戦い方! アタシたちが力を合わせれば、勝てない敵はいない!」
オルが銀糸で封印を解く。装甲が割れ内部から真・ツムギが目覚め出す。
「いくわよ!」
「「おう!」」
「「「
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