第五話 赤尻と赤顔


「うちのホイミィに何見せてくれとんじゃ!!このド変態が!!」スパァン!


「はあああああん!!!」


 リツトはまだ全裸だった。四つん這いにされ、デカい高齢者に尻を叩かれていた。


 ピヨ爺は、愛するホイミィが全裸の男を連れてきたことに動転し、一心不乱で尻に平手打ちを叩き込む。


「はははは!」


 ホイミィはこの光景が面白かったらしく、さっきからずっと笑っている。


「このっ……ド変態があ!!!」スパパァン!!


「はあああん!!!」


「この変態が!このド変態が!」スパァンスパパァン!


 え?いくらなんでも叩きすぎじゃない?もうよくない?

 とりあえず服を着せるべきじゃない?


「あっはっは!!!」


 ホイミィ凄い笑ってる。手叩いて笑ってる。

 やっぱいい子じゃないんじゃない?ピヨ爺もそろそろ叱るべきなんじゃない?


「変態が!」スパァン!「あそれ変態が!!」スパァン!


 ダメだ。ホイミィが笑うから嬉しくなっちゃってる。ただの親バカだ。


「ちょっと待って!!やりすぎやりすぎ!話聞こう?一旦やめよ?」


 リツトがあまりにも長い折檻に叫ぶ。

 尻は真っ赤だ。羞恥心で顔も真っ赤だ。


「あ……」と2人はやっと冷静になり、


「……ごほん!ホイミィ。濡らした布巾を尻に当ててやれ」


 赤くなった尻を見たピヨ爺がばつが悪そうにそう言うと、ホイミィは魚が入ったかごからドロドロの布巾を取り出し、川にザっと浸けてリツトの尻に乗せる。


 ……くさっ!嫌なんだけど?もっと他に布なかった?


「ごめんなあ。リツト。でも一番面白かったぞ!こんなに笑ったの久しぶりだぞ!」


「あ、ああ。それはよかった」


 ホイミィの笑顔に怒る気を失うリツト。


「すまんのう!楽しくなってしもうた!ワシはピヨ爺と言う。ホイミィの保護者じゃ」


 ピヨ爺が少年のように笑う。

 この親子は笑顔がよくて困る、と笑ったリツトは、全裸で尻を叩かれ、笑いものにされたことを一旦置いて、挨拶に応じる。


「リツト、といったか?異世界から、というのは本当かのう?」


 正直に答えていいものだろうか、と一瞬躊躇したリツトであったが、情報収集の為、と正直に話すことにした。


「そうです!日本という場所から来ました!」


「……そうかそうか!がっはっは!それは難儀じゃったのう~」


 ピヨ爺はリツトの頭をやや乱暴に撫でて笑う。

 その信じているような、そうでもないような反応に、なんとなく違和感を覚えるリツト。


「異世界召喚者のお……。異世界召喚者はこの世界に生まれ落ちた瞬間から、強大な魔力、強靭な肉体、特殊な『異能』を持つと言われておる。おぬしは何が出来るんじゃ?」


 異世界召喚者、という言葉が出てきたことにリツトは驚く。

 先ほどの反応からして、他にもいる、ということなのだろうか。


「『いのう』ってあれか?あれのことか?」


 2人がそれぞれの思いで期待の眼差しをリツトへ向ける。


 それを一身に受けたリツトは一瞬迷ったが、力を込め、指先からエビの匂いを発する。


「こ、これです……」


「……ん?」


「この焼いたエビみたいな匂いが俺の『異能』です……」


「……ぶっ」

「ぶははははははは!!!あっはっはっはっは!!!ブフオッ!ヒィ~ヒッヒ!!ヒエエ~!」ドンドン


 ピヨ爺は涙を流しながら床を叩き、笑いを盛大にぶちまける。


 このジジイぶん殴ってやろうか。でも気持ちは分かる。前フリが利きすぎてる。

 これまでの異世界召喚者が培ってきた栄誉と勲章の全てが前フリになってるんだもの。

 エビの匂いて。ギャグじゃん。キレそう。


 リツトは老人の爆笑に理解をしつつ、怒りと虚しさが脳を支配する。


「すごいだろピヨ爺!焼いたエビの匂いなんだ!!すっげえよな~!」


「ピィエエエエ!!グモォ!!ブフブッ!ブッハッハ!!!」


「笑いすぎだろ!俺だってビックリしてるんだから!慰めの言葉一つくらいないのかよ!」


 リツトは顔を真っ赤にして叫ぶが、


「だってなあ、エビて!エビって……ブフッ!ピィ~ピッピ!!!」


「あ~もう好きなだけ笑うがいいさ!」


 依然笑い続ける老人に遂に匙を投げた。


 ピヨ爺はしばらく大笑いしていたが、徐々に落ち着いた様子でリツトに問いかける。


「ふう。……リツト、これを使ってどうなった?」


 リツトはその問いかけに当時を思い出し、

「えーと、ヒヨコ水が飛びついてきた。……あとホイミィが寄ってきた」


「ふむ……」


 ピヨ爺が考え込むのを見たリツトは、


 初対面の人間のことを真剣に考えてくれている。悪い爺さんではなさそうだ。


 とバカにされたことを水に流す。


「ふむ、これは『魔獣寄せ』かも知れんのう」


「『魔獣寄せ』?」


 聞きなれない単語に怪訝な表情を見せるリツト。


「異世界召喚者は特殊な『異能』を持つと言ったじゃろう?『異能』とは基本的には革新的な力のことじゃ。

 それがただエビの匂いを……ふふっ、だ、出してブッ!!出すだけ、なんてワケ無いんじゃよ。ぐぶっ!

 まあある意味それも革新的じゃがな!!!ブッハッハッハ!!!ヒィ~!!!」


「こんのジジイ!バカにしやがって!!悪い爺さんか!?やっぱ悪い爺さんなんか!?」


「ブハハハハハ!ブポッ!!……ハァ~。すまんかったのう。

 じゃから念の為じゃ。魔獣を引き寄せる能力と思っといた方が良いのう」


「そっか……」


 ――魔獣に狙われる力


 ……危なっ!!


 囮になる以外使い道無くない!?異世界まで来て囮になれってか!!!?

 ……封印しよう。二度と使いません。


 どうやら非常に危険なことをしていたらしいと気付き、リツトは異世界特典パワーをそっと胸の奥にしまい込む。


「でも、この森ってヒヨコ水以外の魔獣もいるだろ?なんであの時はヒヨコ水だけだったんだ?」


 リツトは使用時の状況を思い出し、可能性に縋る。


 もしかしたらただのエビの匂いかもしれない。

 まあそれでも期待外れなことこの上ないのだが、危ない能力は御免だ。


 するとホイミィが元気に手を挙げる。


「はい!それはこの『魔獣避け』のお陰だぞ!」


 ホイミィが首から下げていたペンダントを見せる。ガラス玉に文字が書かれているようだ。


「魔獣除け?」


「その通りじゃな。ホイミィはえらいのう~」


「へへへ。そうかな~」


「『魔獣除け』というのは魔法を込めた魔石のことでな。これがあれば周辺に魔物が寄ってこなくなるんじゃ」


「へ~。ヒヨコ水は?」


「ヒヨコ水も魔獣じゃから基本的には『魔獣避け』の対象になるが、『魔獣避け』はいわゆる嫌悪の魔法でな。

 魔獣に本能的に近づきたくないと思わせる、というのが魔法の効果なんじゃ。

 じゃから『魔獣避け』が怖いものじゃないと理解した魔獣は平気になってしまうんじゃ」


「あいつらはピヨ爺と会う前に俺と一緒に暮らしてたって言っただろ?だから俺がお守り持ってても平気なんだ!」


 だからあの時ヒヨコ水だけが寄ってきたのか、と頷くリツトであったが、ふと思いついたことがあった。


「じゃあもし、ホイミィが周りにいない状態で『魔獣寄せ』を使ってたら……」


「いまごろ魔獣の胃袋じゃな」


「……こっわ!!!!あ゛り゛がと゛う゛ホ゛イ゛ミ゛ィ゛!!!!お前は命の恩人だあ!!」


 リツトは安堵のあまり泣きだしてしまった。


「泣くなよ~!でも良かったな~!」


 ホイミィはニコニコしている。もうガサツとか性別とかどうでもいい。最高にいい子だ!


 リツトはヒロインだなんだと些末な事に惑わされた己を悔い改め、目の前の純真への感謝を嚙み締めた。


「よし。まあこんなところで話していてもなんじゃからのう。帰ってメシにするか!」


「うん!今日のご飯は何?」


「お客さんがいるからのう! ご馳走じゃあ!」


「「フウ~!」」


 ホイミィは小さなしっぽを揺らして小踊り。ピヨ爺がそれにつられて大きなケツを振り回す。


 変な親子だ……とリツトが傍観していた時、ホイミィが手を取る。


「リツト!ついてきて!」


 ホイミィに手を引かれ、異世界生活初日のゴールへ向かう。


 体感で十数分といったところ、依然として木々に囲まれた森の中であったが、

 「ついたぞ~!」と元気なゴール宣言がホイミィから発される。


「ここ?」


 その蒼い視線を辿ると、そこには夜を落とした小さな建造物があった。

 ピヨ爺が近づくと、それにポヤっとした明かりが灯り、全容を映し出す。


 それは、木小屋だった。


 並べた石の上に乗っているのは乱暴に切った木を乱暴に打ち付けた壁と屋根。

 地面と玄関は丸太を並べた階段で繋げられ、そこを登ると木の扉にぶち当たる。


 ピヨ爺が木の扉についたノブを引く。

 扉はミチミチと音を立てるが、開かない。


「んむ。またか~」


 ピヨ爺はハア、と溜息をつくと、幹のような腕に力を込め、ノブを握りしめる。

 すると、ドアがメシャンコと音を立て、木片の乗った風を纏わせながら小屋から引き剥がされる。


「ええ~!?何やってんの!?ドア壊れてんじゃん!?」


 リツトは、老人がその所有する不動産をさも当たり前のようにぶち壊す様に狼狽する。


「ただいまー!」


「おう、おかえりぃ」


 ドアの無くなった玄関をくぐったピヨ爺にホイミィが続くと、帰ったばかりのピヨ爺が出迎える。


「お前も帰ったばかりやろがい!」などのツッコミが欲しいのか、家の中の2人がリツトを見つめる。


 しかし、リツトはそれどころでは無かった。


 ドアめしゃんこが強すぎる!

 そのあとにどんなボケされても無理よ!?


 大サプライズの後の小ボケにツッコむ余裕がないリツトは、へへへ、と苦笑いでその場を凌ぐ。


 そのままの流れで玄関をくぐろうとすると、


「身体をまず洗わんか!いっつもドロドロになりおって~!」


「へへへ~」


 あきれた様子のピヨ爺が、ドロドロに自慢気なホイミィを抱えて出てくる。


「ほれ、お前もじゃ!まずは風呂!」


 ピヨ爺に言われるがまま後を着いていくと、リツトは屋根のついた空間に辿り着く。

 そこには石で作られた小さな浴槽があり、お湯が張られていた。


 すぐさま服を脱ぎ、浴槽に飛び込もうとするホイミィを捕まえたピヨ爺が、

「お前は洗ってからじゃ!」と湯をかける。


「あははは!」と笑うホイミィは、せっけんを泡だてて身体を洗いだす。


 その時、リツトの脳内は一つのことでいっぱいだった。


 ―――これは、ホイミィの性別を知るチャンス!!


 ヒロインかどうかなど些末!と息まいていたリツトは、実はホイミィヒロイン説を諦めていなかったのだ。


 既にホイミィの圧倒的なガサツさを忘れたリツトは、始まる異世界生活に華を添えるべく、大きな期待をもって異世界初入浴に臨むのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る