2―5

「おいレイ! この要塞がどうなろうが知ったこっちゃないがワシが逃げる時間は確保してくれよ!」

「よく言うわ。データはクラウド保存、ジジイは身ひとつで今まで飄々と逃げてきたじゃない。アンタこそヘマしてドンパチに巻き込まれるんじゃないわよ。アタシたちだって金ヅルは失いたくないんだから」

 レイがハッチを蹴破ると、喧嘩屋と博士は別々の方向に移動を始めた。

「これ……どういうことなんですか!」

「奴らは潔癖症だ。我々のような悪玉菌が侵入することを本来好まない。そこに特大の悪性の細胞が侵入してきたとなると……ふふっ、お前の細胞は余程期待されているらしい」

 オルは小型の情報記録媒体を愛おしそうに眺めるとミリタリージャケットの中へ仕舞い込む。

 静かな分誤解されがちだが、彼女とて闘争本能に覚醒している竜人だ。未知の細胞サンプルの存在と、それを狙い迫りくる敵。そのシチュエーションに興奮しないわけがない。レイほどではないにしろ、彼女の口角は僅かに上がっていた。

「オル! もっと気合いを入れて走れ! チンタラ走っていたら本当に殺されるわよ!」

「……っ!」

 レイもオルも異形を解放し戦闘体制を整えている。未覚醒のロアはそんな彼女たちの後を追いかける事しかできないのだが……――

 誰か……誰か話し合いで解決しようとする人はいないの⁉︎

 人間を細胞の質で差別し、不都合な存在は抹殺すべく動く。こんな社会のどこが文明的なのだろうか。地上も宇宙も闘争本能の無い世界は無い。ロアは遅巻きながら天上人という単語に込められた意味を理解した。

 パン!

「!」

 レイはいきなり反転するとロアの前に飛び出し、攻撃から庇う。振るわれる銀の爪は見事弾丸を切り裂いた。

「ちっ……」

「⁉︎ それ……」

 レイの爪、弾丸を切り裂いた箇所がブツブツと泡立ち、腐食を始める。

「よく覚えておきなさい。これが細胞抑制弾の威力よ。アタシの硬質化した武器ですらこう。アンタの柔らかいお肉に炸裂したらこれじゃ済まない。そして――」

 通路の前後から硬質な足音が迫る。黒のボディースーツを身にまとい、頭部も同型色のバイザーを身に纏った全身にはどこかレイを連想させるパターンが施されている。ごつめのマガジンを装填したマシンガン、そのうちの一つが煙を上げていることからロアを狙ったのが彼らであることは間違いない。

「――これが天上人の番犬。安心安全がモットーの量産型調整竜人よ」

 レイはそう吐き捨てるとロアのそばへ覆うように寄っていく。オルもまた同様に一発も彼女に当てないように盾となる。

 前後どちらを見ても同じ顔、同じ装備。竜人の異形は千差万別と記憶するロアには信じがたい光景が展開していた。彼らは調によって個性を殺されたのか、それとも――

「喧嘩屋代表レイ・ルミナス殿。そして副代表のオル殿。お二人が囲っていらっしゃるそちらの少女を引き渡していただきたい。彼女は我々人類にとって強烈な影響を与えかねない。一刻も早い処分が必要です」

 調整竜人の慇懃で平坦な声が響く。一様にロウレディーポジションに銃を構え直したところから喧嘩屋一同を即射殺するつもりはないようだ。

「はっ! アタシたちは貴重なサンプルだからって殺したくないわけだ。そうよねアンタたち天上人はいつも自分達の都合のまま他人の尊厳を陵辱してきた。今だって直接手を下したくないからって調整竜人なんて作って……アンタたちは元は誰だったのかしらね」

「……今ならお二人だけなら不問にできます。これが最後のチャンスです。どうかそちらの少女を引き渡していただきたい」

「……」

 沈黙。流石のレイもすぐには「断る!」と啖呵を切れる状況ではないとロアも察する。

 敵は前後に総勢四〇名ほど結集している。彼女は喧嘩屋の実力を信じているものの、数というのは残酷だ。例え一人や二人素早く倒せても相手は次々に襲いかかってくる。しかも彼らの手には細胞抑制弾なる対竜人用の切り札が握られているのだ。ステゴロであれば間違いなく喧嘩屋に勝機があるがあの武器はいただけない。

「さあ……」

 じり、じり、と男たちが迫ってくる。彼らは主導権を譲るつもりはないらしい。

「……レイさん……オルさん……」

「……仕方がない」

 ロアはレイがどんな選択をしてもそれを受け入れる覚悟を決めた。命あっての物種、生き延びるために二人が自分を差し出してもそれは仕方のないこと。ロアとて死ぬことは怖いが、自分のために誰かが犠牲になることは死ぬことよりも厭だった。

「……ツムギを起こす」

「――‼︎」

「⁉︎」

 ロアはオルから今までに無い殺気を感じ、身をすくませた。

「……本気なのか」

「この状況を打破するためにはツムギの力を借りるしかない。幸にしてここは空、仲間を巻き込む心配は無い。あの子を思いっきり暴れさせることができる」

「確かに、あの子を起こせばそれは可能だ。だが、私個人としてはツムギを悲しませることはしたくない……」

 どんな話をしているのかロアには見当がつかない。一つ言えるのは彼女たちが自分を差し出して引き下がる算段など立てていないということだ。

「自分一人が生き残るためだけに弱者を売るなんて人間の風上にも置けない。それが喧嘩屋の流儀だ。大丈夫よオル、私もアンタも三年前とは違う。私たちは強くなった。ツムギの癇癪くらい制御できる」

「……何にせよ、このまま好き放題されるのは面白くない。責任は取れよ、リーダー」

 敵を前に二人は構える。

「後ろのは任せた。できるだけ早く頼むわよ」

「そっちこそ、私が戻るまでくたばるんじゃないぞ」

 そして同時に敵へと飛び出す!

「交渉決裂か!」

 調整竜人たちは銃口を二人に向けるべく動き出す。

「遅い――」

 しかし彼らが引き金に手をかけることには行動が終わっていた。

「え――」

 ロアの背部からオルの殺気が消える。

 はらりと衣服が落ちる音。ロアが向くとそこにオルの姿は無く、彼女の黒い軍服が向け落ちるばかりだ。

「うっ……ぐう……」

 いつの間にか先頭の調整竜人が苦しみ出す。

「おい、お前どうしたんだ……」

 思わず同僚の竜人が彼の背を撫でる。

「うう……にげ――」

 しかし、苦しみ出した男はあろうことか心配した彼の手を振り払うと――

 ダダダダダダダダ――――――――

「うぐっ!」

「ぎゃあ!」

「ぐわっ!」

 マシンガンで味方に向かって乱射を始めたのだ!

「お前……血迷ったか!」

 すかさず後衛の竜人たちが男に向かって発砲を始める。

「違う……俺じゃない……俺じゃないんだ……!」

 男は弾丸を何発も身に受け、銃創から肉体を溶かしながらもゾンビのように仲間へと迫る。何度も誤り、悲壮な表情を浮かべる様子は仲間から同情を買うも……――

 こいつ……なんで死なないんだ⁉︎

 細胞抑制弾を封じる方法は実に単純。九頭竜の細胞を持たない物を壁にすることである。

 この兵装は空中要塞というデリケートな環境で竜人が暴れた時を想定して製造されたものだ。例え施設の壁に当たってもカプセル状の弾丸が砕けて薬品をぶちまけるだけ。その薬品も竜人にしか効かない。天上人とその所有物に傷をつけず。害虫だけを駆除できる魔法の弾丸というわけだ。

 そしてこの兵装は当然調整竜人である彼らにも効き目を及ぼす。天上人の手足たる彼らには誤射で使い物にならなくなる事態を回避するべく、薬剤に対する一定程度の抵抗力が備えられてはいた。

 しかしながらそれはあくまで保険のようなもの。許容量を超えてしまえば調整竜人とて薬に負けて肉体が崩壊する。

 それにもかかわらず、目の前の竜人は味方に向けて銃を乱射させ、泣いて謝りながら行進を続けている。

「……ごめ「この体はもうダメだな」」

 男の口から女の声が発せられる。それと同時に男の口が大きく開き、何かが飛び出した――

「――」

 何かが飛び出すと同時に今度こそ限界を迎えた男の肉体が崩壊する。

「なっ⁉︎ おげっ……」

 同時にそれは驚いた男の口の中に入り込み、内側から男を操作――味方に向かってマシンガンの発砲を始めた。

 味方の皮を被った敵が味方を襲い、その体を盾にしながら悠々と引き金を引く。卑怯上等、あまりに悍ましい戦略に調整竜人たちは混乱する。

「細胞のデータを収集したところで戦法までは学べまい。お坊ちゃんたちにはいい薬だな」

「……オルさんなの?」

 ロアは聞き取る。男の口から出ているのは紛れもなくオルの声だった。

 オルの細胞操作能力は敵だけでなく自身にも適用ができる。自分の体に命令をするのであれば銀糸を介す必要もない。彼女は自在に細胞を解きほぐし、他の竜人の体内に侵入しては肉体を丸ごと操っているのである。

 細胞操作で調整竜人の体表を薬抗体質に改造・弾除けにしつつ、その一方で体内の細胞と自我を奪いながら味方ごろしの弾丸をばら撒く。オル側の通路はあっという間に崩れ去り、銀色と化した彼女はツムギめがけて駆け抜けていった。

「え、えげつない……」

「よそ見している場合!」

「ごめんなさい……ひぃ!」

 レイの声に振り返るとロアの目の前にはいつの間にか赤黒い巨体が通路を埋め尽くしていた。

「その声……レイさんなんです!!?」

「アタシ以外に誰がいるっての!」

 事態はオルの変貌と同時に進行していた――

 お坊ちゃんたちの弱点は統率が取れ過ぎている事よ……――調整竜人はプログラムに従って行動する傾向がある。一人が攻撃しないのであれば無闇に攻撃しない。攻撃の意思が固まって初めて全員が引き金に手をかける。統率の取れた軍隊としては正しいあり方ではある。

 ところが、そんな動き方が許されるのは相手が制圧できるほどに弱い場合に限る。殺すと決めたのなら、彼らは喧嘩屋との出会い頭で全弾打ち込んでしまえばよかったのだ。

「おらっ!」

「ぐっ……!」

 レイの右クローが調整竜人の腹部に突き刺さる。

 飛び道具相手に真正面から突っ込んでくるなんて定石からは外れている。それゆえに彼らの反応が遅れた形であった。

 しかし、地上で生き残るのは得手してなりふり構わず突っ込む者だと相場が決まっている。

「さあ兄弟、戦いを楽しもうじゃない」

「ひぃ……」

 男の視線の先にはオルの蛮行が。そして彼もまた自分の体内がレイによって書き換えられていることに気づいていた。

換装チェンジッ! ガトリング!」

 男の背が大きく爆ぜる。背面からはいつの間にかガトリング砲の砲身が生え出し――

「オラアアアアアァァァァ!」

 ――大量の弾薬が通路を埋め尽くす!

「うっ!」

「ぎゃあ!」

「どわっ!」

 細胞の融合を行うことで能力を飛躍的に向上させられるのは直近だと火山男が証明している。火炎と蛇体の融合。能力の掛け算は細胞の爆発的な進化を促すのだ。

 一方でそれにはリスクも伴う。生物濃縮により竜人の細胞をそのまま取り込むことは成長許容量を超える恐れがある。喧嘩屋がむやみやたらに敵を喰わないのはこのためだ。

 狭い通路では彼女の基本戦法である武器による制圧は難しい。加えてロアを守りながらでは展開できる武器種がさらに限られてくる。おまけに敵の数はこんなものではない。この規模の空中要塞であれば一〇〇人前後はいる。一人や二人を倒したところで……まともな戦法ではレイに勝利はない。

 ゆえに彼女はオル同様まともでない戦い方を選んだ。

 調整竜人を取り込みつつも、融合の範囲は右腕にとどめる。そして余った部位を原料にガトリングの弾丸を生成、敵に向けて弾幕をばら撒く。

 普段のレイは細胞の消耗をできるだけ抑えるために射撃性能をもつ武器の使用を禁じていた。だがしかし……敵をマガジンとして使い捨てにすれば細胞の過剰摂取による暴走を防ぐことができるし、飛び道具の使用で自身の細胞を浪費することもない。

 極太の弾丸が調整竜人たちの肉体を削ってゆく。哀れにもガトリングに改造された男の手足も発射のたびに手先、足先から縮んでゆく。制圧武器としての銃火器が優秀なのか、それとも仲間の尊厳を陵辱されたことが堪えているのか……レイ側の調整竜人たちも一様に怯み、対応が後手に回る。

 そしてその隙を逃さないのがレイだ。彼女はカトリングが手足というマガジンを失うと男を外し、別の竜人に飛び掛かっては貫き、した。

換装チェンジ! アーマー!」

 弾薬の補充と同時に彼女の体表が盛り上がる。赤黒いボディースーツが拡張し、レイの頭部をヘルメットが覆う。全身防御の姿勢が固まると続いて彼女は己の体躯を一回り、二回りも拡大させ通路を埋めてゆく。

 ガトリング乱射の安定性と、ロアを守るための壁を兼ね備えた換装を終えたレイ。雄々しく逞しい姿に変貌した彼女は一歩、また一歩敵へと迫り敵を屠ってゆく。

「こんな……数々の竜人のデータを元に作られた我々が何故……」

 追い詰めたはずの自分達が、いつの間にかたった二人の少女に追い込まれている。次々と仲間が倒れるも、調整竜人たちはこの事態をいまだに飲み込めないでいる。

 答えは単純シンプル。今まで素直に細胞のデータを提出していたからと、地上で生きる竜人を侮ったことである。

 常に争いが行われる地上においては生き汚いものが生き残る。例えそれが倫理の外にある行為だろうと、勝者が全てを手に入れる世界では関係ない。汚かろうが卑怯だろうが、遅ましかろうが勝って、生き残って、後に繋げる。それだけだ。

「オラオラアアアアアァァァァ!」

 四度目の換装。ガトリングの回転は止まらない。吼える一方でレイは冷静に通路に迫る竜人たちを捌いてゆく。敵の弾丸をこちらの弾幕で相殺し、受けたダメージはから補給する。蜂の巣になり、倒れた敵を踏んではそれもマガジンに再利用。レイは多数の敵を相手に見事拮抗状態を生み出していた。

「すごい……きゃっ!――」

 ロアの頬を弾丸が掠める。

「いたぞ!」

「囲め!」

 見るとオルが制圧したはずの反対側の通路はいつの間にか調整竜人たちで埋まっていた。

「ちっ……思ったより早い」

「そんな……」

 考えてみればこの状況は自然である。オルは移動の邪魔だからこそ敵を攻撃しただけであり、彼女の本来の目的はツムギとの合流だ。移動の際に通路は空くかもしれないが、補充要員が現着すればその限りではない。

 そしてレイの仕事はロアの護衛と同時にオルとツムギが合流するまでの時間稼ぎだ。

「あまり派手なのは消耗が激しいが……仕方ない……」

 手持ち無沙汰だったレイの左腕が後方から迫り来る敵へと向けられる。

「伏せろ!」

 ロアはそれが自分に向けられた言葉であると即座に理解し耳元を抑えながらその場に伏せた。

 瞬間、レイの左腕がロケット弾のごとく発射される。狭い通路に対しその威力はあまりにも強烈。爆発は迫る竜人たちを一掃し、周囲には肉の焼ける嫌な臭いとそれを乗せた黒い煙が充満する。

「すごい……」

「関心している場合じゃないわ……」

 レイは左腕を再生させつつ、ヘルメットの裏で冷や汗をかいていた。

 もしさっきのやつらを仕留め損ねていたら……――彼らの骸の中には細胞抑制剤を搭載したバズーカ砲が。レイのロケットはどうやらそれを誘爆させたことで予想以上の成果を上げたらしい。

 もしも攻撃が間に合わなければ、敵が先にバズーカを撃っていたとしたら……装甲を強化したレイでも一撃耐え切れるか……未覚醒のロアであれば間違いなく細胞の一片も残さずに消滅してしまうだろう。

 喧嘩屋の予想外の活躍に敵もようやく本気になったらしい。これだけやられればあとは面子の問題だ。彼らは意地でもレイたちを通路に押し込め、対竜人用の最強兵器で味方もろとも消しとばすつもりなのだろう。

 今までの優位は彼女たちが敵を怯ませることで作ってきたものだったが……調整竜人たちはここにきて自分達の数の優位を思い出したらしい。誰もが平均的に強く、標準装備を使いこなせる。一人倒れても他の誰かが本懐を遂げればそれでいい。前線に立ったものは壁となり、後続の切り札を待つ。追い詰められたことで闘争本能に覚醒したのか、彼らも生き汚い戦法に目覚めると次に繋げるために必死に動き出した。

「……」

「……」

「……」

「くっ……」

 レイも苦し紛れに左腕をカトリングへ換装して迫る敵を迎え撃つ。ところが敵は弾丸に怯まず、味方が倒れれば彼女に装填されないようにすかさず回収。下手に距離を詰めず、銃撃が有効な位置をキープして弾幕を展開し始めた。

「レイさん……」

「むっ……」

 こうなるとあとは消耗するだけだ。弾丸を浴びた側からレイの体は崩れ、ガトリングも回転が緩んでゆく。通路を埋め尽くすほど逞しかった体躯も元の少女のものへと戻り、二人は追い詰められてゆく。

「や……やったぞ……」

「はは……これならバズーカなんていらなかったな……」

 口では余裕を示すも、勝利への手は緩めない。自分達はすでに多くの犠牲を出してしまっている。目の前の敵は確実に処分する。左右の通路、それぞれの前線に立った竜人たちは薬剤がたんまり装填されたバズーカを二人へと構えた。

「万事休す……か」

 レイの装備はすでにボディースーツ一つのみ。それもあちこちが破れて素肌を露出させてしまっている。この状態では武器を生成するなどもってのほかだ。彼女は完全に追い詰められた。

 それでもレイはロアを壁へと押しやり盾役に努める。彼女の目は死んでいない。例え武器が己の拳だけになったとしても彼女は戦い続けるだけだ。

「……っ」

 それがわかっているからこそ、ロアは無能な自分がもどかしかった。

 レイさんたちは私が訳ありだってわかっていても守ろうとしてくれている。それなのに……私は……守られているだけでいいの……?

 左右から迫る六丁のバズーカ砲。あれが火を吹けば……威力はレイの腕ミサイルで実証済みだ。おそらくこの場にいる全員が薬剤の効果でグズグズに消え去るだろう。

 レイはもちろんながら、ロアは敵である調整竜人たちも犠牲になってほしくなかった。それは彼女自身が温厚な性格をしているのと同時に――

「……俺たちはやったのか」

「ああ、勝つさ! 勝ったらすぐに治してやる。だからそれまでの辛抱だ……」

 部隊の後列にはマガジンとなり、手足を失った竜人が仲間に手当てを受けていた。

 レイはマガジンにした竜人を殺していない。命までは奪わず、攻撃能力を削ぎ落としきった時点でパージ・解放していたのだ。

 撃たれた竜人にしたって急所たる首に傷があるものはいない。竜人同士の戦いで急所以外にダメージを与えるのは不毛であるにも関わらず、レイはこれだけの数に攻められた上でも手加減をしていたのだ。

 私は誰も傷ついて欲しくない。レイさんも、戦いはするけど心の底ではそう思っている……。だったら――

 危機的状況による能力の覚醒。この状況を逆転させることができるとしたらそれ以外に無い。例え通用せずとも、ロアの瞳には彼女たちの戦いが刻み込まれていた。

 ――失敗しても後悔なんてしない! 全力で戦う!

「すぅ――」

 ロアは自然と息を吸っていた。喉元に込み上げる熱い感覚。銀色を飲み干した時の感触を頼りに自身の異形を解放する!

「やめてええええええええええぇぇぇぇぇ――――――!!!」

「!」

「「「!!?」」」

 調整竜人たちが膝をつく。いや、彼らだけではない、ロアを庇っていたレイの方が間近でを聞いていた分早かった。

 その場にいた竜人たちはロアが放つに支配されるとロアに向かって跪いたのだ。

「……やっ……た?」

「助かった、って感謝したいところだけど……このポーズは屈辱的だわ……」

 誰もが武器を取り落とし、動きを固められている。先ほどまでの乱戦が嘘のように通路は次第に静寂に包まれていった。

 九頭竜の細胞を持つ者に対する強制命令。それこそが覚醒したロアの能力。

「私……やったんだ……」

 細胞の力を引き出した快感と、レイに役立てた歓喜でロアのテンションが最高潮に上がる。声の範囲内だと仲間も巻き込みかねないが、戦闘自体を強制的に終わらせることができる能力は自身と喧嘩屋の理想に合致している。もう無駄な争いをしなくていい。自力で勝負をおさめられたことに彼女は存分に舞い上がっていた。

「気を抜くな!」

「ひぃ……!」

 プレッシャーを押し返すようにレイはゆっくりと立ち上がる。

「その能力は確かに強いけど……竜人同士の戦闘は基本的に細胞の質で決まる。アタシの方が喰べている分抵抗力がある……覚えておきなさい……」

 立ち上がり切るとレイは手首、足首など体の各部の点検を始めた。彼女の言う通り、ロアの能力には限界があるらしい。格上相手に動きを止められるのは数十秒が限界と言ったところか。

「ちっ、肩が凝る……。それと倒した気になっているところ悪いんだけど敵はまだいるわよ」

「え……⁉︎」

 通路の奥からはいまだに足音が響いている。この場に倒れている調整竜人の数はざっと一〇〇。レイの計算が正しければその倍の数が控えている。

 ロアの能力がバレた以上彼らは容赦せず彼女の喉を狙うだろう。そして、喉は首の一部だ。咆哮と弾丸、どちらが速いかは明白。増援部隊が到着した頃には彼女の喉元に抑制弾が打ち込まれ、首と肉体は泣き別れになるだろう。

「でもまあ、今回は褒めてあげる。ナイスアシストよロア! 時間稼ぎは充分。喧嘩屋は勝ったわ!」

「それって――」

 ――どういうことですか? 続くロアの言葉にレイは反応しない。敵が迫っている危機的状況で彼女はあろうことか念入りな柔軟運動を始めていた。屈伸、伸脚、アキレス腱伸ばし、脚部を重点的に伸ばすのはこれから逃げるためなのだろうか。

 しかしながら逃げ道など無い。左右には今も敵が迫っている。もう一度咆哮を放つべきか……いや、それではレイにもダメージを与えるし、数の優位はいまだに健在。いずれは撃ち殺される……!

 足音と共に絶望が迫る。ロアは今度こそ死を覚悟した……、

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 その瞬間――黄色い巨大な腕がオル側の通路を埋め尽くすように突き出した!

「は……?」

「え……」

「ふふん」

 レイ以外の誰もが突如発生した異形に困惑する。

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 続いて頭部が迫り出すと大口を開け、調整竜人たちを飲み込んでゆく。

「紹介するわロア。これが喧嘩屋のナンバー3、ツムギの真の姿よ」

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