第8話:手を握る

「先輩、一緒に帰りましょう」

「……ええ」


 学校が終わり。

 僕達は一緒に下校する。

 今日は図書館が閉まっているので一緒に勉強できないのが残念だ。まあその分先輩と通学路でイチャつけばいいんだけど。

 隣を歩く絹澤先輩をいつものようにからかう僕である。


「先輩」

「はい」

「手、繋ぎましょう」

「……突然なんでですか」

「カップルらしくていいじゃないですか。ダメ、ですか?」


 僕が祈るようにお願いすると。

 一瞬手を伸ばしたあと。指先をピクリと動かし。そして引っ込める。


「恥ずかしいですか」

「っ……」


 コクリと小さく頷く絹澤先輩。

 そっかぁ。だいぶ打ち解けてきたと思ったけど、まだ身体に触れるのはダメみたいだ。先輩の手、細くて色白で綺麗だから触ってみたいんだけどな。


 ……そういえば先日。僕が図書館で仮眠したあと。起こしてくれた先輩の頬は少し赤らんでいた。声も上擦っていたし。何なんだろう。でもあの時はすごくよく眠れたんだよな。まるでお母さんに撫でられながら子守唄を聴いているような。そんな安心感があった。


 僕はそんなことを考えつつ。

 先輩にこう言った。


「ゆっくりでいいですよ。先輩が無理のない範囲で、関係を続けていきましょう」

「……散々からかってくるくせに」

「本当に嫌なら止めます」


 僕がそう言うと。

 絹澤先輩はぷいっと顔を逸らしたあと。


「別に……嫌じゃないです」

「先輩」

「はい……」

「まじで好き」

「……馬鹿」

「先輩が可愛すぎて、もう既に馬鹿になってます。本当に可愛いよ……」

「……うるさい」


 口では罵倒するくせに、

 さっきから髪をクルクルと弄って恥ずかしそうにしている可愛い絹澤先輩。

 こんなに可愛い女性を僕の色に染められるなんて、本当に幸せ者だ。多分前世では何らかの徳を積んだのだろう。前世の僕、グッジョブ。記憶ないけど。


 そんな時。

 僕達の前方にガラの悪そうなヤンキー男二人組が歩いてきた。大股広げてノシノシと偉そうに歩き、ひとりは派手な金髪で、もうひとりは刈り上げヘアー。


「……っ」

「先輩」


 絹澤先輩は怯えていた。

 いくら無愛想優等生といっても女の子には違いない。明らかに自分より体格も腕力も上の男達を見たら、怖くなってしまうだろう。


 僕は先輩のほうに手を伸ばし。

 彼女を安心させようとこう言った。


「大丈夫……だから、繋いで」

「っ……」


 無言で僕の手を繋いでくる絹澤先輩。

 温かくて柔らかい先輩の手のひら。

 白魚のように細い指。

 女の子の身体はこんなにも繊細な作りをしているのかと驚いた。

 

「そのまま歩きますよ。目線を合わせないように……」

「……はい」


 ゆっくりと歩く僕達。

 手は繋がれたまま。

 意識していることがバレないように他愛ない話をしながら。

 ガラの悪い人達との距離がせばまる。

 先輩の体温が握られた手から伝わる。

 多分緊張しているのだろう。

 手汗が滲んでいるから。

 緊張した時間が続き、ようやく危機が去る。男達は何にもして来なかった。悪い人達ではなかったようだ。


 人を見かけで判断してしまった自分に悲しく思っていると。ふと絹澤先輩が。


「あ、あの……市島君」

「はい、なんでしょうか」

「その……」


 絹澤先輩は唇をきゅっと噛みながら。

 恥ずかしそうにうつむき。

 ぽしょりとこう言った。


「手…………っ」

「そういえば握ったままでしたね」

「……ぅ、ぁ」


 僕達は手を握りあったまま。

 歩いている。道行く人が見たらラブラブカップルにしか見えないだろう。

 このまま握っていたいけど、先輩は嫌だろうか。僕は彼女の気持ちを確かめる為、こう訊いた。


「このままでもいいですか」

「っ……恥ずかしいわ」

「嫌なら止めますよ。ほら」


 僕は手を開いてそう言った。

 あとは先輩が握った手を離すだけ。

 でも彼女はよりいっそう僕の手を握ってきて。離す様子はない。


「繋ぎたいなら言って下されば」

「っ……いいから」

「はいはい、じゃあ、握ったまま一緒に帰りましょっか」

「……っ」


 コクリと小さく頷く絹澤先輩。

 僕はもう一度彼女の手を握る。

 先輩のぽかぽかとした温かい体温を感じながら。大好きな人がそばにいる嬉しさを噛み締めながら。僕達は歩く。


「……」


 絹澤先輩は何も喋らなかった。

 いつにも増して無口だ。

 緊張しているのかな。やっぱり可愛い人。僕のいとしの人。大好きな恋人。もう離してあげない。

 手を握る力が強くなる。この幸せな時間と、天使愛しの先輩が逃げないように。

 先輩は握り返してくれた。ギュッと控えめな力で。可愛すぎ。まじで好き。


 しばらく幸せな時間を過ごしながら。

 僕達は下校する。他愛ない話をしながら。

 そして分かれ道にたどり着く。

 僕の家は先輩と反対方向だ。


「そろそろ、ばいばいしなきゃですね」

「……ええ」

「寂しいですか?」

「……別に」

「そうですか」


 ポツリとそう呟く僕。

 そして次にこう言った。


「僕は寂しいな」

「……」

「先輩と離れたくないです」

「……そう」

「先輩は僕と離れたくないですか?」

 

 ギュッと。

 絹澤先輩の手を握る力が強くなる。

 離れたくないんだ。やっぱ可愛い。

 でも日は沈んでいき。辺りは暗くなって。

 僕たちは別の道を進まなければならない。

 でも手を離す気にはならなくて。


「先輩」

「……ん」

「もし、良かったらなんですけど。先輩の家の前まで一緒に行ってもいいですか」

「……ええ」


 コクリと小さく頷く絹澤先輩。

 そして僕達は手を繋いだまま。

 また一緒に歩き始める。


「暗くなってきましたね」

「……ええ」

「先輩はこの時間好きですか?」


 絹澤先輩は少し考え。


「好き……になりました」

「以前はお好きではなかったのですか」

「ええ。薄暗くて、何だか寂しく感じてしまって。自分が孤独であることを再確認するようで……」


 「でも」と言い。

 絹澤先輩は続ける。


「今は好きです。綺麗だとさえ感じます」

「それはなんでですか?」

「それは……」


 ギュッと。

 手を握る力を強める絹澤先輩。

 そしてそのまま──こう言った。


「悪い男……理由は分かってるくせに」

「先輩だって同じですよ。僕を首ったけにして、アナタしか見えなくする」

「……馬鹿」

「先輩の為なら馬鹿になります」

「……っ、もぉ」


 悪態をつく絹澤先輩だけど。

 どこか嬉しそうで。

 繋がれた手を離すことはなかった。

 先輩の家が近付く。まだ話したいことが沢山あるのにな。


 ……少し寂しく思う僕だった。

 




 



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