1―4

「……クソがっ!」

 換装チェンジ! ウイング! レイが叫ぶと同時に背中からグライダー状の翼が展開する。風圧の勢いを飛行に転化させると彼女はそのままオルを目指し、空中でキャッチした。

「助かった――」

「どういたしまして。それにしても……」

 アレは何なんだ。滞空状態の中二人は墜落したそれを見る。

 鉄塊はよく見ると人一人が収容されているような筒状のポッドの形状をしていた。

 竜人の能力次第では溶岩だろうと鉄塊だろうとなんだって作り上げることは可能だ。しかしながらそのスケールは発生源たる竜人の体積による。大蛇が破壊の嵐を振り撒けるのは二〇メートルある体躯があってこそ。であれば鉄塊を作り出したであろう竜人の全長は少なくとも一〇メートル級のはずだ。

 加えて、鉄塊の外観は精密な円形をしている。熟練の技術者であれば同じ形をした製品を複数製作することができる。だが敵に投擲する武器を精密に生成する必要など地上にはない。例え出来が悪くとも仕止められればいいのだから外観にこだわる意味がないのだ。レイも武器を生成する能力を使うがモットーは「殺せれば何でもいい」。外見の美しさは二の次である。

 以上の理由から二人はこれが少なくともサーペントの竜人ではない、第三者によってもたらされたものだと結論づける。そしてこれがどこからやってきたのかにも心当たりがある。

「仕切り直しか」

「クソが! あと少しだったのに……」

 二人は体勢を立て直すべく地上を見下ろす。

 大蛇は下半分を不能にされながらも肉体の使い方を理解したらしく、可動部を動かしては起用に這い進んでいる。そして黒焦げになった仲間を飲み込むと頭部を再生させていった。再生率は五割といったところだろう。少なくとも脳細胞の露出は塞がってしまった。

「……ん? アイツ食べていない?」

 レイが指差す先には先ほど彼女たちが八人の男たちがあった。大蛇は彼らに見向きもせずに体表の溶岩で焼き潰し街を這ってゆく。

「回復の本能がそうさせるのか……どうやら滋養のある食べ物を求めているらしいな……」

 ダメージは半身と頭蓋にまだ残っている。大蛇はまだなはずだ。にもかかわらず、相手は自分達という竜人食料に見向きもせずにどこへ向かっている――

「「……まさか!」」

 レイはグライダーウイングにジェットエンジンを追加し大蛇めがけて噴射した。

 細胞の消耗が激しいからあまり使いたくないけど――だが無駄なポリシーほど足を引っ張るものはない。レイは大量の細胞を燃やすとあっという間に自身を大蛇の頭部まで並走させ、オルを投擲する。

「オル!」

「分かってる!」

 彼女は大蛇の細胞の隙間に銀糸を滑り込ませ、そのまま脳へとハッキングを仕掛ける。

「リプログラミングが効かない……⁉︎ 生存本能が命令を上回っている――」

「チクショウ‼︎」

 すかさずレイも大蛇に飛び乗り頭蓋の破壊を再開する。

 二人が焦るのは当然だった。腹をすかせた獣が目指す先は食料のある場所に向かっている。そしてどんな生き物も楽して大量に貪りたいものだ。

「――シュルルル」

 大蛇の感覚器官は黄色の装甲車両、その中にいる大量の竜人達を捕らえていた。細胞の質の面で言えばレイとオルの方が高いが、ウオメたちは数がある。彼らを丸呑みにできれば二人と戦うのに十分な回復が見込めるはずだ。恨みを晴らすのはその後でいい――

「――シュルルル!」

「この野郎!」

「くっ……」

 予想外の噴射にエネルギーを消耗したためレイが生み出す武器の質は二段階程落ちていた。頭蓋の厚みは半分程度であるにもかかわらずうまく掘り進められない。

 オルも焦りからか集中できず、細胞への干渉が滞っている。大蛇もオルの干渉に耐性ができたため細胞の防御力を強化して作業の妨害を始めている。

 敵を止めるためには後一押しが足りない――

「仕方ない……ツムギ! 敵が迫っている! アタシたちごと撃て!」

「……ぷう――」

 レイの叫びに運転席の幼女が瞼を開ける。まだ眠たそうにゴシゴシ擦りながらも彼女の意図を察し、とっておきの一撃を準備する。

「ぷう」

 走行車両の外殻が展開する――

「シュルルル……⁉︎ シュラァ!!?」

 現れたのは五メートル大の弾道ミサイル二発。それらは大蛇めがけて真っ直ぐに飛んでゆく。

「リーダー‼︎」

「分かってる!」

 レイたち二人は頭部から素早く飛び出した。巻き添えは覚悟の上。だが少しだけでも距離を稼ぐ。

 ミサイルの狙いはそこそこよく、一発は街のはずれへと撃ち漏らしたものの、もう一発は大蛇の腹部に命中した。

「ツムギの野郎手加減しやがった……」

「……」

 爆風に転がされながらも二人は何とか着地を果たす。

 レイは歯噛みしながら彼女の成果を見る。ミサイルの一撃は強烈で大蛇の肉体を上下に分断していた。傷口から溶岩よりも銀色の血液が漏れ出す割合が多いのを見るにしばらくは動けないだろう。

 だが竜人にとって頭部以外への攻撃は致命傷にならない。アタシの掘削作業と大蛇の復帰、果たしてどちらが早い――遠慮したのか、ミサイルの精度がその程度だったのか、レイにはツムギの真意が分からない。そもそも幼女に対し「正確に狙う」ことを期待する方が間違いなのだが……。

「……」

 一方オルはレイとは別の意味で困惑していた。

 あのツムギが外した……?――彼女が手塩をかけて教育したツムギ。オルはもちろん、レイや他の喧嘩屋のメンバーの意図を彼女が察せないわけがない。かの幼女はその辺のごろつきよりも理解力があるとオルは評価している。

 仮にツムギが脅威を感じ取っていたのだとしたら……――オルの視線の先、外れたミサイルの着弾地点はあの鉄塊がある場所と一致している!

「なんだか分からないけど――」

「……!」

 多少のイレギュラーが入り込もうとも二人がやることは変わらない。喧嘩屋として依頼人の敵を倒す。反省会は勝たなければ開けない。レイもオルも細胞の力を総動員して頭部へ向かう。

「シャル……ラ……」

 傷口の再生に手間取る大蛇には迎撃用の火口を開く余裕がない。なけなしの力を振り絞って口から火炎弾を放つも単純な軌道は二人に読まれ回避される。

「「いい加減くたばりやがれ!!!」」

 レイの換装した両腕のハンマーと、オルが毛髪を全て編み上げて生み出したブラックジャックが岩盤を再度殴打する。渾身の一撃が芯を打ったのか、再生された頭蓋骨は脆く崩れ目の前に銀色の脳細胞が顕になる。

「「だああああああああああ――!!!」」

 レイの生み出した矛とオルの毛髪が脳細胞をかき混ぜる。神経細胞への強烈なダメージ、ひとかきごとに大蛇はピクピクと痙攣し、やがてその動きを止める。青写真とは異なるものの喧嘩屋は敵対組織サーペントとの戦いに勝利を収めた。

「熱っ……」

 勝利の余韻に浸る間も無しにレイは右腕に爪を生やし、それを大蛇に突き立てる。オルも同様に髪の毛を突き刺すとを始めた。

「リーダー、遠慮なんてせずに吸い尽くして下さいよ。もしツムギの意図が正しかったとしたら……」

「分かってる。こっちだって大分消耗したんだから分け前なんて出すつもりはないわよ」

 二人は辛くも大蛇に勝利を収めた。だが、ツムギの脅威判定が正しければあと一戦、鉄塊の中身との戦闘が残っている。

 攻撃に巻き込まず、二人を温存したのが次なる戦闘のためなのだとしたら――

「やるわよ」

「……」

 二人はカラカラに干からびるまで大蛇を吸い尽くすと目標まで駆け出す。

 やはりツムギの狙いは正確で、二人の眼前には鉄塊を中心にさらなるクレーターが広がっていた。直径一キロあるそれは攻撃の凄まじさを物語っている。

 それと同時に鉄塊のも。この一撃を受けておきながら鉄塊の表面には傷一つついていない。この強度は中身を守るためなのか、それとも封じるためなのか……。

「「……」」

 今のところ鉄塊が動き出す様子は無い。二人が闘気を漲らせながら近づいても警戒反応一つ出さない。鉄塊は落下した時のまま沈黙を貫いている。

「! リーダー」

 オルは銀糸で一点を指差す。

「……これは――」

 鉄塊の表面にはコントロールパネルが設けられていた。大方これを操作して中身を取り出す方式なのだろう。

 この手のハッキングはオルの得意分野だ。「コンピューターのプログラミングは細胞操作と似ている」とは本人の談。電子錠のピッキングから精密機械のハッキングまで彼女の能力は幅広く応用できる。

 電子錠は二人が見慣れた型番だった。となるとピッキングにかかる時間は三分といったところか。なればあと必要なのは解放された中身と戦う覚悟だけ。

「開けるぞ」

「ええ」

 二人ともそんなものはとっくに持っている。喧嘩屋として活動してもう四年が経つ。自分達はそれなりに修羅場をくぐってきたつもりだ。連戦に続く連戦などものの数に入らない。さあ、来るならかかって来い!

 プシュー……――

「「……」」

 白い煙を立てながら円筒が開く。これが棺という見立ては正しかったようで煙の中からは一人分のシルエットが浮かび上がった。

「来るか!」

 六爪と銀糸を構える二人。

「……」

 しかしながらそのは外れることとなった。

「……寝ている」

 煙が上がると現れたのは一糸まとわぬ少女の姿。

 この鉄塊は一種のコールドスリープ装置だったらしく。少女は今も冷たい寝息を立てて装置に身を預けている。

「ええ……」

 これが敵であればどれだけ良かったか……。レイは悩む。背丈は一五〇後半と小柄で明るいブラウンのセミロングヘア。暖色の彼女が穏やかに寝息を立てる様子を見るに戦闘タイプには思えない。地上の寝顔といえばいつ襲われるかという恐怖に歪むか、いつでも戦えるように強張った表情の二つ。そして両者の眠りは浅い。

 これだけ深い眠りにつける環境があるとすれば……――

「ああもう……確かにな存在だけど……」

「だが、喧嘩屋の看板を上げている以上放置するわけにもいかない」

 分かっているわよ――オルの忠告にレイは覚悟を決める。

 上空からの登場、地上のルールから逸脱した習慣……二人は目の前の少女がから送られてきたことに気づいていた。

 宇宙人類、現代ではと呼ばれる彼らに関わると碌なことがない。だが廃墟に無防備な少女を放置することを喧嘩屋のプライドが許さない。例えウオメの身内でなかろうと、同じ街に存在する彼女を放置することはポリシーに反するのである。

「とりあえず搬送するか……。分析の方はオル、アンタに任せる」

「もちろん。私の仕事だ」

 レイは掛け物を生成するとひとまず少女の体に巻きつけ、そのまま彼女を背負った。

 装甲車両を目指す二人の足どりは穏やかなものだった。ひとまず状況は終了した。喰べたおかげで力は余っているものの、疲労感は残る。

 オルの口笛が街に響く。今にツムギが迎えに来る。焦る必要は全くない。ぼんやりと反省会の内容でも考えていよう。

「……」

「「……」」

 少女という謎は残ったものの、ひとまず二人は勝利の余韻に浸ることにした。

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