第3話 奇妙な同居生活
彼は翌朝には目が覚めて、数日で元気になった。
聞きたいことが山ほどあったが
残念なことに彼は記憶を失くしていた。
警察や病院に行こうと彼に勧めたが
悲しいような困ったような顔見て
記憶が戻るかもという根拠のない希望を持ち
奇妙な同居生活が始まった。
ケガらしき傷は全く無かったのに
なぜ血だらけだったのか。
記憶を失くしているのに
「誰を探していたのか?」
そんな疑念もあったのだが・・・・・
剣 聖光(つるぎ あきら)
面白半分で名付けてしまったが
本人がスンナリ受け入れてしまったので
記憶が戻るまで私が面倒を看るんだからとそのままにした。
調子に乗って最初から外国風に
私の事は”メグミ”と呼ばせた。
最初に呼ばれたときは、恥ずかしいほど赤面してしまった。
でも・・・なぜかすごくうれしかった。
聖光は日本語は流暢に話せるのに
名前はおろか、ほとんどの単語や日常生活の習慣
あろうことか、トイレの使い方までわからなかったのには
正直途方に暮れてしまった。
それでも、ひらがな・カタカナ・漢字それとお歌とおゆうぎ
保育園で園児にしているように
いろいろなことを教えてあげるようになった。
すると園児と同じようにスポンジに水をふくませるがごとく
瞬く間にたくさんのことを覚えていった。
夕飯後に”お片付け♪ お片付け♪”
二人で大きな声で歌いながら食器を片付けて・・・
彼は屈託なく笑うようになっていった。
さすがに2ヶ月もすると、近所の人が
ざわざわと騒ぎだした。
聖光ひとりだけでも目立つのに
私と並んで歩く姿は稀少動物の
生態観察のように人々の関心を集めた。
管理人の鈴木さんが代表で
リサーチしに来たが
当たり障りのないように
イギリス人の父と日本人の母を持つ
ハーフで短大時代に知り合ったと
いうことで納得してもらった。
「結婚するの?」と聞かれて
しどろもどろになってしまったのは
なぜだろう。
保育園の父兄さんに知れたらと
このときほど保育園から
遠くの物件しか見つからなかった事に
感謝したことはない。
でも同僚のイマちんにだけは本当の事を話した。
今泉 彩夏(いまいずみ あやか)
イマちんは保育園の1年先輩だ。
あやか先生という先輩がいたので
イマちんというあだ名になった。
あだ名のごとく親分肌で面倒見がいいが
おやじっぽいと言うとすぐ怒る。
子供達には「イマザウルス」といって
恐れられている。
仕事や恋愛の悩み、園長や父兄の悪口まで
何でも隠さず話し合える私の大親友。
イマちんは恋愛体質なので
恋バナは大好物
たまたま彼との出会いを打ち明けたその日が、運悪くエイプリルフールだったので、
「スマホのクソゲーのストーリーの方がもッと本物っぽいよ」と
鼻で笑われたが、初めて聖光に会った時彼女は、
今にもこぼれそうな大きな瞳でため息をついてから
「えっ。どこに落ちてた?」と
本気で探しに行こうとしてた。
「優しい人」
聖光を表現するのに最も相応しい言葉。
荷物を持つとき、階段の昇降・ドアの開閉あらゆる場面で
教えてもいないのにさりげなく手を差し伸べてくれる。
私が保育園で、保護者から心無い言葉を浴びせられて
彼に八つ当たりしてしまった時も
静かな口調で語りかけ、優しく慰めてくれる
見た目通りの欧米のジェントルマンであった。
狭い1DKでプライバシーを保つのは正直きびしい。
バスルームと部屋の間仕切りと
着替え用に部屋の角に突っ張り棒で
カーテンを付けて
お風呂も着替えも相手に必ず声を掛けることにした。
洗濯は私がする。ただ部屋干しすることが多いので下着がどうしても眼に入ってしまうが
それは「しょうがないね」と割り切った。
夜は私はベッドで彼は床に深めのマットレスを敷いて寝ていた。
私は寝相が悪いので、聖光の上にベッドから落ちないかと
ありえない心配をしていた。
3・4か月は気を張っていたが、さすがに緊張感も薄れて
たびたびお互い気まずいところを見たり見られたりしてきた。
「白人ってソッチ系の人が多いじゃん。
もしかして、彼もそうかもよ~~~~」
イマちんがうれしそうに、私の耳元で囁く意地悪にも返す言葉がなかった。
聖光を拾って半年が過ぎていた。
何もないことをちょいちょいイマちんに報告させられていた。
そのたびごとにセクハラジョークを笑ってやりすごして、やっぱりソッチ系なのかなあと思ったけど
本当は私に魅力が無いからそういう感情が湧かないのかなあと、自信を無くしていた。あの日が来るまでは・・・・
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