第六話 リツトと家族
――ホイミィの性別を確認する。
突如始まった異世界生活。
華やかな未来を想像するリツトにとって、激かわヒロインの発見は至上命題ともいえる重要度だった。
みてくれは天使のように愛らしいホイミィは、果たして「リツトの大冒険」のヒロインたりえるのか。
それを確認すべく立ち上がったリツトは、とても入浴するだけとは思えないほどの気迫を纏い、せっけんを握りしめる手には決意がこもる。
リツトは己の汚れた全身を荒々しく叩き洗っていく。
その様はまるで灼熱の炉で刀を鍛える刀匠が如く。
頭から湯を被り、長い息を一つ。
気分は9回裏ツーアウト満塁。
意を決したように立ち上がると、リツトは真っすぐ浴槽という名のバッターボックスへ向かう。
その時だった。
―――倫理。
研ぎ澄まされた脳内にフッと湧いた言葉である。
倫理とは、踏み外してはならぬ人の道のこと。
瞬間、リツトは我に帰る。
ハッ!?
何故俺はホイミィの身体を見ようとしていた!?
あいつがヒロインかもしれないから?
もし女の子だったらどうした!?
口説くのか!?「一緒にパピ〇食べない?」とでもいうのか!?
パ〇コ半分コして、「大人になったら結婚しようね!」とでもいうのか!?
―――否!!我、ロリコンに非ず!!
小さくなった身体に精神が引っ張られてるとでもいうのか?
ツラが良い子供に心惑わすとは一生の不覚!武士の恥である!
異世界という非現実にあてられ大事なことを見失うところであった!
日本男児たるもの、性的対象とせしははち切れんばかりのいとでかきおっぱいのみ!
爆乳を愛し、爆乳に愛されたかった男、それが俺、コミヤマリツトである!
「爆乳を目指せ!」これが、コミヤマリツトがコミヤマリツトたりえる信念である!
リツトは自身の顔を力いっぱいに叩き、精悍な顔つきでピヨ爺の元へ歩み寄る。
「ホイミィって女の子?」
だが念の為確認!!他意無し!!
「違うぞ。であれば放り出しとるお前のちんちんを引き抜いておるわい」
「ヒエッ」
「さっさと風呂入らんか!」
リツトは尻をひっぱたかれ、いそいそと石の浴槽へ向かう。
リツトは切り替えの早い男だ(切り返して戻ってくることもしばしばあるが)。
ホイミィの性別に関心を無くし、年の離れた弟くらいの感覚で接することにした。
石の浴槽は、キッチンと同様に巨石をくりぬいた物。それにどこかから持ってきた湯を張った簡単な作りだった。
ホイミィが既に入っていたが、足を曲げればリツトが入っても少し余裕があるくらいの大きさだった。
「くらえっ!」ピュッ!
「うっわあ!なんだよ~!それどうやるの?」
リツトが手で作った水鉄砲でホイミィを攻撃すると、ホイミィが喜々と興味を示す。
「こうやってな?手の中に空間を作る感じで……こう!」ピュッ!
「うわあ!ははは!またやったな~!!ん~と、こうやって……」
ブッ
ホイミィが屁をこいた。
「屁え、出た!」
「いや、ガサツゥー!!!」
「「ははははは!」」
楽しそうに笑う子供2人を見守る老人が、
「まあ、男でもないんじゃがな」
とぽつり呟いたが、草木たなびく夜闇に紛れていった。
****************************
リツトはホイミィと一緒に数を数えて入浴を終え、遠慮がちに玄関をくぐる。
「お邪魔しま~す」
「ゆっくりしてけ!」と歯を見せるホイミィに笑顔を返すと、ざっと内観を見渡す。
内装は質素、という他ない。
外装と同様に乱暴に切られた木の床は、名店のタレが如く繰り返し継ぎ足しされた跡がある。
玄関正面の部屋には中心に手作りと思しきちゃぶ台が置かれ、足元には獣の毛皮が敷かれている。
――変な色だ。触って大丈夫かあれ?
リツトはその黒がかった緑の毛皮にかぶれる可能性を感じる。
ちゃぶ台の奥にはあるのはキッチン。
平らな石を並べた床に中心をくりぬいたような石が置かれており、その上に鉄網が敷いてある。
毎日バーベキューじゃん!と都会育ちのリツトは目を輝かせる。
そのほか、鉄製の調理道具が床の木箱に乱雑に積まれている。
入って左手には布団が並べられた寝室。
部屋はその2つのみのシンプルな作りであった。
素朴で質素で荒々しい、そんなホイミィの家でとりわけリツトの目を引いたのが、天井からぶら下がる石だ。
それは光を放っており、内部を暖かく照らしている。
ピヨ爺が家に近づいた時に光っていたのはおそらくこれのことだろう、と推測したリツトが、
「これ何?」
「それは魔動石じゃ。トーマを送ってやるとこうして光るんじゃ」
マドウセキ、というのはなんとなく分かったリツトだが、聞きなれない『トーマ』との単語にハテナを浮かべる。
「あー。トーマっていうのは、魔法の源のことじゃ。
空気中に漂ってるものなんじゃが、人や物にもトーマが流れておってのう。
それを使って魔法を出したり、こういう魔動製品を動かしたりするんじゃ」
ピヨ爺はそう言って石のグリルの中心にある赤い石を見せると、その石からたちまち火が起こる。
「すげえ!ほんとに魔法みたいだ!」
リツトが歓喜する横で、ホイミィが何故か自慢気に鼻をこする。
「あっ、お前のエビ臭もトーマを使っているじゃろうから、使いすぎるなよ?」
「エビ臭て!嫌な名前!……使いすぎると倒れるとか?」
「いや、人間性を喪失する」
「……それは一体どういう?」
とても不穏な言葉が聞こえた気がした為、ズイと身を乗り出したリツト。
「まあ、普通に生きてて使い切ることなんてないから安心せえ。」とピヨ爺が制す。
それから立ちぼうけだったリツトは「座って待っとれ!」とピヨ爺に言われ、ちゃぶ台の傍に座る。
――毛皮は割と触り心地がよかった。変な色とか言ってごめんな。
リツトはキモ色毛皮に詫びた後、ぼーっと辺りを内観を見渡し、想像よりも寂しい感じだ、などと思いながら時間をつぶしていた。
その間、ピヨ爺は大きな体で窮屈そうにしつつ、鍋にエビやら何やらを入れたスープを作った後、見知らぬ魚を焼き、イモ的な何かをふかす。
ホイミィは桶に入った水で手をじゃぶじゃぶ洗った後、葉野菜のようなものをちぎって皿に並べている。
軽いかけあいをしながらニコニコと準備を済ませる2人は、血の繋がりなど些末なものである、と思わせるほどに家族の絆に満ちていた。
ホイミィからは確かな信頼が感じ取れ、ピヨ爺からは大きな愛情を感じる。
体格差のある全く似てない二人は、しっかり「親子」だった。
ホイミィがいい子なのはこういう生活が積み重なってのものだろうな、と偉そうに頷くリツト。
ピヨ爺が声をかけてホイミィが皿に料理をよそい、てきぱきとちゃぶ台に配膳する。
手を合わせ、「いただきます!」と元気よく言う2人に、少し遅れてリツトが続く。
思えば異世界初の食事だ、とリツトは自然と笑みが零れる。
一さじ口にして、味は全体的に少し淡泊だ、などと考えていたリツトだったが、
「……うま」と口が勝手に呟く。
それを見た2人はニコニコとしながら食事を口に運んで行った。
リツトもまた、なんだか歯が浮くような感覚を覚えつつ、料理を味わうのだった。
「ホイミィ、リツトといると楽しいか?」
一足先に食事を終えたピヨ爺が切り出す。
「楽しいな~!変なやつだけど面白いぞ!エビの匂いも出せるしな!」
「そうかそうか!がっはっは!そうじゃなあ!こいつは面白いなあ!!!」
ピヨ爺は嬉しそうにホイミィの頭を撫でる。
「リツト。行くところ無いんじゃろう?なら一日と言わずこの家で暮らすといい。
ワシが色々教えてやろう」
「え?」
突然の申し出に硬直するリツトの頭をガシガシと撫で、ピヨ爺がニカッと笑う。
「今日からお前はワシの息子じゃあ!」
ホイミィが短いしっぽを振リ回しながら、
「え、リツトが家族になるのか?」
「そうじゃ。新しい家族。お前の兄ちゃん的なアレじゃ」
――家族
リツトにとっては家族とはすでに失ったものだった。
家族になれ、という老人の提案にいまいちピンと来ない。
「リツトが兄ちゃん~?俺が兄ちゃんじゃなくて?後から来たのに~?」
「そうじゃ!お前より背が高い!」
「それだけかよ~!まあいいけどな!」
――会って間もない2人だ。それが家族?
リツトは飲み込むことが出来ずにいた。
「どうじゃリツト?悪い話ではないじゃろう?」
だが、目の前で笑う2人を見ていると、まあそれもアリか、なんて気にさせられてしまったリツトは、短く笑った後、了承の意味を込め、2人に抱きつく。
「よろしくなあ~!ホイミィ~!ピヨ爺~!」
「お前え!全裸でホイミィに抱きつくな!この馬鹿モンがあ!!」スパァンスパァン!!
「あははは!!よろしくなあ~リツト~!」
リツトの異世界での生活が始まる。
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