第七話 森での暮らしとハッピー世界
異世界生活2日目、リツトが目を覚ます。
寝室で2つ布団を敷き、リツトはホイミィは同じ布団で寝る恰好だったが、特に寝苦しさを感じることはなかった。
疲れがあったのも事実だが、幼い身体は夜更かしが難しい、ということらしい。
寝る子は育つってやつだ。まあいいんじゃなかろうか。
異世界初睡眠の感想を思い、一人頷いたリツト。
また、初なのは睡眠だけではない。
――異世界初の服。
ホイミィに服を貸してもらったのだ。
ホイミィの服は大きめで、少し大きいリツトでもゆるりと着れるサイズであった。
デカくなれよ!というピヨ爺のメッセージが込められているとかどうとか、ホイミィが嬉しそうに語っていたのは昨晩の話だ。
顔でも洗うか、と身体を起こしたリツトは、足辺りにグッショリとした感覚を覚える。
まさか漏らしたか!?とガバッと毛布をめくる。
布団は中々広範囲に濡れ、布団に接したリツトのズボンも濡れていた。
水の発生源を辿ると、それはホイミィであった。
見た目は子供でも中身は20才を超えているリツトは、自分がおねしょをしなかった事実に胸を撫でおろした。
あっ、ホイミィかあ~。良かった~。
あっぶねー!この年で漏らしたかと思った!
ほんとよかった!
――いやよくない!
リツトは「ホイミィの兄ちゃん」という役職を与えられている。
その場合、今すべきことは「自分じゃない」と安心することではなく、兄としての行動なのである。
兄弟がいなかったリツトはこういったアクシデントに対処した経験がなかった為、
国民的アニメの魚介系の名前を与えられた兄妹、カ〇オとワ〇メにあてはめて考えることとする。
詳しく言えば、2人の関係ではなく、彼らが彼らの甥タ〇ちゃんに接する場合、どのような対応をするだろうか、という点を考察するのである。
そして、その行動が放映された場合、視聴者はどう思うか。
それの炎上しない方を選択し、行動へ反映することとする。
この場合、タ〇ちゃんがおねしょをした事実を知った2人はどうするか、という話になるのだが、ワ〇メは正義感が強く嘘を言えない少女である。
問題が発生すれば糾弾し、一家全員に報告するだろう。
するとどうだ?タ〇ちゃんの意識には恥と罪の意識が根強く残り、それはいずれ世界に対する憎悪となるだろう。
視聴者は憤慨し、サジェストは「ワ〇メ 魔女狩り」とかで荒れる。
ならば、カ〇オはどうだろう?彼は小手先で物事を捌く力が長けている。
おそらくは何らかの打算を踏まえ、ごまかす策を練ってタ〇ちゃんに協力をするものの、それがバレてしまい、ゲンコツを食らって「とほほ」るだろう。
以上2案を検証したが、結論として両方無しだ。
ワ〇メ案は炎上する。それに正義感に囚われる年齢ではないのだ。
嘘も方便、優しい嘘をつけるのが大人なのだ。
カ〇オ案は最悪の場合死ぬことになる。相手が普通のおじいちゃんならいい。
しかし、今回相手どるのはピヨ爺だ。ゲンコツなんてされた日にゃ、木端微塵になる。
リツトは散々脳内シミュレートをした挙句、おねしょに気付いてない体で普通に起こす事にした。
「ホイミィ?起きて?」
「んん。うん」
「起きてホイミィ。朝。ポーイ鳥も鳴いてらあ」
目をこすりながら身体を起こすホイミィ。
しばらく「うんうん」と空返事をしていたが、ようやく自身の下半身にある違和感に気付く。
「あ……」
「ん?ああ、なんか濡れてるな?水でもこぼしたんかな?布持ってくるな!」
リツトは、知らない体を貫きつつ、布を取りに行く。
「布持ってきたぞ!よっし拭くか!」
知らない体をすることでホイミィが誤魔化せるスキを作りつつ、布で拭くというタスクを与えて冷静にさせ、事なきを得るよう誘導する。
仮にごまかしがバレてもホイミィには強く怒るまい。
リツトは編み出した作戦に自信があった。
――この策で我が弟、ホイミィを救ってみせる。
「あっちゃ~!またおねしょしちゃった!」
「え!?あ、ああ~!おねしょだったんだなー!でもだいじょ」
「あーあ。布団洗わないとだな~!」
「え?」
「ピヨ爺~!おねしょしたから布団洗ってくるぞ~。」
「う~い」
「え?」
困惑するリツトをよそに、ホイミィはさも日常のように布団を抱えて出て行った。
……え?
異世界生活2日目が幕を開ける。
*****************************************
ピヨ爺とホイミィは、毎朝ミーティングをする。
当日の行動予定、不足物品等の情報と供給予定、連絡事項あれば、といった感じの内容を、ゆるりと行うことが日課となっていた。
本日からは新たなメンバーのリツトを加え、それは朝食の後に行われる。
「ワシは森へ狩りに行くぞい。晩飯は肉じゃ!腹空かせとけよ」
ふぅ~!と歓声が上がり、ホイミィが続く。
「俺は村に遊びに行ってくる!リツトを紹介しないとだからな!」
「え、村あんの?」
てっきり俗世を離れる為に森で暮らしているのだと思っていたリツトは、村という集団生活を思わせるワードに過敏な反応を見せる。
「え?あるぞ。せっけんとか野菜とか交換してもらったりしないとだからな!
牛と鶏もいて、ちょっとだけ臭いけど、色々あるんだ!」
疑問にすら思っていなかったが、こんな森で生活している割に、せっけんやら食器やらの明らかな加工物があるのはそういう理由があったのか、と今にして思うリツト。
「マジか!行きたい!」
「決まりじゃな。じゃあ2人で行ってこい。遅くならんようにな」
「「はーい」」
「あーそうじゃった。ホイミィ。表の干し肉を持っていけ」
「分かった!リール―にあげたらいいのか?」
「そうじゃ。量が多いから気いつけてな。あと、リツト」
「なに?」
「人前で脱ぐなよ」
「露出狂と思われてる!?」
「がっはっは!じゃあ解散!」
リツトに露出癖の気があるのかはさておき、ピヨ爺は狩り、リツトはホイミィと一緒に村へ行くことになったのであった。
リツトはピヨ爺に言われた干し肉を荷車に乗せ、
「いつもはこんなに持てないから助かるな!」と笑顔なホイミィと並んでぼちぼちと歩き出す。
「村ってどんな種族の人がいるの?」
沈黙が苦手なリツトは早々と話題をもちかける。
ただ、適当な話題という訳でもなく、知らない亜人に驚いたりして反感を買わないよう事前に情報を得たい、という目的がある。
なんの情報もなく村に行ったら村人がドラゴン人間でした!なんてことがあれば卒倒間違いなしだからだ。
徐々に慣れていきたい為、情報があったとしてもがっつり異形系は勘弁願いたいリツトは、やや警戒気味にホイミィの回答を待つ。
「ん~。ビーストかなあ?あっビーストっていうのは動物の耳としっぽがある人のことな!
色んなのがいるんだ!小っちゃい耳とかおっきい耳とか!」
――ビーストっていうのはいわゆる獣人か?
でもニュアンス的には動物の耳としっぽがついてる以外はほぼ人間のようだ。
ネコミミの可愛い女の子とかもいるのだろうか?
もしいるならお茶でも誘ってみようか、などとやや鼻を伸ばすリツト。
手で耳を作ってみせるホイミィにもしっぽが生えているな、と思ったリツトは素朴な疑問をぶつける。
「へ~。ホイミィはビーストっていうのとは違うの?しっぽ生えてるよな?」
「ん~」と少し考えた後、ホイミィが、
「違うみたい!ビーストはビーストから生まれるけど、俺は魔獣から生まれたから!」
ホイミィが「ヒヨコ水の亜人」という名乗り方をしていたことから考えても、ビースト種族は魔獣がルーツではない、ということなのだろうか?
となると魔獣がルーツのホイミィは珍しい人種なのかもしれない。
魔獣から生まれたホイミィはビーストから差別を受けたりしてるんじゃないだろうか?
ホイミィがイジメられていないかが心配になってきたリツトは、ホイミィに嫌がらせをする脳内ビーストをタコ殴りにしながら、「色々いるんだなあ。」とぽやっとした返事で誤魔化す。
「みんな優しいから怖がらなくてもいいぞ!俺がちゃんと紹介してやるから、任せとけ!」
ホイミィはリツトの不安を察してか、小さな身体で胸を張る。
ホイミィの表情をみるに上手くやっているようだ。
人種差別はリツトの世界でも、作品の中の世界でも根が深く、解消されていない問題であった。
「違う」と優劣を決めたがる人がどうしても出てきてしまう。
これから行く村では大丈夫だったとしても、ホイミィに嫌がらせをする人は今後現れるかもしれない。
そういう時は俺が守ってやらないと。
「おう頼りにしてるぜ兄弟!」
「兄弟! ふふふ! 任せろ兄弟!」
ホイミィは「兄弟」という言葉を気に入ったようで、それを噛み締めるように度々口にするのだった。
家を出て体感20分ほど、村についてのレクチャーを受けながら歩いていたリツトは、ニコニコする花が咲いているのを目にする。
ニコニコする花――それは初日、リツトがヒツジ?と共に旅をしていた頃、路傍に咲いていた奇妙な花と同じものであった。
花弁の中心に顔があり、ニコニコと揺れているのが特徴。
「……」ニコニコ
迷子の時にホイミィが歌っていた「森の歌(作:ホイミィ)」によると、ファンシーパンジーという名前らしい。
それっぽい名前!パンジーかどうかはさておき、というところではあるが。
リツトがファンシーパンジーを指さして、
「これ、不気味だよな~。苦手だわ。なんで顔あるの?嫌なんだけど」
「そうか?あっ!面白いから見てて!」とホイミィがファンシーパンジーに近づくと、
花のニコニコとした表情が一気に皺くちゃ苦労人の顔になり、可能な限り顔を遠ざけようとその茎を逸らした。
「うっわ……」
見てられないほどに苦悶の表情を浮かべるファンシーパンジー。
満員電車でたまに見る顔だ、と気の毒になったリツトは、花ににじり寄るホイミィを下がらせる。
「ちょっと止めてあげよ? ……なんでこんなことになんの?」
「こいつ魔獣なんだ! だから魔獣除けが効くんだってさ!」
ホイミィが首から下げる緑の石「魔獣除け」。
こいつがあれば魔獣が寄ってこなくなるらしく、動けないこいつらは離れる代わりに嫌がる、ということのようだ。
ホイミィが森をある程度一人で出歩けるのはこの緑の石のお陰であり、だからこそリツトはホイミィと出会えたのである。
そのおかげでリツトはこうして服を来て人としての生活を送れているのだと考えると、魔獣除け様様である。
リツトはホイミィの胸元に光る緑の石に手を合わせると、すたこらとファンシーパンジーの元を離れるのだった。
それから少し歩いて森を抜けると、村が見えた。
村に入って最初に目につく看板に書かれた文字は読めなかったが、ここはアルケ村、という名前らしい。
字も勉強しないとな、なんて考えながら、リツトは村を見渡す。
村の規模はそこそこ大きいが、家の数からして暮らしているのは2~30人くらいだろうか。
農業を営んでいるようで、村には大きな畑がちらほらあり、それが村の大きさをかさ増ししている。
また、ホイミィの言っていた通り牛や鶏がそこかしこで鳴いており、糞尿の臭いが少し漂う。
村の入口から真っすぐに走る道を数分歩くと、目的のリールー家に到着する。
ホイミィがドアをノックし、「リール―! お肉持って来たぞー!」と元気な挨拶。
家の中からはーい、と屋内を反響したこもった声が聞こえてくる。
扉が開くと、そこにはケモミミお姉さんが立っていた。
「いらっしゃいホイミィ。あら~! お友達連れてきたの?」
柔らかな表情を浮かべるケモミミお姉さんはすぐさま見慣れない黒髪の少年に気付き、驚きの声をあげた後、笑顔を見せながらホイミィに問いかける。
「友達じゃなくて兄弟! 昨日からだけどな! 兄ちゃんのリツトだ! 森で全裸で寝てたんだ!」
「その言い方だと変態だ! ってなっちゃうよ? 第一印象メチャクチャではじまっちゃうから!
……まあ事実ではあるけれども!」
リールーの柔和な雰囲気に垣間見る熟した色気に見惚れていたリツトだったが、隣の純真が意気揚々と痴態を暴露するのを慌てて止めようとする。
しかし、紛れもない事実であると告白してしまうリツトを見たリールーが、
「リツト君、ホイミィの変態お兄ちゃんね。覚えたわ~」
「さっそく嫌なあだ名つけられてる!? ……普通のリツトです! 昨日からホイミィのところでお世話になってるので、宜しくお願いします! リール―さん!」
「冗談よ~。宜しくね。それにしてもすごい丁寧! かしこいわね~」
リツトの頭をよしよしと撫でるリールーと、子ども扱いに慣れず少し赤くなるリツト。
それを誤魔化すように、
「異世界から召喚された中身は大人の子供ですから」
「あらそうなの~。世界を救いにきてくれたのかしら?」
「ええその通りです。まあ今すぐとはいきませんがね!
いずれ強くなって皆を守ってみせますよ!」
「頼もしいわね~。でも大丈夫! こわーい敵はもう勇者様がやっつけたから~」
「え、勇者? 勇者いるんですか?」
「ん~? いる、というよりはいた?400年も前の話よ~。
400年前に、7人の勇者様が世界を救ったのよ~。
ダメよ?ちゃんと歴史も勉強しなきゃ!」
「はははっ。すいません。歴史はちょっと苦手なので……」
自分が召喚者であることを信じてもらえてないことより、リール―の話すこの世界の歴史に衝撃を受けたリツトは苦笑いする他無かった。
400年前に世界を救った7人の勇者がいて、もう敵はいない!?
ハッピー世界じゃん!なんで召喚されたんだ……?
世界に一人召喚された男には、強い異能やヒロインだけでなく、敵すらも用意されていなかった。
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