1―3

 竜人が他の竜人を食料にするのにはいくつか理由がある。

 一つは手っ取り早い事。四〇年前の惑星改造により人間以外の動植物は絶滅の淵へ追い込まれた。

 いくつかの生物は九頭竜の細胞に適応し、灰色の惑星でのびのびと暮らしているものの絶対数が少なく、遭遇率も低い。よしんば出会えたところで彼らも闘争本能の発散に飢えており、大人しく食べさせてはくれない。わざわざ暴れる獣の相手をするよりも、話のわかる弱者を捕まえて喰らう方が何倍もマシなのだ。

 加えて、竜人は体内に他の竜人の細胞を取り込むことによって自身の能力を強化することができる。能力の底上げはもちろん、相手の能力そのものを発現させたり、自身と相手の能力を複合して放つこともできたりする。どのようにして能力が発現するかは未知数だが、基本的には食べたら食べた分、竜人として進化できる。弱肉強食がルールである地上で細胞の成長は欠かせない。異形は異形を喰らい、さらなる異形へと進化してゆく!

「兄貴……兄貴よぉ……」

 時は数分前に遡る。

 他の構成員がレイに挑む中、火山男は蛇男が殺されたショックに耐えられないでいた。無惨に転がる頭部、そこにはまだ自身に満ちた笑みが残っている。

『よう兄弟! 俺たちは勝つぜ!』

「兄貴……」

 そうだ俺たちは勝つんだ! あんな小娘一人に負けるわけがない。

 でも兄貴は死んじまった。アイツの実力は本物だ。俺は兄貴よりも弱い。今のままじゃ敵を討つどころか俺も殺される……!

 もし彼が冷静に戦況を見られていたのであれば、レイがサーペントの構成員を殺さずにあくまで撤退を促していたことが理解できただろう。彼女の戦い方は明らかに手加減であり、その意味において火山男は殺されない。

 しかしながらレイは事態を甘く見ていた。地上ではチームのリーダーが亡くなるなど日常茶飯事。その程度の事で怯むなら竜人は他人を喰い物にしない。

「そうだ……俺が戦うんだ――」

『よう兄弟! 俺たちは勝つぜ!』

 そうだよ兄貴。勝つんだ。

 火山男の手が蛇男の頭部に伸びる。

「いくぜ兄貴!」

 火山男の口が大きく開き、蛇男の頭部に

「んんっ! うぐあああああああああああ!!!――」

 蛇男の細胞が火山男の中へ取り込まれてゆく。

 九頭竜の細胞が急速に分裂し、火山男は本能に導かれるまま慕っていた兄貴の肉体にも口をつける。男の体は喰らうごとにひび割れてゆき、体表からは銀色の溶岩が漏れ出してきた。

「兄貴……これで俺たちは一つだ……!」

 細胞の成長の快感と、復讐心が混じり合い、男は心身共に絶頂に達していた。

「兄貴イイイイイイイイイイイ!!!」

 マグマが爆ぜると同時に男の肉体は銀色に膨れ上がり崩れ去る。

 興奮した男は敵味方の区別がついていなかった。瞳に映る存在は全て自分(兄貴)の敵。弔いのため全てを燃やす!

「兄貴を返せえええええええええええ――」

 銀色は上空の存在を感知すると拡張する身体溶岩から火口を生やし、火炎を放つ。

「「――!」」

 レイとオルは互いの足裏を蹴り合うと炎の一撃を回避し地上へと着地した。

「あっぶね……」

 レイは一度全ての武器を収納し、変貌した敵の観察に努める。

「……暴走――に堕ちたな……」

 オルはさっそく飛び散った銀色の細胞片を銀糸で解析するとそう結論づける。

「兄貴イイイイイイイイイイイ!!!」

 九頭竜の細胞の適応には大きく二つの段階に分かれる。

 一つ目は異形の適応。これはレイたち喧嘩屋やサーペントの竜人たちのように変貌した部位が患部とならず自在に能力を扱える強者が当てはまる。

 二つ目はの適応。

 竜人は九頭竜の細胞を取り込む事で自身の能力を強化できる。それが他の竜人であればなおさら良い。

 一方で竜人を喰らうことにはリスクもある。竜人の肉体は濃縮された九頭竜の細胞。これを取り込み続けることにより能力は着実に強化される。しかしながら九頭竜の力が濃くなればなるほど基の人間としての細胞にダメージが蓄積される。あまねく竜人には進化の才能、上限が定められていると言っていい。

「ごぷっつ……アニ……ギ……」

 幸か不幸か、竜人だったために火山男は憧れの蛇男兄貴と一体化することができた。だが適応の上限を超えた事で彼の自我は銀色の中に溶けてしまった。

 溶岩はぐつぐつと膨張を続けながらも、一つの形を取り始める。

「「…………」」

 分裂が終わり銀色が鎌首をもたげはじめる。二人の目の前に体長二〇メートルを超える、銀の溶岩造りの大蛇が現れた。

「どうするリーダー。また派手にやってくれたな」

「これはアタシのせいじゃないでしょ! 相手が勝手に自滅したようなもんじゃない!」

 巨大な敵を目の前に罵り合う二人。巨大な存在に見下ろされているにもかかわらず、彼女たちは冷や汗ひとつかかず、表情には余裕が伺える。

「シャアアアアアアアアアア!!!」

 大蛇にはそれが面白くない。自分はお前よりも巨大で、一撃で燃やし尽くす力がある。それなのになぜ恐れない――

「はぁ……アンタさ――」

 ――舐めるんじゃないわよ。

 レイの瞳がキッと大蛇を貫く。

「――ッ!!!」

 大蛇は戸惑う。レイは自分を恐れるどころか脅威とすら感じていない。見上げる視線の先に獣の存在はなく、その先を向いている。

「この程度の敵……」

 現にレイの視線はさらなる上を見つめている。大蛇よりも、建造物よりも高く、さらに上空でとぐろを巻いた存在に……。

「グルルルル……」

 寝ぼけ眼で地上を見下ろす九頭竜。かの存在がつまらなそうに各地の闘争を見物していると感じるのは地上で彼女だけか――

「オル! ツムギの進捗はどう?」

「医療部隊はウオメの案内通りに街の竜人たちを収容し終えている。あの母娘も無事だ」

「そいつはいい。派手に暴れられる」

「タイミング的にはギリギリだがな」

「細かいことは気にしない」

 レイはおもむろに右腕にクローを展開する。そして足元に転がる丸焼きのサーペントの竜人にそれを突き立てる!

「さぁて、第二ラウンドといこうじゃない」

 レイは刃から細胞の高まりを感じると、闘争本能のギアをさらに一段階上げる。

 九頭竜の細胞の摂取の方法は経口だけではない。

 竜人は基が人間であり、口から食事を取り入れる習慣が今に残るからこそ他者の肉を喰らう形をとっているからこそ、それがメジャーな摂取方法になっているだけである。

 しかしかつて地上に文明があった頃には点滴等体内に直接栄養を投与する方法があった。

 九頭竜の細胞の操作にある程度秀でれば、他の竜人の体内から細胞だけを吸収することは可能である。レイの爪は丸焼きになり、気を失った男の細胞を順調に吸い上げている。

「ふぅ……大した能力持ってないわね。もう一杯くらいいただこうかしら」

 今度は左腕にも爪を生やすと男二人から細胞を奪いはじめる。オルも銀糸を五つの房に束ねると男たちから順次細胞を吸い上げていた。

 この方法が主流にならないのはひとえに手間がかかるからだ。前提として技術が求められ、戦闘中に神経を使う精密な細胞操作を行えるはずもなく、相手が黙って細胞を奪わせてくれるなど論外。

 二人が首を刎ねずに竜人同士の不毛な闘争を行っていたのはひとえに相手を疲れさせ、細胞を絞りとったところで街から追い出すためだった。己のアイデンティティーたる力を失った状態で荒野に放り出されるのは竜人にとって死ぬことよりも屈辱である。喧嘩屋のシマに入ったら最後どうなるのか、レイは男たちに身を持って贖わせようとしていたのだが……。

「こんなもんかな」

「……」

 二人の全身に九頭竜の細胞がみなぎる。先ほどまでの戦闘の疲労はどこへやら、全身に闘気を迸らせると二人は大蛇めがけて駆け出した。

「シャアアア――」

 大蛇は全身に噴火口を広げると街中を埋め尽くすほどの火炎弾を撒き散らした。例え相手が人型だろうと油断はできない。質量の優位を活かして圧倒する戦法に出る。

「遅い!」

 レイは迫る障害をスパイクで駆け抜け、槍を突き刺すと飛び上がり、横から迫る弾丸は銀の爪で切り裂く。あらゆる武装を生み出しては着実に距離を詰めてゆく。

「……」

 オルはアスファルトを駆けると全ての攻撃を無駄なく捌いてゆく。まるで攻撃の方がオルを避けていると錯覚する動きだ。

「――ア……」

 二人は傷ひとつ負うことなく、レイは頭部に、オルは尾の先端にたどり着いた。

は好きじゃないけど……悪く思うな!」

 換装チェンジ!――掛け声と共にレイの両腕がハンマー状に変形し岩石状の頭部を砕く!

「ギヤアアアアアアア!!!」

 理性を失っていようと痛みは本能に由来する。頭蓋が砕かれる痛みに大蛇はたまらずのたうち、さらなる火炎を撒き散らそうとした。

「……!!?」

 だが肉体は己の意志に反してピクリとも動かない。

「……熱い」

 オルは顔を顰めながら大蛇の上を頭部めがけて駆けてゆく。彼女が通った側から銀糸が突き刺さり、大蛇の細胞を犯してゆく。制御されていない細胞ならば細胞操作のプロフェッショナルであるオルにとって赤子の手をひねるようなもの。暴走した細胞のリプログラミングが施されたそばから巨体は痺れ、動きを止め、火口も閉じてゆく。

「リーダー早く……体の方はまだドロドロだ。駆けていないと足が溶ける」

「わぁってる!」

 最後の一撃が脳天を砕く。どれだけ肉体が変質しようと、九頭竜の細胞から生み出された生物は必ず頭部をもつ。脳からの信号さえ断てば息の根を止めることができる。

「終わりだ‼︎」

 グラグラと煮えたつ銀色の脳細胞。それを破壊せんと換装した六爪が輝く――

「ギャア⁉︎」

「なっ――」

 まだ自由な頭部が大きく跳ねる。死ぬ前の最後の抵抗か。それにしては運動の幅が広すぎるぞ……。レイは大蛇の回避運動に訝しむ。彼女の足はすでにスパイクで頭部にめり込んでいる。振り払うのであれば頭部を小刻みに動かす方が理にかなっているはずなのに……――

「リーダー上だ!」

「――っ……」

 オルの呼びかけに向くも手遅れだった。

 大蛇の熱と硬質な頭部に意識が削がれ、警戒が疎かになっていたことをレイは後悔した。

 いつの間にか目の前にはが迫っていた。

 大蛇の運動は自身に迫る必殺の鈍器から回避するためのものだったのだ。

 レイは身を守るために作業を中断する。

 それを合図に大蛇は再度大きく跳ねる。

 死に際の行動は生物の潜在的な力を解放する。大蛇は動かなくなった下半身ごとのたうつと落下物を回避し、二人を振り払った。

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