第十五話 アルケ村の解脱祭


「よーし。そろそろ行くか?」


 神目歴1371年夜の月39日。

 リツトの成人を祝う村の会当日である。


 キッチンでピヨ爺の留守番用おつまみを作り終え、手ぬぐいで手の水気をふき取るリツト。


「おう! 準備バッチシだ!」と居間で寝転ぶホイミィが応える。


「気いつけてな。危ないことはするんじゃないぞ」


 ピヨ爺の言葉を背中に受けたリツトが振り返り、


「分かってるよ。まあ酒は飲まされるだろうな~。

 でも仕方ねえよなー。もう俺成人だもん。飲めるもん」


 言葉とは裏腹に前世ぶりの酒に心躍らせるリツトの様子にピヨ爺が溜息をつき、

「お前は酒癖が悪そうじゃからのう。

 ホイミィ、こいつの服を肌に縫い付けておくか?」


「そうだな! 脱ぐといけないからな!」


「いや脱がねえって! 仮に脱いだとしても肌に服縫い付けるのは止めとこ!?

 サイコホラーになっちゃうよ?」


 出掛ける前恒例のリツト露出イジリに満足した様子の2人を、ホイミィが自分を変態だと思っている可能性になんとも言えない表情のリツトが見つめる。


「まあハメを外し過ぎんようにな」


「……りょーかい!じゃあいくか!」


「おう!」


「「いってきます!」」


 2人はピヨ爺に出掛けの挨拶を済ませると、昼頃の到着を目指し、アルケ村へ歩き出すのだった。


「エビもあるかな?」

 少し歩いた頃、先で石を蹴りながら進むホイミィが呟く。


「あるんじゃね? ビーンズさんがこないだ川でこそこそ取ってたの見たしな」


「そっかー! 楽しみだな~! リツトは何が楽しみ?」


 ホイミィの問いに、空を見上げて腕を組むリツトが「う~ん」と悩ましげに唸る。


 そういえば好きな食べ物ってなんだ?

 前の世界では揚げ物だったらなんでも好きだったし、甘いモノもなんでも好きだった。

 でもシナモンはちょっと苦手だったなあ。


 ざっくりとした好みはあれど、ホイミィのエビのようにバチッと決まった好きな食べ物が無いリツトは迎合することに。


「……俺もエビは結構好き!」


「そっか! でもリツトは自分で出せるから得だな!」


「匂いだけな? せめて身もつけてくれたらよかったなあ~」


「それいいな! 特訓したら出るようになるかも!」


 そう言って振り返ったホイミィの目は輝きに満ち、リツトが大好物のエビを無から生み出す可能性を見つめていた。


 適当に言ったことではあったものの、自分の身体からニュッ! って出てきたエビを想像して苦い顔をするリツト。


「俺の手のひらからニュニュッ!! って出てきたエビ食える? こう……ニュッ!! って」


 リツトが擬音を混ぜながら手からエビを出すジェスチャーをする。


「ははは! ニュッ! 一応匂いは嗅ぐかなあ~!」


 ホイミィはケラケラと笑いながら、匂いの確認はするが食べるとの回答。


 リツトは自分が出したエビをホイミィが食べる様子を想像するが、あまり気持ちの良い絵面ではないと首を横に振る。


「いや本当のエビかも分かんないんだぞ? よく考えろ?

 こう……ンン! ンニュ……ニュニュニュ!!! って出てくるんだぞ?」


「はははは! 川のエビとどっちが美味いか比べないとダメだな! ンンン! ニュニュニュニュン!!」


 説得は空を切り、食べないという選択肢はなさそうなホイミィは、手からエビジェスチャーの真似を始めてしまう。


 リツトはその様子が楽しそうに見えて、

「まあ、俺のエビのほうが絶対に美味しいけどな! こう・・・ンンビッ! ビビビビニュ!!!!」


「あははははは!!!!」


 2人は交互に手からエビジェスチャーを披露し、リツトは自分の手から出るであろうエビがいかに美味しいか身振り手振りを交えて熱弁する。

 そんなエビジェスチャーバカ騒ぎは、2人が森を抜けるまで続いた。


*******************************************


 ――アルケ村


「なんか……静かだな」


 アルケ村に着いた2人は周囲を見渡しながら歩いていたが、村人が誰一人として外を歩いていないことに気付く。


 牛や鶏の鳴き声は聞こえるが、いつもなら聞こえる農作業の音や話し声が聞こえない。

 このいつもとの違和に、リツトはハッとする。


「あー、これは……そうか」


「ん? なんか分かったのか?」


「いや、なんでもない! いやあ! どこにいるのかわっかんねえな~」


 サプライズ。リツトがこの状況で見出した結論である。

 お祝いに少しの非日常を加えることでその日を少し特別な思い出にする「サプライズ」。

 学生時代にする側もされる側も経験したリツトは、この現状を「お祝いされると思いきや村人いないドッキリ」であると断定する。


 いやあ~。この世界でもサプライズなんて文化があるのか!

 にしても村人全員いないは中々に壮大だ!

 企画は誰だ? やっぱヴェーラさんか? いや以外とリールーさんだったり?

 とにかく気付かないフリをしないとな。ホイミィにも言わないでおこう。

 上手く隠れているところを見つけて移動しないと……。


 村人がどこかに隠れていて、そこに近づいた時にワッと出てきてお祝いが始まる、という流れを想定し、リツトは村の中央へ歩き出す。


 すると背後から、

「リツト君!」


「あ! ビーンズ! みんないないからビックリしたぞ~!」


 村一番の釣り好きにして寂しがり屋のビーンズである。

 ホッとした様子のホイミィと、え!? サプライズは? もしかしてこれ? と動揺するリツトをよそに、ビーンズは話を始める。


「いやあ、ごめんねえリツト君。今日の会なんだけど、少し厄介なことになってね」


「厄介とは?」


 ビーンズはばつの悪そうな顔を続け、

「ヴェーラさんとエンケさんが体調を崩してね。

 夫婦で倒れちゃったもんだから、今は奥さん連中で世話をしているんだ」


「そうなんですか……。でもなんで誰も外にいないんですか?」


「それが僕にも分からないんだ。僕は暇だったから君達が来るまで釣りでもしようと出掛けてたんだけど、戻ってきたらこの有様さ。

 気になって初めにヴェーラさんのとこに顔を出したんだけど、外のことは知らないって言っていたよ」


 そういうドッキリか? という疑念を捨てきれずにいたリツトだったが、ビーンズの様子からどうやら嘘ではないと判断する。


「そうですか……。これから聞いて回るんですか?」


「そう思っているよ。手伝ってくれるかい?」


「もちろんです。じゃあ俺はまずリールーさんとこ寄ってみます! いくぞホイミィ!」


「分かった!」


 リツト達はそう言いながら、ビーンズとすれ違うように動き出す。


「分かった。君を祝うはずだったのに悪いね!」


 ビーンズは会の主役の手を煩わせることを申し訳なく思いながら、老体を引きずるように走り出すのであった。


 ビーンズと別れて数分。

 リールー家に到着したリツトはドアを2、3回ノックする。


「リールーさん! いますかー?」


 返事が無い。

 リツトはドアに手をかけるが、カギがかかっているらしい。


 ドアに耳を当てたホイミィが、

「何も聞こえないぞ。いないのかな?」


「うーん。どこかに行ってるのか?」


 出掛けている?

 いや、誰も外にいなかったことを考えると中にいる可能性の方が高いはず。

 とすると、中にいるが出られない?


 リツトは何やら悪い予感がし、ノックする手の力を強め、再度2、3度ドアを叩く。


「リールーさん! いませんか!? いたら返事してください!」


「やっぱりいないのかもなー」


「いや、なんとなく中にいる気がする。仕方ない。壊すか……」


 リツトはドラマやらでよく見たカギのかかったドアを破るシーンを想起し、乱暴な手段を思いつく。

 だがホイミィが「壊したら怒られるぞ!」と諫め、正気を取り戻す。


「なんでリツトは中にいると思うんだ?」


 ホイミィがリツトの直観に疑問を呈す。

 それもそのはず、ホイミィは動物的な感覚に優れ、耳や鼻が良く利くものの、リツトのそれは至って平凡であり、気配の察知などはてんで出来ない。


 リツトの勘は、ホイミィの動物的感覚でもなければ、第六感でもなく、環境をザっと見た上で考えた「そんな気がする」だけなのである。

 なんで? と聞かれてしまえば、


「外に誰もいないだろ? だからみんな何かしらの理由で外に出られないんじゃないかって思ってるんだけど……」


「うーん。何かしらって?」


「えーと……」


 このようにしどろもどろな有様である。

 そもそもリツトの「そんな気がする」は普通に当たらない。


 ただ、偶のまぐれ当たりが印象に残っているリツトは、


「……俺の中のもう一人の俺が『中にリールーがいる』って言ってるんだぜ!」


 リツトは2回自分の胸に拳を当て、歯が浮くようなこっぱずかしいことを言い放つ。

 自分で言っておいて赤面し、すぐさま緊急脳内反省会が開会され、リツトは「冷静な自分」に強い語気で追及を受ける。


「かっけー!」


 ただホイミィは気に入っていた。

 可愛くて小さかったホイミィは、このごろイタイ言動をカッコいいと思う時期に差し掛かっていたのだ。

 自分で何かしたりはしないが、兄のこういう激イタ発言がたまに刺さる。


「そう?」


 リツトはホイミィに持ち上げられ、気持ちよくなってしまう。

 前世の齢二十に加え、この世界での5年。


 恥ずかしいことを恥ずかしいと思えるはずの精神を持っているはずが、弟にカッコいいと思われたい気持ちがそれを凌駕する。


「どうやって破るんだ?」


「そうだな……。蹴るか?」


「おお~。蹴るのか!」


「よーし。蹴るぞ……。破るぞ……」


「いくのか~?いっちゃうのか~?」


「行っちゃうぞー!やるぞ……!」


 ……いや壊すのはまずくね!?

 ただ外出してただけだったら!?

 寝てるだけだったら!?


 こういうドア蹴破ったりとかって中にいる確信がないとやってはいけないんじゃない!?

 

 もしいなかったらそれはもうただの強盗なんじゃない!?

 捕まっちゃうんじゃない!?


 でも、もし倒れてたら……


 暴挙を働く寸前、理性の追い上げによって踏みとどまろうとしたリツトであったが、最悪の事態を想像してしまう。


 考えていても仕方がない。

 何かあってからでは遅いのだ。

 今は緊急事態であって、リールーさんの安否確認は早急に成す必要があるのだ。


 リツトはもう一度決意を込め、ドアと距離を取る。


「……」ドキドキ


「「……」」ドキドキ


「……行くぞおおお!!!」


「あっ! リツト! ホイミィ!」


「ンギイイ!!!」


リツトが助走を始めた直後、背後から声がかかり、リツトは顔面から勢いよく地面に滑り込む。


「リールー! 心配したぞ! どこいってたんだ?」


 声の主はリールーであった。

 ホイミィはホッと胸を撫でおろすと、転んでいるリツトに手を貸し持ち上げる。


 しかし、リールーはここまで走ってきたようで、肩で息をし、髪は乱れていつもの柔和な雰囲気を失っていた。

 リツトとホイミィはその普段と様子が違うリールーに顔を強張らせる。


「すぐ家に入って!」


「え……、何かあったんですか?」


「説明するから! 今は言う通りにして!」


 リツトの質問に語気を強めるリールーがカギを開けると、3人は奥の部屋に隠れる。

 リールーは時折ドアの方を気にする素振りを見せ、その様子はまるで何かから逃げているようだった。


「リールーさん。何が起こってるの?」


 リールーは乱れた呼吸を整えつつ、

「解脱が起きたの」


「解脱?」


 リツトとホイミィは顔を合わせ、首をかしげる。

 その様子を見たリールーが話を続ける。


「トーマを使い切るって言えば分かるかしら?」


「! それってピヨ爺が言ってた『人間性の喪失』……?」


「そう。トーマを使い切ってしまった人間は人間性を喪失する。それを解脱と呼んでいるの」


 ――解脱。元いた世界では仏教用語で煩悩から逃れて自由になることを指していた言葉である。

 それがこの世界では「人間性の喪失」を意味する言葉として使われているという事実に背筋が凍る。


「だ、だれがその、解脱したんだ?」

 ホイミィも言葉から嫌な雰囲気を察したようで、恐る恐るリールーに詳しい状況を尋ねる。


 恐怖に揺れるホイミィの瞳を、リールーは目を逸らすまいと唇を噛んでいたが、ふと気が切れたように俯き、弱々しく呟く。


「おそらく、全員よ」


「……は?」


リールーの突拍子もない答えに、リツトは間の抜けた声を漏らした。




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