1―2

「あ?」

「なんだこのガキ?」

 男達はいい気分になっていたところを突然の乱入者に気を悪くする。

「……」

 レイは周囲を見ながら男達同様気分を悪くする。いたずらに破壊された建物、食い散らかされた竜人、飛び散る肉片の数々――

 レイとて竜人である。その生理現象は理解しているし、彼女もまた他の竜人を喰った経験がある。ゆえに、必要な食事であれば過度な非難はポリシーに反するのだが……。

「これはアンタたちがやったの」

「だったらどうした」

「地上人にとってこの世は弱肉強食。やりたいことやって何が悪い!」

「――ッ!」

 少女の目が男たちを射抜く。

「う……」

 子供のメンチなど自分達がくぐり抜けてきた死線に比べれば大したことない。そのはずだった――

 しかし男たちの手は止まり、彼女に釘付けになる。

 血潮のように赤いショートヘア。ルビーを嵌め込んだように凛と輝く赤眼。つりあがった瞳は険しさに覆われているものの、力強さの中に気品を思わせる整った顔立ちをしている。野蛮な地上では珍しいの登場に、男たちは本来であれば欲望を逞しくするところだった。

 ところが首から下、少女が身にまとう赤黒いミリタリーテイストのボディースーツは自分達と同じを意味している。少女の能力のためか右腕からは剣が生え、刀身は血に濡れている。血痕から一撃で両断したと推測されるその様子に彼らは少女の実力を感じ取り、総毛立つ。

 こいつ……デキる!――

「おいおい、女一人に殺気立つんじゃねえよ」

 かき分けるように蛇男と火山男がやってくる。二人はレイの瞳に押されることなく立ち塞がった。

「アンタがサーペントとかいうこの野蛮人どものリーダーね。ここは私たち喧嘩屋のシマなの。今ならこの始末を見逃してあげる。とっとと出て行ってくださらない?」

「おっとこれは面白いことを言うなぁお嬢さん。地上ここでのルールが何かは知っているだろう。早いもの勝ちじゃない。強いやつが全てを奪える。これだけ建物が残っている場所を雑魚どもが占有するなんておかしいだろう。力の理論を優先するなら俺たちサーペントの基地にするのが望ましいってものさ」

 男は舌を蛇のそれに変身させるとチロチロと舌舐めずりを始める。

 蛇男はレイに対し恐怖を覚えていない。なるほど、実力はあるのだろう。今の細身も能力を解放したらわからないが、人間態は竜人の本質を示す。ここまで人間に近い姿を取っているということは、少女の根は闘争を好まないタイプだ。

「なぁお嬢さん。火傷する前に帰ることだな。その剣で俺たちの一人くらいなら倒せるかもしれないが、全員まとめて相手にはできないだろう。俺は女は好きだが背が高くてもっと胸のあるのが好みだ。しょんべんくさいガキは好みじゃない。もっとも、コイツらがどうかは知らんがね」

「俺はアリだぜ」

 火山男が下卑た笑い声をあげる。それと同時に男たちの緊張がほぐれ笑いが伝染する。さっきはビビったが、カシラが大したことないと言ったんだ。そんなクソガキに怯える必要なんかねぇ。生意気言ってくれた分、その体にたっぷりとわからせないとな。男たちは今度こそレイの流麗な肉体に欲望の眼差しを這わせてゆく。

「もう一度言うわ。私たちのシマから出て行って。今なら穏便に済ませてあげる」

「はっ! 何が穏便だ! 男が女に従うかよ! 少し強いからって生意気言いやがって! 俺たちを従わせたいなら実力で――」

「あっそ」

 瞬間レイの右腕が振るわれる。

「――奪ってみろ……」

 転がる首が言い終わると同時に蛇男は絶命した。

「兄貴いいいいいいいいいい!!!」

 火山男は泣き崩れると転がる頭部を抱き寄せる。

「このガキ!」

「殺す!」

 男たちは異形の力を全開にレイめがけて襲い掛かる。復讐だ!

「リーダー一人じゃ止まらないか……」

 レイは一度飛び上がると襲撃を回避した。華麗な身のこなしに男たちも思わず見惚れそうになるが――

「上はまずかったなぁ」

 遠距離攻撃の能力を持つ男たちがレイに向けて構え始める。混戦じゃ飛び道具は使いにくいがこれなら狙い撃ちだ。

「食らえ!」

 火炎が、投擲が、岩石が、彼女めがけて放たれる。

「ふうん――」

 視界を覆い尽くす暴力の嵐。しかしそれを前にしてもレイは余裕を崩さない。

換装チェンジ!――」

 レイの右腕の剣が収縮する。

「――クロー‼︎」

 続いて両腕の前腕がボディースーツごと盛り上がり銀色の鉤爪が形成されてゆく。

「こんなものかああああああああああああ!!!」

 レイは猛烈な勢いで両腕を振ると攻撃を全て捌き切った。

「なっ――」

「遅い!」

 そして着地を決めると彼女は男の一人の腹部を裂く。

「うっ……」

「おいおいどうした! アンタたちの強さは見た目だけか! だからガキ一人に負けんのよ!」

 レイの腕が男たちの腕を、顔を、足を――出鱈目に切り裂いてゆく。

「ハハハハハハハハハハ――」

 美しい顔はに返り血に塗れ、美しさすら感じさせた身のこなしもどこへやら……と決めたレイはけだものめいた動きで暴れまわる。

「ふ、ざ、け、る、なぁ!」

 彼女の猛攻に逆上した男たちは連携など忘れ、お互い傷つくのも構わずに異形を解放した。今度は地上で荒れ狂う暴力がレイを襲う。

換装チェンジランス!」

「サイズ!」

「スパイク!」

 彼女は背中から槍を形成すると背部から迫るの一撃をいなし、左肩に鎌を生やしてはタックルの要領で迫る拳を切り裂く。そして相手が腹部から砲撃を放つ前に右足のスパイクを突っ込むと暴発させ、相手の上下は泣き別れとなる。

「まだまだぁ!」

 サーペントの構成人数はおよそ三〇人。それだけの男たちに囲まれているにも関わらずレイの体表に流れるのは相手の返り血のみ。全身武器と化した彼女は止まることなく攻撃を続ける。

「あのバカもう派手にやっている……」

「ぷう」

 一台の装甲車両が戦闘を遠巻きに見ながら廃墟に迫る。

「レイに任せていたら被害が拡大しかねない。私は敵を押し込めてくるからツムギはタイミングを測って医療部隊を外に出して」

 少女は操縦席に座る幼女に指示すると装甲車両の上部ハッチから飛び出した。

「……」

 喧嘩屋最大の装備である全長一八メートルの黄色い装甲車、そこから広がる壊滅的な景色に少女はため息をつく。

「おらぁ!」

「そんなもんか!」

「タマ付いてんのか!」

「……リーダー……」

 瓦礫の山の原因は敵か、それともレイ身内か。

「まあ、私は私の仕事をするだけだ」

 少女は深呼吸をし、精神を統一させる。車両が生み出す風が彼女の銀髪を撫でる。銀糸を思わせるそれは少女の呼吸と連動してはためき、うねり、毛髪の一本一本に神経が行きわたる。

「――ッ!」

 少女の漆黒の瞳が見開かれると同時に目標を捉える。次の瞬間少女は彼女の纏う軍服の黒と銀髪の残像を残して戦場に跳んだ。

「ふっ!」

 一七〇もあれば女性ではかなりの高身長。そんな少女の長くしなやかな蹴りの炸裂が参戦の合図となった。

! 遅かったじゃない」

「リーダーが早すぎるんだ」

 銀の少女・オルはそのまま男を踏みつけると自身も能力を解放させてゆく。

「また女かよ!」

 二人目の少女の乱入に男たちは胸焼けがしていた。数の上では圧倒的に有利なはずなのに、レイ一人で手を焼いているのだ。もはや彼らに油断の二文字は無い。銀の少女もまたレイ同様の実力者であることは間違い無いだろう。

「安心しろ。私はリーダーみたいに荒々しくない」

 オルの腰まである銀糸が、立て髪めいて展開する。彼女のスレンダーなシルエットと合わさり男の中には思わず「タンポポみたいだ」と笑い出すものがいた。

「今私を笑ったか?」

「うっ……」

「なんだ……」

「体が……」

 オルの周囲の男たちが次々と倒れてゆく。彼女はレイと異なりわかりやすい武器を発現したわけではない。にもかかわらず、オルが動いた側から男の動きが止められてゆく。

「カタツムリ、ミサイル、演算は面白いけど……リーダー、こいつら碌な能力を持っていない。こんなのを相手にいたの?」

「あ……あいつ……」

 彼らは驚愕した。オルは倒した仲間の能力を正確に言い当てている。

 オルの能力は見た目通り彼女の銀髪が起点となっている。これには九頭竜の細胞が行き渡っており、触覚として彼女の意のままに自在に操ることができるのだ。

 加えて、細胞に通う神経組織を相手に潜り込ませることによって対象の九頭竜の細胞をコントロールすることも可能。これには繊細な作業が伴うため乱戦時は一度に二、三人しか停止させられないがサーペント相手には充分だった。そのついでにオルは彼女のライフワークである細胞情報の収集を行ったにすぎない。

「こ……のっ……」

 男たちはさらなる逆上を重ねた。九頭竜の細胞が生み出す能力は肉体の異形から類推できるとはいえ他人に詳らかにされるのは不愉快だ。中には外見に現れない能力をとして秘匿している者もいる。殺伐とした地上で表に出ない能力の情報はトップシークレット。仲間にだって言わない、詮索しないのが一つの礼儀になっている。

だぁ?」

 男たちの言葉に少女二人はニヤリと口角を上げる。

 言われてみれば、レイは自分達のリーダーの首を刎ねて以来誰も殺していない。彼女の全身は血まみれであるもののそれらは急所からの返り血ではない。

 竜人の生命力は凄まじいまでに強い。九頭竜の細胞に適応した者はもちろん、異形が患部となり、人生を自ら終わらそうと身を投げたところで死ねず、数日もすれば傷は完治している。

 例外はあるものの、竜人を殺そうと思うなら一撃で首を刎ねる以外に方法はない。九頭竜の細胞は脳からの神経伝達物質が途絶えると死滅する性質を持つからだ。

 このレベルの知識は地上で生きている竜人にとってバイブルだ。殺し方を知らなければ生き残ることができない。ところが喧嘩屋はそれをとして利用している。

『私たちのシマから出て行って』

『今なら穏便に済ませてあげる』

 レイの表情は今もそう語っている。

 そして、それを実行できるだけの実力を目の前の少女二人は持っている!

「だからって……逃げるか!」

 男たちの目が血走る。確かに力では敵わないのだろう。それは散々理解している。だがちっぽけなプライドが彼らを駆り立てる。女二人に負けたらサーペントは笑いもの。名誉回復のためにも戦うしかない!

「ハッ! 来るなら来なさい! 満足するまで相手になってやる!」

「結局こうなる……」

 闘争本能を剥き出しにするレイ、億劫がるも銀髪を逆立てるオル。この戦いが不毛であると、分かっていても止められない。竜人として生きる彼女たちにとって闘争とは生活そのもの。戦うことは呼吸に等しい――

「兄貴イイイイイイイイイイイ!!!」

「「⁉︎」」

 殺気――それを察知し二人は跳ぶ。

「「「アアアアアアアアアアアアアア!!!」」」

 眼下ではサーペントの構成員が丸ごと炎の濁流に飲み込まれている。

「いくらなんでも滅茶苦茶! これじゃ自滅じゃない……」

「リーダー! あれを!」

 オルの銀糸がキシキシと震え出す。脅威のサインにレイも身構える。

「兄貴を……」

 それは火山男から発せられる声だった。

 しかし彼を示す面影は全身を覆う銀色のマグマに塗りつぶされ、肉体は膨れ上がるばかり――

「兄貴を返せえええええええええええ――」

 銀色は火口を広げると狙いを定め二人へ火炎を放つ。

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