第2話 海千山千

店内はカウンター席と4人掛けのテーブルが2つあるだけで

こじんまりとしていたが、思いのほか明るく、良く清掃がゆきとどいているのか

焼鳥屋特有の油ぎったベトベトなところが、まったく無いのが驚きであった。


店主は私たちの母親ぐらいの年配の女性であった。

黒髪を後ろで固く丸くしばり

コンロの熱ですこし赤くなった顔で

串にささった焼き鳥を焼いていた。


私達を見て女将さんは

小さく口をOの字に開いてから

うれしそうに

「ここが空いてるよ。」と

カウンター席の自分の目の前にいた

常連さんらしきいかにも"お酒大好き!"

といった頭がかなり淋しくなったおじさんを

押しのけて座らせててくれた。


おじさんは一瞬不機嫌そうにしたが

イマちんの笑顔にまんざらでもない様子で

カウンターの上を綺麗に片づけてくれた。


そのカウンター席は開いた排煙窓から

斜め向かいにある

スナック「MiMi」の出入り口が

よく見える絶好の場所でもあった。


女将さんは若い女性が来てくれたのが

よっぽどうれしかったのか

お通しからサービスと言って

普段メニューには無いサラダチキンや

自分が毎日飲んでいるというアセロラで酎ハイを作って

気前よく出してくれた。


イマちんは気を紛らわすように、アセロラ酎ハイを一気飲みし

おじさんとも話を合わせていたが

しばらくたっても料理に一向に箸を付けず遠くを見つめている私に

女将さんが近づいて来て小さな声で囁いた。


「あの店ね怖い人たちがよく来てるよ。」

私が驚いた様子で見返すと


「おばちゃ・・・おねえちゃんも海千山千

 くぐり抜けて来たからね。

 あんたたちみたいなお客さんが

 うちみたいな店に来れば

 なんかあるんだろうってわかるよ。」と

言って優しい笑顔を浮かべていた。


その言葉を聞いて女将さんの、やさしい気づかいに

私は涙ぐんでしまった。


イマちんが私の代わりに事の次第を掻い摘んで話してくれたが

でもなぜか聖光がハーフなので巨乳好きという尾ひれもつけていた。

私はそれでも隣で静かに聞いていたが

話の終わりに大きく頭を下げて女将さんにお詫びをした。


女将さんは悲しそうな表情で

「そうなの〜。あそこのスナックは商店会にも入ってなくて

 付き合いないし、ちょっと怖い感じもあってね

 よく知らないんだよ。たださっき言ったようにね

 そのみたいな人が来る店だから・・・

 どうしたものかねえ・・・・」と答えてくれて


女将さんとなぜかおじさんも

腕組をして真剣に悩んでいた。


今さっき来た一元の客なのに、

親身になってくれているのがわかり

店を見た目で判断したことをさらに反省した。


突然おじさんが

「おい。誰か出てきたぞ。」と

大きな声で叫んだが

女将さんに

「しっ!」と怒られて、慌てて口を

焼き鳥のタレの付いた手で塞いだ。


無表情で聖光が立ちすくんでいた。

私も思わず立ち上がって小さな排煙窓から

目を凝らしてその様子をうかがった。


1時間ほど経ったのだろうか。

出迎えていた女性とは違うママと

思われるけばけばしいメイクをした

また馴れ馴れしく彼にまとわりついていた。


開け広げたスナックの扉の向こうから

ウシガエルの様な何かしらの

”演歌”の鳴き声が微かに聞こえた。


「あきら〜〜」

出迎えの時にいた奴が甘ったるい声で

店の中から呼ぶのが聞こえたが、彼はそれには目もくれず

もと来た道を歩き始めていた。


"聖光は私が付けた名前だ!勝手に呼ぶな!"


そう心の中で苦悶している間に

イマちんが御勘定を済ませていてくれた。


女将さんは最初代金を受け取ろうとせず

「いいのいいの。おばちゃ・・・おねえちゃんのおごり」と

 言ってくれたが、イマちんが強引に女将さんのかっぽう着の

 ポケットにお金を入れたので

「わかった。じゃ彼と仲良くできたら又来てくれるね?」と

 やっと折れてくれた。


私たちは笑顔で返事をすると、また深々とお辞儀をしてから

急いで彼の後を追った。


私達が去った後のしんみりとした店内では


「そうだ。あんた先月分の付け今日全部払ってよ!」

そう女将さんに冷たく言い放たれて

おじさんは私が残したアセロラ酎ハイを噴き出していた。

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