第2話 真冬の公園のベンチに

彼との出会いは3年ほど前。

吐いた息も白くなるほど、寒い晩だった。


そのおかげで、本当に真丸でおおきなお月さまが

きれいにかがやいているのがよく見えた。


いつもより帰宅が遅くなってしまった保育園の帰り道

自宅マンションのすぐ近くにある公園で

薄暗い街頭にぼんやりと照らされ

頭を抱えベンチにうずくまっている人を見つけた。


真冬に公園のベンチに座っている人に関わる人はいないだろう。

私も小走りに帰路を急ごうと思ったが

その時はなぜか、惹きつけられるように声をかけていた。


彼は長く黒いコートを着ていたが、少し変わったデザインに見えた。

「大丈夫ですか?」

最初見上げた彼は私が何を言ったのか

理解してないような不思議そうな顔をしたが

「どこか具合が悪いのですか?」と聞き直すと

「人を探している。」

絞り出すような声でそう言い終わらないうちに

公園の冷たい土の地面に意識を失って

そのまま倒れこんでしまった。


私は一瞬彼を受け止めようとしたが

ベンチに腰かけていたので

気が付かなかったが

思いのほか背が高く大きな

男性だったためにためらってしまった。



人は見掛けに依らないというが

私もそんな一人だと思う。

保育園では両脇と背中に3人の園児を抱えたまま

みんなが大好きな”ぐるぐる”を得意としている。


子供たちは「キャーキャー」と

喜声をあげてはしゃいでいる


目が回るといけないので

1回に付き5回転までにしているが、その喜声に召喚されて

遠く遠方からも子供たちが遠征してくる。


いつまでも子供たちの順番の列が途切れなくて

園長には

「ほどほどにしなさい。」

と言われるけど

実は私もこれが大好きなのだ。


その鍛錬のおかげで、倒れた彼を何とかおんぶすることが出来たが

はたから見たら、長身で痩身の彼で小さな私が隠れてしまって

不気味な前屈みのゾンビがウォーキングしているように見えただろう。


真冬の夜,黒いコートを着た大きな男性を

背中に載せてマンションの廊下を

よちよちと歩く小さな私


誰かに見つかるかも知れないという

おかしな危惧も抱えながら・・・



なんとか気を失ったままの彼を、1DKの間取りの私の部屋まで運び入れた。

小さな私のベッドでは大きな彼の足先が出てしまいそうだったが

そこ以外に彼を寝かす所は無いと覚悟し

泥と血のついたコートと、あまり見たことのない

白いシャツとパンツ" 下着ではない"を脱がして寝かしつけた。


よく見ると外国人なのか

色白い肌に彫りの深い目元

顎のラインもシャープで

名前はわからないが

有名な俳優によく似ている。

栗毛色の髪には血糊が付いている。


彼の横にちょこんと正座して

すこし冷静になって考えた。

いろいろな疑問が頭をもたげてきたけど

いちばん不思議に思ったのは

「私はなんて事をしているの?」であった。

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