第八話 村の営みと世界の歴史
敵不在のハッピー世界。
アルケ村で知らされた世界の常識は、リツトの知る「異世界」とは大きく異なるものだった。
リツトはその衝撃的な事実に……安心した。
よかった~!!! いやほんと安心した!
エビの匂いでどうやって敵倒すん!??
ヒロイン不在で何をモチベーションに頑張れと!!?
これで敵が強怖魔王とか言われても何も出来まへん。
そりゃそうだ。ファンシーパンジーなんぞが生えてるキモ世界だぞここは。
シリアス展開あってたまるかってもんだ。
ここはコメディ世界なんだな! 敵に殴られてもたんこぶで済むんだろうきっと。
この世界で、俺はノーストレスで気ままに生きる!
これまで見てきた変な動物達を思い起こし、この世界がギャグマンガ的環境であると確信したリツトは、世界に対する警戒を解き、ふざけた決意を心にするのだった。
リツトが思いにふける間、ホイミィは荷車に積んだ干し肉を下ろしていた。
「はい! お肉持ってきたぞ!」
肉の量にわっ! と大袈裟に驚いて見せるリールーは、
「ありがとね~! じゃあちょっと待っててね!」
と家の中に戻っていく。
リールーの家の横にある木組みのやぐらから声が聞こえてくる。
「みなさ~ん。ホイミィのお肉が届きました~!
何か持って集合してくださ~い!」
すると、村人が続々とリールー家の前に集まってくる。
「おっホイミィちゃん! 今日は多いね~!
おっと隣にいる坊ちゃんは・・・彼氏かい?っていたあ!!」
白髪坊主のシニアを小突く恰幅の良いマダムが現れ、
「あんたホイミィは男の子だって言ってんでしょ!
ごめんねえ、ホイミィ。バカなのよ。許してやってね!」
「あはは!別にいいぞ! こいつはリツト! 昨日から兄ちゃん!
森で全裸で寝てたところを捕まえたんだ!」
「誰が検挙された変態!? それ全員に言うつもり?
お兄ちゃんの評価地の底だから! ……違いますからね?
まあ森で全裸で寝てたのは事実なんですけど……でも変態ではないんです!」
必死に自己弁護をするリツトを笑う村人達。
それを見たホイミィはいい仕事した! とばかりにはにかんでいた。
「宜しくねえリツト君。私はヴェーラ。この人はエンケね。
ピヨ爺さんのとこで住むの?」
「そうです!……なんていうか気付いたら森にいて、この世界にこと何も知らないからピヨ爺に拾ってもらったんです」
リツトは召喚者であることはあえて言わないことにした。
証明もなく、言ったところで信じてはもらえないだろうと諦めたのだ。
「あらあ、そうなの……。ちょっとあんた……そう。持ってきてくれる?」
気の毒そうにリツトを見つめていたヴェーラがエンケになにやら耳打ちすると、エンケが何かを言ってまわり、男衆が四方へ散る。
しばらくすると、なにやら持って帰ってきた。
「おい坊ちゃん! 何があったかは知らねえが、困ったら俺達を頼れ!
それでこれは服だ! ちょっと大きいけど使ってくれ!」
「俺はこのナイフをやろう! よく切れるから気いつけてな!
見てみろ! これがあれば肉でも魚でも何でも切れる!」
「ワシはこのクワをやろう! これがあればどんな硬い土でも耕せるぞ!
どうじゃ? 早速ワシの畑で」
「ピークさん! それはズルい! ただ働き手がほしいだけでしょう!
私はこの釣り竿をあげよう! どうだいこれから一緒に釣りに」
「な! ビーンズ! お前だって釣り仲間が欲しいだけじゃろ!この寂しんぼうが!」
「なんですと~!」
両手がいっぱいにして呆気に取られていたリツトを見て、
「な? みんな良い奴だろ?」とホイミィがはにかむ。
「ははっ、ほんとだ。良い奴ばっかりだ」
リツトは困ったように笑うと、こみ上げる暖かい何かを抑えるように、
「よぉーし! 畑仕事も釣りも、なんでもやるぞ~! みんなよろしく!」
と、騒ぐ男衆の中へ混じっていった。
「あんたもいってらっしゃいな。
お野菜とかちゃんと入れとくから! 他に欲しいものはある?」
「お野菜だけで平気! じゃあ行ってくるな~!」
ホイミィもヴェーラに甘えることにし、リツト達の元へ走っていった。
「ま~た男衆が騒がしくなるわね。困ったもんよ」
「あら、ヴェーラさんだって嬉しそうにしてるじゃない?」
「……まあね。やっぱり子供がいると張り合いがあるってもんよ!
さ! はやくこれ積んで、おにぎりでも握ってやるか!」
村の肝っ玉オカンチームもまた、子供がいない村が活気づくのを喜んでいたのだった。
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農作業を手伝い、おにぎりを頬張った後、村人と色んな約束を取り付けた頃には日が傾き始めていた。
帰りにリールーに挨拶に来たリツト達は、お茶でもしよう、とリールー家にお呼ばれしていた。
「ここの人全員元気だな……」
と、ややお疲れの様子のリツトが呟く。
若い俺が頑張らないと!と意気込んで農作業を始めたリツトだったが、ベテラン達についていくのがやっとだった。
今の小さな身体は力がない、と自覚した瞬間でもあった。
元の世界でも力を売りにしていたわけではなかったものの、特に困った事を思い起こせない程度には筋力がある、と自負していたリツトにとっては、少し残念であった。
少しずつこの身体に慣れて、身長が伸びたら筋トレでも始めようか、と考えるリツト。
「ははは! 少しずつ慣れていけよ!」
「お前こそフラフラだったじゃん。精進しろ弟よ!」
ホイミィと軽口を言い合っていると、リールーが台所から現れる。
「は~いお待たせ~! クッキー焼いたの~!」
「「フウ~!!」」
二人は「クッキー」の登場に、人差し指を天井に向けて歓声を上げる。
クッキーとは、クッキーという名のお菓子である。
小麦粉とかそのへんのやつを丸めたりしたやつを焼いたやつだ。
うまいのが特徴。
「小麦があるんですか?」
「そう! ヴェネーディオにたま~に行って、小麦とか~砂糖とか!買いに行ってるのよ~!
もちろん村で摂れた野菜やチーズなんかを売るのが一番の目的なんだけどね?
特にアルケイモは~、都会ではちょっとしたものなの!
数は少ないけど、ちゃんと売れるの~!
あっ、ヴェネーディオっていうのはこの国の名前で、中心都市の名前でもあるの~。
人もお店もいっぱいのところよ~!
ささ! 一緒に食べましょ~!」
自分がいる国の名前を初めて知り、中々カッコいい名前だなぁ、などと考えていたリツトは、リールーに勧められてクッキーを手に取る。
「いただきます。……うま!」
「うんまいな~!」
ほんのり甘いシンプルな味わい。
お菓子がたくさんある世界にいたリツトにとっては、少し物足りない感は否めなかったものの、キレイなイヌミミ女性が焼いたということもあり、感謝を込めてちょっとだけ大袈裟にリアクションをする。
ホイミィは本当に美味しいようで、パクパクと口へ運んでいく。
うんまいうんまいと頬張るホイミィを嬉しそうなリールーが見つめている。
その光景がなんだか嬉しいリツト。
俺も今度何かつくってあげようかな、と羨ましく思うのだった。
クッキーを楽しみながら、リツトはこの世界の勉強を思い立つ。
ピヨ爺が教えてくれると言っていたものの、隠居の爺さんの知識は古かったりするかもしれない、と失礼なことを考え、リールーに聞くことにしたのだ。
「朝言ってた勇者の話聞いてもいいですか?」
「いいわよ~。あ、ごめんなさいね? 勉強しなきゃ! なんて言っちゃって~」
リツトはこの世界のことを全く知らない、ということをリールーに話していた。
勉強不足のバカだと思われているのは少し嫌だったから、というのもあるが、何かこの世界での非常識なことをしてしまった場合、リカバリーを図る上で周りの理解を深めておく必要があると感じたからである。
「いや全然いいですよ! クッキーまでよばれちゃって、感謝しかないです」
「ほんと丁寧ね~。じゃあお話するわね?
勇者のお話は神様のお話をしなきゃだから少し長くなっちゃうけど、まずは神様のお話から……」
「むかーしむかし。まだトーマがこの世に存在しなかった時代。
人同士の争いにより、世界は荒れた大地となりました」
リツトは語り口調で始まったことに少し面食らったが、話の腰を折らないよう静かに聞く。
大地が荒れ、水が濁り、人々が住めなくなってしまった頃、一人の男が神に祈りました。
「どうか、この世界に豊かな森と清らかな水をお与えください」
神は応え、自然豊かな世界へと変え、人々は再び生活出来るようになりました。
その日から人は神に感謝し、神は人の営みに目を向けるようになりました。
しかし、それから500年が経った頃、人々は再び戦争を始めてしまいます。
また世界が荒廃してしまう、そう思った神は、戦争を止めることにしました。
神の説得により、人々は戦争を止めました。しかし、神は戦争が再び起こってしまったことを重く受け止め、戦争が起こらない世界に変えることにしました。
神は、人が争うのは優しい心が少ないからだと考え、優しい空気と優しい人を作りました。
優しい空気は世界を満たし、人々は優しい気持ちでいっぱいになりました。
優しい人は色んな形の人がいましたが、みんな優しい心を持ち、他の人を優しくしていきました。
こうして、世界は優しさに溢れ、平和な世界となりましたとさ。
「……はい!ここまでが神様の話ね?」
「お話上手だなー!」とホイミィが拍手を送ると、照れくさそうに笑ったリールーが、ホイミィの口にクッキーを運ぶ。
「優しい空気っていうのがトーマで、優しい人っていうのが……」
亜人、と言いそうになったリツトだが、差別用語っぽいと思い口曇る。
「そう。私達亜人のことよ~。優しい空気がよくトーマって分かったわね~!
やっぱり賢い! は~い、ご褒美のクッキーよ~」
ケモミミ美女にあーんしてもらい赤面してしまうリツト。
優しい空気がトーマに繋がったのは、ピヨ爺が言っていた「トーマを使いすぎると人間性を失う」から連想したからだ。
これが正しいということは、人間性の喪失とは、つまり優しくなくなる、ということだろうか?
それだとさすがに言葉が強すぎる気がするが、もしかすると「人間性」という言葉自体が、俺が把握している意味とは違うのかもしれない。
クッキーを食べながら難しい顔をするリツト。
それを心配そうに見つめるリールーに気付き、リツトがハッとする。
「ああ、ごめんなさい! 色々考えてました! 続けて下さい!」
「考えるのはすごい大事なことよ~。じゃあ続けるわね」
平和が何百年も続いていたある日、異界から世界を滅ぼそうとする敵がやってきました。
敵はとても強い力を持ち、人の戦士達は次々と倒れていきました。
そこで、神は世界を救うべく、別の異界から勇者を召喚する術を人に授けました。
人々がその方法で異界の勇者を呼ぶと、その勇者達は敵に対抗できる強い力を持っていました。
それから何百年と続く戦いの中、勇者達は次々と召喚され、また勇者達は子供を作り、次の世代へ強い力を残していきました。
勇者達は敵を追い詰めていきますが、敵の攻撃は激しくなり、討伐できない状態が続きます。
そこに現れたのが、不屈の勇者アダムスです。彼はとても強い力を持ち、他の勇者達を率いて戦いました。
戦争が始まって400年。遂にアダムス率いる7人の勇者は敵を討伐。
世界は永劫の平和を取り戻しましたとさ。
「っていう話よ~。異世界から来たリツト君の大先輩! ってところかしら~!」
語りを終えたリールーはリツトを茶化すと、少し残ったお茶を飲み干す。
「でもリツトは弱いからな! 俺が守ってやるぞ!」
「かあー! 昨日寂しいよ~って泣いてたホイミィちゃんがなんか言ってら~!」
「あっ~! それ言ったらダメなんだぞ~!」
ぷんすこと怒るホイミィを躱しつつ、リツトは過去に世界を救った先輩達へ思いを馳せる。
俺は理由もよくわからず、強い力を持たずに召喚されたが、強大な敵と戦わせる為に知らない世界に呼ばれ、強い力を持たされた彼らはそれをどう思ったのか。
ゲーム感覚で楽しくやれたのだろうか。それとも苦しんだのだろうか。
いや、きっと苦しんだのだろう。
勇者が次々と召喚された、というのは欠員が出たからに違いない。
縁もゆかりもない世界の知らない人の為、命を投げうつことを強いられた人がたくさんいたのだろう。
「リールーさんありがとうございました! そのアダムスとか勇者の子孫っていうのは、どこかにいるんですか?」
「ヴェネーディオに確か勇者の子孫の方が営んでるお料理屋さんがあったわ~」
「へえ~いつか行ってみたいなあ」
「すっごい高いわよ~?」
「あっ、じゃあいいです!」
「うふふ。あらもうこんな時間~。ピヨ爺さんも心配するだろうから、そろそろお開きにしましょうか~」
2人はお礼を言った後、荷物が干し肉から野菜や服に変わった荷車を押して、橙色に染まった帰り道を歩く。
荷車を押すリツトは、少し静かだった。
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