第9話:エラそうな先輩 鶴崎京登場!

「──それで、僕焦っちゃって。本当に大変でしたよ」

「そうなんですね」


 僕──市島いちしま晴人はるとは恋人である絹澤きぬさわ海華うみか先輩と玄関前で他愛な話をしていた。

 今日は図書館がいつもより早く閉館するので、僕達はまだ明るいうちから下校することになった。とはいっても辺りには他の生徒の姿はなく、僕と先輩の声だけが玄関前の廊下に響いていた。


 内履きから外履きに履き替え。

 僕達は玄関を出た。

 今日の空はとても青い。

 綺麗だ。心が洗われるようだ。

 何だか楽しそうなことが起きる予感がする。僕はウキウキして、先輩に話しかける。


「先輩、いい天気ですね」

「ええ」

「夏の空は綺麗です」

「そうですね」


 素っ気ない返事をする先輩だけど。

 身体をもじもじとさせて。

 僕の次の言葉を待っているようだ。

 彼女が期待しているのだから、それに応えてあげるのが彼氏というもの。

 僕は先輩に距離を詰めると。

 こう言ってあげた。


「先輩」

「はい」

「空も綺麗ですけど、それ以上に先輩も綺麗です」

「流石に空には負けるわ」

「先輩ならこの空にも対抗できると確信しています」

「どこからその自信が湧いてくるのですか……もぉ、馬鹿ね」


 そんな会話を交わしつつ。

 僕達は歩き始める。

 隣には絹澤先輩がいて。

 僕の横を綺麗な足取りで歩いている。

 歩き姿も映えるなんて、先輩はどこまで僕を魅了するのか。本当に罪深いかただ。


 ──そんなことを思っていると。

 前方から声が聞こえた。


「青春だねぇ。実に青春だ……羨ましいくらいだよ」


 校門前から姿を現したのは長身の女性。

 サラリと長い青みがかったロングの髪をなびかせ。剣道女子を彷彿とさせるキリリとした太眉。だが顔立ちは極めて精巧に作られており、年上の女性的な包容力を感じた。恐らく僕や絹澤先輩より1つ上の三年生だろう。


「えっと、どちら様でしょうか」

「言葉に気をつけたまえ。私は三年生だぞ」

「そうなんですね。それで、三年生の先輩が僕達に何かご用でしょうか……?」


 太眉女子は僕ではなく隣にいる絹澤先輩を指さし。


「海華クン、校内一の秀才が人目もはばからずボーイフレンドとイチャつくとは、やるじゃないか」


 パチパチパチとラスボスの風格ある拍手をする太眉女子。絹澤先輩は無愛想な顔のままこう言う。


みやこ先輩」

「そうだよ。キミの先輩でもあり、ライバルでもある鶴崎つるさきみやこだ」

「絹澤先輩、このかたは?」


 僕が問いかけると。

 太眉女子──鶴崎先輩は自ら自己紹介を始める。


「名乗るのが遅れたね。私の名前は鶴崎つるさきみやこ。キミのガールフレンドである絹澤きぬさわ海華うみかクンが入学してくる前は校内ナンバーワンの成績だった秀才さ」

「ご自身で秀才って言うんですね」

「事実だからな。……ああ、思い出すな。海華クンが来る前までのこと……」


 鶴崎先輩は恍惚とした表情になり。

 何か妄想にふけっている様子だった。

 僕は彼女にこう訊いてみる。


「絹澤先輩が来る前、ですか」

「ああ……彼女が入学してくる前は本当に良かった。私は生徒の誰からも尊敬され、教師からの注目も眩しいくらいだった」

「……そうだったんですね」

「そうだ。それなのに、海華クンがここに来てから私は2番目の女になった。私に集まっていた注目は全て彼女に集まったのだ」


 ぬぐぐっと。

 オーバーに悔しがる身振り手振りをする鶴崎先輩。相当絹澤先輩に恨みがあるようだ。


「えっと、2番目じゃダメなんですか?」

「何を当たり前のことを。私はいつだって優れていたいのだ。常に高みを目指すのはハイスペック ヒューマンとしては当然さ」

「僕は2番目でもいいと思いますけどね」

「キミのような低スペックな人間には理解できない考えだろうね」


 ふんすとふんぞり返る鶴崎先輩。

 ちょっとクセのある人だけど、すごく格好いい人だな。向上心がある人って素敵だと思う。

 僕は何気なくこう言った。


「すごいなぁ……」

「すごい?」

「はい。鶴崎先輩はとってもすごいです。あ、もちろん絹澤先輩も同じくらいすごいですけど……」


 僕は思ったことを一直線に言う。


「向上心があって、誰かに追い越されても諦めなくて……僕、先輩達のような方々と同じ高校に来れて嬉しいです」

「……キミ」

「はい。なんでしょうか」

「名前はなんだね」

市島いちしま晴人はると……です」

「晴人クン、か……よし、決めたぞ」


 鶴崎先輩は僕のことをピッと指さし。

 尊大な口調でこう言った。


「キミ、私のものになりなさい」

「……ん?」

「海華クンの彼女なんか辞めて、私のもとに来ないかと言っている。おっと、キミに拒否権はないぞ。なんたってハイスペック ヒューマンである、この鶴崎京が命じたのだからな!」


 おっと、これは厄介なことに。

 この性格からして、恐らくちょっとやそっとでは退いてくれないだろう。

 しょうがない。多少やり過ぎかもしれないけど、鶴崎先輩を諦めさせる為だ。


 僕は隣で黙っている絹澤先輩の肩を抱き。

 これでもかとイチャつく姿を見せ、こう言った。


「残念ですけど、僕達すっっごく愛し合ってるんで。ね、先輩」

「っ、馬鹿……こんなところでっ」


 いやんいやんとやんわり抵抗する絹澤先輩。だが内心嬉しいようで、本気で嫌がっている様子ではない。


(さて、鶴崎先輩には効いてるかな)


 流石に目の前でイチャつけば何らかの効果はあるだろう。

 ──そう思っていたのだけど、鶴崎先輩の反応は予想外のものだった。


「フフ……」

「?」

「フフフ……フハハハハ!!!」

「そ、そんなにおかしいですか?」

「ああ、おかしいとも晴人クン。クハハッ、そして燃えるね。実に燃える。これからキミを奪って、キミの愛をたっぷり味わえると思うとね……」

「僕の心は変わりませんよ?」

「どうかな。いや、私は断言するよ。いずれキミは私の所有物になるとね」

「えっと、そんなことないと思いますけど……」


 思い込みが激しいかただ。

 厄介なことが始まってしまった。

 でも僕が彼女にしたいのは絹澤先輩ただひとりだから、今さら浮気なんて有り得ないけどね。


「晴人クン、これからよろしく頼むよ」

「はい……よろしくお願いします。でも僕の気持ちは変わりませんよ?」

「変わるさ。絶対に変えてみせる」


 諦めの悪い人だ。

 絹澤先輩より前に出会っていたら好きになったいたかも。

 なんてことを思う僕だった。


 







 


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