2―6

 事態は数分前に遡る。

「ツムギ!」

 格納庫に到着したオルは一糸纏わぬまま黄色い装甲車両に迫る。

 美麗に銀髪を靡かせながらも、鬼気迫る表情で車両に近づく彼女をその場の誰もが訝しげに見る。

「あれって確か……」

「喧嘩屋のオル!」

「ちっ……」

 オルはひとまず殿上人たちが車両を制圧していない甘さに感謝した。事情を知らない彼らにとって黄色いこれは彼らの間で流通している陸空兼用の便利な移動手段にしか映らない。そしてそれはオルが細工したものなのだからこれ以上に愉快なことはなかった。

「さてツムギ……悪いが三年ぶりに起きてもらう。苦しいと思うが安心しろ、私たちが……いや私だけでもお前を救ってみせる」

 オルの銀糸が装甲を貫く。

「!」

 車内のレイの私室で眠りに耽っていたツムギが目を覚ます。彼女は矮躯を立ち上がらせると両目を見開き両手をあげる。すると彼女の肉体は光の粒子となって崩れ去り――

 ドドドドドドドドド――――――…………

 同時にドックの中で地響きににた振動が発生する。最新の設備が施された九竜機関の空中要塞ではあり得ない振動に天上人たちは驚きを隠せない。

「さあいけツムギ! 全てはお前の望むがまま、飲み込んでしまえ!」

 卵の殻を破るように車両の走行が内側から割れてゆく。

 そして中からは黄色い巨大な人形が姿を現した!

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

「なっ、なんだ!」

「うわあああああああ‼︎」

 巨人は悲鳴に導かれるように手を伸ばし、天上人を握りしめる。

「あひっ――」

「おほっ――」

 同時に彼らの肉体は巨人の手の中に溶けていった。

 不思議と痛みは無い。魂がひとつ上のステージに上がる、悟りにも似た快感が脳天を貫くといつの間にか彼らは溶け落ち、手の中へと吸収されていく。

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 それは歩くと言うよりも潜航に近い。巨人が触れた側から有機物、無機物の区別なく物体はその体表から吸収されてゆく。巨人は沈みながらも前へ進み、いつしか要塞の一部となって構内を掘り進んでゆく。

「流石に寝起きが悪い……」

 オルが吸収されないのはひとえに設置面の細胞を支配下に置いているからだ。彼女は銀糸で巨人・真ツムギに繋がるとそこから彼女を制御しようと命令を飛ばす。

「ツムギ……やりすぎるなよ……リーダーと新入りを救い出せばいいんだ。だから……」

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 竜人の能力、その有効性は竜人同士の細胞の質で決まる。

 ツムギの体長はこの時点で三〇メートルを超え、今も要塞の部品を取り込んでは細胞の増殖を続けている。オルが神経系に干渉しようにも、情報を送るごとにその経路が延長しているのである。その制御のしにくさは火山男が変貌した大蛇の比ではない。喰われないので精一杯だった。

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 それでもオルにとって幸運なことにツムギは真っ直ぐレイたちの元に向かっていた。二人が巻き込まれる可能性は大いにあるが、そこは賭けるしかない。彼女たちにとって「ツムギを起こす」と言うのは本来禁じ手なのだから。

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 真ツムギの両腕が装甲を突き破る。隙間から光が漏れたところを見るに、彼女たちは到着したようだ。

 続いて頭部で隔壁を食い破る。

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 真ツムギの目の前にはレイたちに迫る調整竜人の姿が。それを認めた彼女は頭部を迫り出すと大口を開け、調整竜人たちを飲み込んでゆく。

「紹介するわロア。これが喧嘩屋のナンバー3、ツムギの真の姿よ」

「――」

 自慢げに紹介するレイ。彼女の表情はさしずめやんちゃな子供に手を焼きつつも誇る親それである。

 しかしながらロアは言葉を失っていた。ロアだけではない、先ほどまで闘争本能に支配されていた調整竜人たちも目の前の異形にどう対処していいのか驚きを隠せないでいる。

 真ツムギが触れた側から何もかもが溶けてゆく。すでに対面の通路は彼女に飲み込まれ、ものの数秒で部隊は半壊した。

 任務を遂行するのであれば、彼らは今すぐにでもレイたちを攻撃するべきなのだろう。だがあの全てを飲み込む巨大質量に対して自分達は戦えるのか? 通常細胞は細胞に対して干渉を及ぼす。それなのに巨人は何もかもを取り込んでいる。その中には当然切り札であったバズーカ砲・大量の細胞抑制剤も含まれていた。

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 あのバズーカの一撃は通常であれば竜人を五人まとめて消失させることが可能だった。そんな劇物を取り込んでいるにもかかわらず巨人は今も要塞内を、くり抜いた質量を己のものにしているのだ。

「ひっ……怯むな!」

 調整竜人の一人が真ツムギめがけてバズーカを撃つ。

「ギイイイィ?」

 砲弾は鉄球が豆腐に沈み込むように彼女の体表にめり込むと、そのまま先端から飲み込まれる。体表には傷ひとつついていない。まるで先ほどの一撃など無かったと言わんばかりだ。

 自分達の切り札が効かない。これは調整竜人たちにとって恐怖以外の何者でもない。彼らの戦闘能力は地上の竜人と比べてもそれなりのものなのだが、喧嘩屋エースのような一騎当千の域には達していない。彼らの仕事はあくまで要塞内で発生した事件の鎮圧であり、竜人同士の殺し合いではないのだ。

 足りない能力は数や、天上人から支給された武器によって補う。連携を密に、誰かが欠けてもならした能力で任務を続行できる。そんなスマートな戦闘スタイルこそ調整竜人たちの誇り。

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 だからこそ彼らは想定外に弱い。天上人が彼らを自分達に反抗しないようにあらかじめ調していることも一因だが――

 ……こんなの……どうしたらいいんだ……――

 再びの潜航。真ツムギはあっという間に反対側の通路に出現し――

「アアアアアアアム」

 ――あっという間に竜人たちを飲み込んだ。

 後には一片の肉も残らない。彼らは答えを得る間も無くツムギに取り込まれた。

 救いがあるとすれば、吸収される瞬間に開放感を得られたことだろうか。彼らは調整体という窮屈な体内から解放され、ツムギという巨体の中に昇華された。それは今までに得られなかった快感。同化の中では恐怖が無い。戦闘を忘れ、一つになる喜びに打ち震えると、間も無く彼らの意識は消滅した。

「……」

 ロアは完全に腰が抜けた。音を操る彼女だからこそ、目の前の存在がツムギだと痛感できる。巨大な唸り声、その波形は幼女の時の鼻声と一致していたのだ。

 状況はツムギ一人で逆転した。もはや通路には喧嘩屋一同しか存在していない。何もかもが黄色い巨体に飲み込まれた。

「さてと……」

 そんな彼女をレイが背負う。歩けないロアにとってそれはありがたいのだが――

「じゃ、逃げるわよ」

「え」

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 返事はツムギが返してきた。巨大な瞳が二人を認めた瞬間、彼女は襲いかかってきたのだ!

「ちょっ、なんで⁉︎」

「ああなったツムギは一種の暴走状態。盲目的に質の良い細胞をめがけて食らいついてくる」

「ええ!??」

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 先ほどまでの入念な準備運動はこのためだったのか。レイはロアを背負っているにもかかわらず、ツムギがくり抜いた空間を軽々と駆けてゆく。変身能力は失っても、運動能力は健在といったところか。

「ギギャ! ギャオ!」

「ひいいっ……」

 あんなのを相手に……追いつかれる!――真ツムギを相手に逃げ切れるという自信が一体どこから湧いてくるのか。ロアはレイの正気を疑うも……今は彼女に賭けるしかない!

 例え一人で逃げようにも、自分とレイ、それにツムギの間では運動能力に差がありすぎる。ましてや腰が抜けている今となっては自力での脱出は不可能。せいぜい振り落とされないように必死でしがみつく他無かった。

「そうそう。しっかり捕まってなさい。大丈夫……チャンスは必ず来る」

「……」

 珍しく声色に自信が無い。自分に言い聞かせるような口調、調整竜人に追い詰められた時ですら折れなかったレイの自信が、ここにきて揺らいでいることにロアは恐怖を加速させる。

「ギャガ!」

「よっ!」

「ギャオン!」

「ほっ!」

「グラアアアアア!」

「どうした! こんなんじゃ運動にならんぞ!」

 真ツムギの指が触れるギリギリでレイは回避を繰り返す。ツムギの精度は想像よりも低く、ピンポイントで摘むことを苦手としているようだ。調整竜人たちを屠れたのは巨体による攻撃範囲を活かせた結果であり、動き回る的相手に巨体は苦戦している。

 思わぬ善戦にロアは安堵を覚え、その身を一層レイに委ねる。自分が荷物に徹することでレイに運動に集中してもらう。全てを相手に任せる情けない戦略であるものの、これが今の彼女ができる精一杯だった。

「……あれ――」

 心に余裕ができたことでロアの感覚が拡張を始める。雨の時と異なり、にわかに能力が覚醒した彼女のそれはこの場のあらゆる音を認識し始めている。

『痛い――』

「……ツムギ……ちゃん?」

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

 振り向くと真ツムギは相変わらず鬼のような形相で、逃げる二人を睨みつけては大口を開けて吠えている。

『痛いよ……――』

 ところがロアにはツムギの勇ましいウォークライが次第に悲鳴のように聞こえてきたのだ。

「……ツムギちゃんが……泣いている……」

「驚いた。あの子の本質を見抜いたのはアンタで三人目よ」

 手近な足場を認めるとレイは着地を決め、あろうことか足を止めて真ツムギに向く。

 襲い掛かる相手に動きを止めることは……とりわけ真ツムギ相手にそれは自殺行為でしか無い。通常であればロアは彼女の行為を咎め、死を覚悟するところだった。

「グウ……ゴアッ……」

 同化が止まり、巨体が止まる。先ほどまでの勢いはどこへやら、船体に嵌ったツムギは巨体を揺らしながら悶え始める。

「ツムギが能力……同化現象を発生させられるのはせいぜい五分。それを超えるとあの子は今度こそ能力の制御を失って苦しみ出す……オル!」

「もうやっている!」

 レイの言葉は正しいらしく、オルは素足で体表を駆けるも溶け込まない。彼女は素早く頭部にたどり着くと銀髪の全てを頭部に打ち込み干渉を始めた。

「オルさんは一体……」

「……ツムギを封印しているのさ……」

 レイは苦い顔で語り出す。

 ツムギは九頭竜の細胞の過剰適合者である。彼女の細胞は生物、無機物問わずに吸収しそれらを純粋なエネルギーへと変換できる。理論上質量を無限に取り込み、取り込んだ物体の能力も自在に発揮できる。仮に彼女が能力を使いこなせれば地球を喰いつくし、九頭竜とだって対抗することが可能だろう。

 ところが……能力を制御するにはツムギは幼すぎた。平時のが示す通り、ツムギの精神年齢は能力を覚醒させた六歳で止まっている。そんな幼女が有り余る巨体に、洪水のように流れ込む情報に耐え切れるはずが無い。

「見ているか天上人! これがアンタたちが進化ともてはやしている竜人の真の姿! いくらアンタたちがアタシたちを……九頭竜の細胞を押さえつけようともいずれはこうなる! 誰も……誰もアタシたちを言い聞かせるなんてこと出来はしないんだよ!!!――――――」

 レイは悲鳴にも似た叫びを上げる。

「……」

「……っ」

「ギヤアアァ……」

『痛い……助けて……』

 ロアはレイたちのように戦える力を羨ましいと思っていた。

 どんな苦境に立たされようとも、力さえ有れば突破できる。閲覧した数々の戦闘記録が、ロアを保護した時の記録が、調整竜人との戦いが、それを物語っている。そのはずだった。

 九頭竜の細胞は力をもたらす。その身にあまる力ですら。

「グウ……ウウ……」

「大丈夫だツムギ! 私がお前を封印する! よく見ろ! 私も、レイもロアも全員無事だ! ツムギ! お前がみんなを守ったんだ! 殺したんじゃ無い! 守ったんだ!」

『でも喰べた』

『軍服の人たちも』

『村のみんなも』

『ママも』

『私が……食べちゃった……――』

「ゴギャアアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

「! オル! 足場を固定しろ!」

「ッ――」

 クシャッと軽い音を立ててオルの足が沈む。

「あれって……」

 真ツムギの体表がひび割れ、そこから砂つぶが舞ってゆく。

「エネルギー切れだ。ツムギの燃費は最悪。細胞は力を使い切ると崩壊を始める」

 本来ならここからあの子を封印するところだけど――レイは苦々しく呟き、歯噛みする。

 オルの干渉はツムギがガス欠を起こしたところで行われる。そうでなければじゃじゃ馬な彼女の細胞を支配下に置くことができないからである。

 しかしながら状況はよろしくない。真ツムギがタイミング悪く要塞の隙間で止まってしまったために、彼女は崩壊する要塞の鉄塊に潰されかけていた。

「グル……グラア……」

『嫌だ……私なんて……』

 それだけじゃない――ロアはツムギが崩壊するもう一つの理由をいた。

 例え消耗しようとも鉄塊程度に潰される九頭竜の細胞ではない。危機的状況に追い込まれるほどに細胞は闘争本能に目覚め、真の力を発揮する。竜人は追い詰められてこそ輝く。ロアはその場面を間近で見てきた。

 となれば崩壊を加速させる原因はツムギ自身に他ならない。

『私なんて消えちゃえ!』

 目覚めたツムギは自壊するチャンスを狙っていた。我が身を滅ぼす力を彼女は受け入れられていない。

「レイさん、ツムギちゃんが苦しんでいる!」

「そりゃそうだ。誰だって体が崩れたら痛がる。大丈夫だ。あとはオルがなんとかする」

「そうじゃなくて……」

 ロアは悟る。レイたちにはツムギのが届いていない。

 オルの処置は見事なものだった。彼女は全身の細胞を総動員し、体組織を続々と銀糸に変化させると真ツムギの巨体を繭のように覆ってゆく。銀の膜に包まれたことでツムギの細胞がこぼれ落ちることは無くなったのだ。

 だがそれだけでは足りない。オルの細胞操作は強力だが……ツムギ自身に生きる気力がなければ真の復活は難しい。

 声を届けないと……――

 ツムギの声を聴き、レイたちの「助けたい」という想いを届けられるのは細胞レベルで言葉を届けられる自分だけだ。

「ゴグヤ……ギイイイ……」

「〈ツムギちゃん!〉」

「グ……」

『誰……?』

「!」

 声が届いている! ロアは喉と耳に確かな手応えを覚えると言葉をつづけた。

「〈起きたツムギちゃんと話すのは初めてだよね。私はロア。喧嘩屋の新入りで、あなたに助けてもらった! だからありがとう! あなたの力のおかげで私たちは助かったんだよ!〉」

「ロア、アンタ何を……」

「……」

 レイもオルも、ロアの言葉が沁み込んでくるのを感じとる。

 そして理解する。ロアが自身の土俵で戦いを始めたことを――

『ロア……?』

「〈大丈夫! 今オルさんがツムギちゃんの体を治してくれている。周囲もレイさんが守ってくれて安全。だからツムギちゃんは安心して眠っていいの〉」

『嫌だ!』

「アアアアアアア――――――!!!」

「……っ‼︎」

『起きたらみんないなくなる! 全部壊しちゃう! 痛い! だから壊れる(眠る)の! もう怖いのはイヤなの!』

「アアアアアアアアアアアアアア――――――!!!」

「……ううっ!」

 ロアは説得というものがいかに難しいか痛感する。

 一方的な「助けたい」という気持ちでは彼女の深い悲しみに届かない。ツムギと出会って一日程度の自分が彼女の全てを理解している風に装うのは、それは彼女に不誠実。言葉の端々から伝わる絶望に果たしてどう向き合えばいいか……――

「ツムギ!」

「ツムギ!」

「!」

 レイたちは諦めていない。必死に彼女に呼びかけ、そしてロアに期待の眼差しを向けている。

 そうだぞロア、ここで諦めたら……ここで退いたら女が廃る。これは喧嘩屋の一員である私の戦場だ!

「〈ツムギちゃんのバカ!〉」

「〈起きているなら周りをよく見なさいよ! あなたの周りにはオルさんとレイさんがいる。そうでしょ!〉」

「〈何が『みんないなくなる』よ! 『全部壊しちゃう』よ! ツムギちゃんが何をしてきたのか私は知らない。これっぽっちも分からない。でも……私はツムギちゃんのことが羨ましい。前線で戦える力を持たない私は……ツムギちゃんの大きな体と能力が羨ましい!〉」

「〈確かに私も巻き込まれそうで……怖かったけど……でもレイさんとオルさんのおかげで私はこうしてあなたと会話できている。例えあなたがどれだけ大暴れしても……この二人は死なない! 殺しても死ぬような人たちじゃないことをあなたは私よりも知っているはずよ!〉」

「〈あなたのことを必要とする人が二人もいるのよ! 誰かの役に立てるのって、生きていてこれ以上の事ないわ。そして私も……ツムギちゃんのことが必要。だから一方的に死のうなんて思わないで! 少なくとも私の命はあなたに救われた。ツムギちゃんは私の命の責任を持っているの!〉」

「〈それでももし死にたいと思うなら今すぐ私に喰べられて! 私だって竜人の端くれだもの、あなたを取り込んで戦う力を手に入れてやる! 死にたいあなたの代わりに私がみんなを守る! 私においしい思いをされたくなかったら……反論したかったら生きて私を襲いなさいよ!〉」

「……ッ――」

 ロアの言葉が途切れる。途端に喉が熱く腫れ上がり彼女はその場にくず折れた。

「カ……ハ……」

 能力の限界。細胞へ強制的に言葉を届けるロアの力も相当に燃費が悪いらしい。喉を中心に細胞が疲労を訴えロアはもう一言も喋れる気がしない。

「……ッ――」

 それでも彼女はツムギを見つめる。声がダメならまだ目がある。全身で、彼女と対話する姿勢を示し続ける。

「「「……」」」

 やってしまった……静まり返る状況にロアは後悔した。

 絞り出した言葉は説得どころかほとんどが自身の願望である。子供相手にムキになり、あまつさえ力を求めて喰おう決意表明までしてしまった愚かさよ。これでは彼女を助けるどころかトドメを刺しているようなもの。吐いた言葉は戻せない。恥じらいは喉よりも顔を赤く染め上げている。

「グルル……」

『……お姉ちゃんバカみたい』

「!」

 銀の繭が収縮を始める。先ほどまでの抵抗が嘘のように巨体はオルの命令を受け入れ、巨人はあっという間に黄色い装甲車両へと形状を変化させた。

「お――」

 終わった。猛烈な達成感がロアを盛り立てる。自分が紡ぎ出しためちゃくちゃな言葉の数々、どのような形であれそれらがツムギに届き、彼女を現世に引き戻した。ロアは喉の痛みも忘れて装甲車両ツムギを見上げる。やった……やったぞ……やり遂げた!

「ボーッとしない」

「⁉︎」

 レイの体がいきなり動く。放心状態だったロアは振り落とされそうになるも必死にしがみついた。

「う――」

 敵も倒し、ツムギも救った。それなのに何を慌てる必要があるのか。ロアにはレイのせっかちな行動が理解できなかったのだが……――

 ピシッ!

 メキメキメキ……!

「……て――」

 空中要塞はあろうことか崩壊を始めていた。いや、そもそもツムギが目覚め喰い荒らしておいて崩れなかったのが奇跡と言えるだろう。隙間に挟まっていた巨大な質量真ツムギが消失したのがダメ押しか。要塞は内部からグラグラ崩れ落ちてゆく。

「この要塞はもうダメ。急ぐわよ!」

 レイは瓦礫を蹴りながら大急ぎで車両に飛び移る。

「リーダー!」

「分かってる」

 三人はツムギに乗り込むと手早く固定具を装着する。

 要塞の崩壊は連鎖を続け、とうとう底が抜けた。

「ぷう!」

 と、幼女ツムギのアバターが運転席に浮かび上がる。半覚醒状態になったツムギ、彼女は飛行機能を展開させ落下する車体を安定させ始めた。

「た……す、か……?」

 ツムギを助け、自分達も無事に脱出できた。これで言うことなし。ロアはそう思いたかった……。

「…………っ」

 落下する要塞、そこからは数機の飛行艇が脱出を始めるも、ツムギほどがないのか操作を誤り、九頭竜の抗体に撃墜される。かの存在に隣接していたがゆえの悲劇、先ほどまで喧嘩屋が囚われていた空に浮かぶ島は銀の体表に焼かれて跡形もなく消滅してしまった。

「こ――」

 これで良かったんでしょうか。言葉は詰まりながらもロアの表情は不安を語る。

「アタシたちはできる範囲で戦った。それでも相手の方がヤル気だった。だったらどちらかがこうなるだけよ。天上人アッチ竜人コッチは水と油……余計なことは考えずに、今生きていることに感謝しなさい……」

 真紅の双眸もまた白銀の体表に注がれていた。

 大口を開けて先輩風を吹かせてきたレイも思うところがあるのか今は押し黙る。彼女の瞳に映るのはしのぎを削りあった調整竜人たちか、巻き込まれた研究員たちか、それとも……。

「……」

 マキシマ博士は無事に逃げ出せたのだろうか。天上人にしては珍しいらしい、竜人に好意的な人間。せめて彼だけでも無事に逃げていてほしい。ロアはそう願うと緊張の糸が切れ、眠りの中に落ちていった。

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