第十話 五百歳パワージジイと十五歳下手っぴ狩人
「よし……今じゃ」
リツトは木陰に隠れ、弓を構えていた。
ピヨ爺の合図を聞き、弦を引き絞る。
息を止め、標的の小さな魔獣へめがけ矢を放つ。
「フッ……!」
ビヨヨ~ン
矢は近くの石に当たって跳ね返り、二度三度地面を跳ねる。
魔獣は音に驚き一目散に逃げる。
「……やったか?」
「何もやっとらんわ馬鹿もん!」
異世界生活は6年目を迎えようとしていた。
身長も160センチほどになり、農作業で少しガッチリした、と本人は言っている。
年齢は、召喚された時を10歳と考え、今は14歳で通しており、6日後に15歳、この世界でいう成人になる。
これまで、リツトは家で料理当番を担当しつつ、村の仕事の手伝いなどをして過ごしてきた。
料理はそれほど凝ったものではないが、毎日ピヨ爺やホイミィがうまいうまいと喜んでくれるものだから、リツトは少し自信がついていた。
今なら趣味の欄に堂々と「料理」と書ける。
農作業、牛や鶏の世話にも慣れ、村の貴重な労働力となり、ただ優しくされる子供では無くなっていた。
リールーからは世界のことを学び、文字も覚えた。
「賢い賢い」と褒めちぎり続けるリールーのゴリ褒め勉強法は、リツトの習得速度を著しく早めた。
3年前からは魔獣の解体に慣れ、ピヨ爺の狩りについていくようになった。
ピヨ爺の側で狩りを学び3年、リツトは森の狩人として一人前に――――
――なっていなかった。
「ワシがやるから、お前はエビ臭を出すんじゃ! ちょっとじゃぞ!」
「分かった!くらえ爆裂魔法!」もわぁ~
リツトの狩りが一向に上達しない原因は2つある。
1つ目はリツトの才能の無さである。
まず気配を消すのが下手で、すぐ物音を立てる。
音を立てずとも、何故か魔獣に気付かれ、逃げられてしまう。
ピヨ爺に何度も叱られたが、それは治らなかった。
また、剣やナイフで魔獣と肉弾戦をするには力が足りず、
狩猟道具として弓矢を与えられたが、これがどうしても当たらない。
的を作って練習を繰り返したが、全く上達しなかったのだ。
2つ目は……コレだ。
「おらあ!!!!」
近づいてきた魔獣の頭めがけてピヨ爺が拳を振りぬくと、魔獣の頭は大きくゆがみ、一拍置いて爆発四散。
少し遅れて風が舞い、砂煙が巻きあがる。
……人外すぎん?
狩りと聞いて、大体弓とかだと思うじゃないですか? でも違うんですよ!
魔獣を殴って殺すんです!
はあ!?
まさか素手で頭吹き飛ばしてると誰が思う!?
どう参考にしろと!?
この人に一番異世界を感じるんですけど!?
リツトの狩りの師、ピヨ爺は強すぎたのだ。
素手一振りで魔獣を仕留めてしまう為、得物の使い方は疎く、ナイフは皮を剥ぐ為のものでしか無い。
弓はピヨ爺の力に耐え切れない為使ったことがなく、リツトに教えることが出来なかったのだ。
こうして、リツトは狩りが上達せず、今ではエビ臭で魔獣を引き寄せる囮としての役割が似合う男になってしまった。
「よおし! じゃあ帰るぞ!」
頭部の無くなった魔獣の足首を掴んで上下に振る、という荒っぽい血抜きを終えたピヨ爺が、肉を肩に背負い、帰宅を号令する。
その後ろを歩きながら、「就職出来るのかしら」と将来を憂うリツトだった。
・・・
・・
・
「おかえり~!」
2人が家に帰ると、元気な声が出迎える。
「ただいまホイミィ」
ホイミィはヒヨコ水の亜人という特殊な生まれにより正確な年齢が分からないが、リツトと共に大きくなっていた。
身長はリツトより頭一つ以上小さく、身体は華奢なままだが、髪を切ったからか、純白に蒼い双眸が映える美形は儚さを纏う聡明な美少年を思わせる。
また、亜人としての運動能力が開花し、瞬発力や跳躍力はリツトのそれを遙かに凌駕している。
身体を使った遊びでリツトが負けることが多くなり、リツトは兄としての威厳の失墜を心配している。
ただ性格はあいも変わらず元気いっぱいの優しい少年で、おねしょをしなくなったこと以外は前とそれほど変わらない。
見た目とのギャップが更に大きくなった印象をうける。
「今日はどうだったんだ?」
「・・・今日もダメだった~! くっそ~!」
「がっはっは! でもお前のエビ臭のおかげで狩りが楽になったわい!」
「そうだぞ! リツトは頑張ってるぞ!」
「囮だけじゃなあ。締まらねえんだよな~」
2人のフォローがより一層に虚しさを感じさせ、リツトはガックリと肩を落とす。
実際、リツトが同行するようになってから、ピヨ爺の狩りはとてもスムーズになった。
2人が狩りの間、未だ血が苦手なホイミィは待ちぼうけの為、早く帰ってくるのを嬉しく思っていた。
「ま、いいか!」
リツトは相変わらずの早さで切り替え、魔獣の解体を始める。
力がつき、手足が伸びた為作業効率が上がり、手際よく作業を進めていく。
「解体は上手くなったのう。それにひきかえ……ぷぷっ!」
「おい、うっせえぞ! 切り替えたばっかで煽るな!」
「またすぐ切り替えるじゃろ! 落ち込め! 落ち込んで切り替ええ! ぶっははははは!」
「人の情緒をおもちゃにすんな! くっそ~、絶対見返してやる!」
いつになるやら、と両手を広げてみせるピヨ爺を威嚇しながら、慣れた手つきで作業を進めていくのだった。
作業が終わると、夕飯時までホイミィと川に行く。
ヒヨコ水と遊ぶホイミィを見守りながら、今日は何作ろうか、
なんて考えてぼーっと過ごし、日が傾くと、家に戻る。
それが最近の日課となっていたのだが、今日に限ってはホイミィがやや神妙な面持ちで話しかけてきた。
「リツトは成人したらどこか行くのか?」
ホイミィがそう質問するのは、この世界の習わしとして「成人したら家を出る」というのがあるからだ。
ピヨ爺はそんなことは一度も言っていなかったが、村で子供がいない理由を聞いた時にそういう慣習があることを知った。
「うーん、どうだろうな……」
正直なところ、出ていくことは考えていなかった。
ただ、アルケ村の人達の子供は、みな街へ出たという事実から、この習わしは半ば強制的なものなのだろう。
「出ていきたい?」
ホイミィの質問に言葉が詰まる。
本当は出ていきたくなんてないのだ。
いきなり現れた俺を受け入れてくれたホイミィとピヨ爺が大事だ。
このままずっと、3人で平和に暮らしていきたい。
狩りを通じて、俺は弱いことを十分理解した。
もうこの世界を旅したいとか、そんなことは毛ほども思っていない。
俺はただ、ここで暮らせれば他に何もいらないのだ。
しかし、成人すれば出ていくのが当たり前なのだと、世間が考えている。
それは前の世界でも同じだった。
高校を卒業したら大学に行って勉強するべき。
大学を卒業したら企業に就職するべき。
いい年齢になったら結婚して子供を作るべき。
どちらの世界であっても、人生において必ず踏まなければいけないマスが設けられているのだ。
そのマスを踏まなければ、そのマスを踏み、先へ進む世間からバッシングを受ける。
初めから選択肢などないのだ。
出ていきたくはない、しかし出なければいけない。
リツトは世間という名の不条理に喉を握られ、答えることが出来ない。
「ホイミィは成人したらどうする?」
誤魔化すように、質問を返すリツト。しかし、ホイミィは即答する。
「出ていかないぞ! ピヨ爺がいるから!」
その蒼い眼差しは真っすぐにリツトを見据える。
そこには一点の曇りもなく、一つの思いだけが乗っかっている。
――家族が好きだ。だから出ていかない。
ホイミィも「成人すれば出ていくべき」という世間の考えを認識しているはずだ。
しかし、ホイミィは迷わずに自分の考え、思いを貫き、世間体を完封してみせる。
前の世界を生きたリツトには到底出来ない芸当――世間体を気にしない。
それは単に子供考えなのかもしれないが、リツトの目にはとても眩しく、おかしがたい高貴なものに映った。
「……そっか。ごめん俺まだ答え出てない」
ホイミィに気圧され、気まずそうに肩をすくめるリツト。
弟がこうもはっきりと答えられるのに、うじうじと悩み続ける自分が情けなく、腹立たしかった。
どこかシュンとしたホイミィと並び、黙って夕闇のかかる道を歩いた。
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夕食を食べ終え、食器を片づけるリツトに背中から声がかかる。
「リツト、村の会はいつじゃったか」
振り向くと、ピヨ爺が椅子に座って何やら作りながら、意識だけをリツトに向けていた。
村の会、というのはリツトの成人を祝う会だ。
手伝いや物々交換の為、頻繁に顔を出していたリツトが成人するとなり、村人達は当然のように催しを企画したのである。
それはただの誕生日会ではなく、「送り出し」の意味合いが強い為、将来が決まらない現状のリツトにとっては、気が乗らない式典だった。
「5日後! 成人当日は家族で過ごしな! ってさ」
リツトの誕生日は8月7日なのだが、この世界の暦だとそれがいつに該当するのか分からなかった当初、異世界に来た日である【神目歴1366年夜の月の40日】を誕生日ということにした。
神目歴というのは、リールーの話にあった神が世界を救い人々に目を向けた日、から始まった暦で、1年を360日としている。
その1年を6つに割ったのが月で、それぞれ彼誰、朝、昼、黄昏、夜、深更という名前だ。
今日は神目歴1371年夜の月の34日、村の会が39日、晴れて成人になるのが40日というわけだ。
「そうか。じゃあ5日後は2人で行ってくるといい。
ワシは外せない用があってのう……」
――外せない用。そんなものはピヨ爺にはない。
この世界にきてずっと疑問なのが、ピヨ爺が村に行かないことだ。
俺が来てから一度も村へ行くのを見たことがなく、ホイミィに聞いたところ、初めてホイミィが村に行くときでさえ、森を出るところまでしかついて来なかったのだという。
特に人嫌い、という印象を受けたことはないが、子供は別なのだろうか?
大人の内情を詮索するのは気が引ける為、リツトはそれについて聞いたことはなく、こうやって言い訳が始まった時は素直に頷くようにしている。
「わかった。なんかつまみでも作っておこうか?」
「おっ、気が利くのう~。とびきり塩辛くしてくれい」
「老人に塩分は毒だって言ってんだろー! 塩辛くはしないからな!」
「また老人扱いしおって! こちとらバリバリの現役じゃい!」
「いつまで現役やるつもりなんだよ。価値観が狂うわ」
「がはは! 百年も生きられんヒューマンには分からんじゃろうなあ!」
「腹立つ言い方! ……そういえばピヨ爺ってなんの種族?」
リツトは勝手にオーガとかゴーレムとかそのへんのゴツい種族に違いないと踏んでいた為、これまでピヨ爺の種族を聞いてこなかった。
たまたまピヨ爺から種族の話題が出たため、ただなんとなく聞いた。
「……エルフじゃ」
「はい嘘ー」
「嘘じゃないわい! ワシはれっきとしたエルフじゃ! じゃなきゃ500年も生きとらんわい!」
「……マジで?」
「マジじゃ」
「えぇ……」
まさかのエルフ。
エルフといえば金髪の美男美女で、サラダしか食べない華奢な種族のイメージである。
しかし、この肉好きムキムキの怪力ジジイは自分とエルフと名乗っている。
それに500年も生きてるときたもんだ。
当然のことのように話すピヨ爺を見て、リツトは嘆いた。
「この世界、ことごとく読みを外してくるな……」
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