2―4

「…………」

「いつまで黙ってんのよ辛気臭い」

「……だって……」

「裸くらい減るもんじゃないでしょうに。アタシの体を見なさいよ。これ、全身能力で作ったんだから実質裸よ。地上なんて全員全裸で殴り合っているようなもんよ」

「……」

「それにアンタを拾った時だって一糸纏わずだったんだから」

「〜〜〜ッ‼︎」

 ロアとしては裸になることに抵抗は無い。むしろ脱いだ時に妙な落ち着きを覚えるほどだ。この辺りは自分も竜人であると喉の辺りが熱くなる。

 だからって――

 しかしそれと裸を他人に見られることは別問題である。

「ほーこれはこれは」

「……解せないな」

 博士とオルはモニターを睨みながら先ほど収集し終えたロアの情報を解析していた。

 診察時間は五分とかからなかった。MRAのような装置に裸体をスキャンさせ、口内の粘膜と皮膚組織、血液を少々採取されるだけで終わったのである。

 確かに博士は紳士で、彼女のデリケートな部分には一切触れない。触れたとして医療行為に必要な程度の接触であった。この点ロアは彼を研究者として認めた。

 一方で――

「いやーこれはセクシーすぎるじゃろ」

「なるほど、興味深い……」

「……」

 モニターに次々と表示されるロアの情報。その大半がグラフや数値でまとめられたもので卑猥なものは一切写っていない。

 そのはずなのだが……博士とオルは明らかにデータを見て興奮していた。

 なるほど知識欲も人間の欲求の一つである。三大欲求には及ばないものの、好奇心を満たすことに快楽を覚えることは事実。ロアだって思わず「エウレカ!」と叫びたくなる時もある。

 という理屈は理解できるものの、異次元のやりとりを目の前にするのは居心地が悪い。その対象が自分であるならばなおさらロアは部屋を飛び出したいくらいだった。

「よしときなさい。アンタが迷子にでもなったら探すの大変よ。この要塞、誰も全貌を把握していないんだから。竜人一人を助けるのに天上人は協力してくれない。この部屋にいるのがマシだってこと忘れないことね」

「……さっきから言っている天上人ってなんなんですか?」

「……アタシたちのと引き換えに軍手のイボイボから移動用の走行車両までなんでも恵んでくださる立派な人たちよ」

 なるほど先ほどオルが博士に渡した情報はロアの診察代と、喧嘩屋が買い取りたい物資の代金の代わりになるのだろう。比重としては後者が大きいか。

 レイはタブレットへと視線を落とす。そこには喧嘩屋が依頼人たちへと配分する物資のリストが組まれていた。あらかじめどの品目が必要だったのか目星をつけていた彼女が診察の間に完成させていたことをロアは気づいている。

「……」

 今まで一方的に説明を捲し立てていたレイが黙る。天上人なる単語はそれだけ彼女にとってデリケートなものなのだろうか。

 天上人。考えてみればおかしな言葉である。地上で生きる人間も、宇宙で暮らす人間も同じ人間ではないか。にもかかわらず優劣をつける言葉が横行している。

 竜人を細胞サンプルとして扱うところから、地上は卑しく宇宙は高貴と言ったところか。

「このサンプルはこう解析した方がいいんじゃないか?」

「おお! さすがはオルじゃ。では機材を――」

 しかしながらレイの目の前ではオルと博士、地上人と天上人が互いに協力して作業をしている。その様子はとても険悪なものに見えない。互いに切磋琢磨して解決に挑む、それは九竜機関の目指す文句と一致しているのではないか――

「……衣類」

「は?」

「衣類を増やすべきだと思います」

「そんなもの積んでどうすんのよ。これは食糧調達任務なの。どう考えたって最優先は食糧。その次は患部の抑制剤。服なんて二の次三の次どころか底辺よ底辺! ボロがあれば十分よ」

「依頼人の中には患部を隠したがる人もいると思います。それに襤褸じゃ不衛生ですよ。確かに食事も大切ですけど……能力を扱えない人は劣等感に悩んでいると思います。そこで清潔でおしゃれな服を着てみたら……少しは気分が晴れるんじゃないですか?」

「はぁ⁉︎」

 ありえない。レイは一蹴する。ありえなくないです。ロアも譲らない。

 レイさんだって隠したい過去はあるのだろう。だったら……私は今自分ができることをする。

 どのような経緯で喧嘩屋が博士と出会ったのかはわからない。いがみ合う属性がこうして手を組むまでにはそれなりの衝突があったに違いない。

 ならば余計な詮索は避けて自分がやれることに邁進するのがベスト。レイは言っていた。『戦うだけが喧嘩屋じゃない。仕事ならいくらでもある』と。

「だったらコストの低い反物にしましょう。既製服だと構造的に入らない人もいるでしょうし」

「ちょっ! 勝手に操作しないでよ! アンタの羞恥心に巻き込むな!」

「依頼人の中には屋内で何日も息を潜めている方だっているんでしょう。だったら見るだけで、着るだけで色彩がある服は需要があると思います。安心してください。私が縫います」

「……アンタ裁縫の経験は?」

「無いです。これから勉強します」

「却下」

「そんなぁ……仕事ならいくらでもあるって言ったじゃないですか!」

「アタシが一番に欲しい人材は戦闘要員。その次に医療要員なの! 見たところロアは前者の能力じゃないようだし……ああもう! 進捗はどうなの!」

 レイはうんざりした表情で探求者二人へ顔を向けた。

「確かに……いわゆる戦闘タイプではなさそうだ……」

「なにぶん未覚醒の能力の解析には時間がかかるからのう。じゃが、お前さんたちが予想していた部分は判明したぞ。やはりロアちゃんは――」

 データを表示しようと博士がコンソールに手を伸ばす。

 ウウウウウウウウウウウウウウウウウウ――――――

 その瞬間、けたたましいサイレンと共に部屋の照明が赤く染まった。

『警告! 第一級危険物質が艦内に持ち込まれました。処理班は速やかにサンプルの捕獲、それができない場合は殺処理を行ってください。繰り返します。第一級危険物質が――』

「なんじゃ⁉︎」

「……」

 解析用の機材はロックされてしまったのかオルと博士二人の操作を受け付けない。モニターも全て警告表示で埋め尽くされてしまっている。

「……これって」

 私のせい――ロアは言葉を飲み込む。なんの能力もない自分の細胞がだなんて彼女には信じがたい事だった。けれども機関にはさまざまな超人が生きるために細胞の情報を提出してきたのだ。そのデータベースの厚みはかなりのものだろう。

「へぇ……盛り上がってきたじゃない」

 この状況で唯一レイは笑っていた。彼女はロアにタブレットを押し付けるとベキベキと指を鳴らし始める。

 どれだけ下手に出ようとも、どれだけ礼節を尽くそうとも、天上人が地上の竜人を一方的にラベリングする事実は動かない。今まさにロアの細胞がデータベースから危険物と判断されたように、そして過去にも……レイは彼らの暴挙にうんざりしていた。

 アタシたちは危険なんだし……少しくらいなら暴れても文句はないわよね――赤い双眸は闘争本能を漲らせると爛々と輝きだした。

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