第四話 ホイミィとピヨ爺
「ここ、どこだろうな~?」
「う~ん。知らね。この森初めてだから俺。森っていうか、この世界」
リツトの申し出によりホイミィの家を目指して歩き出した2人は、ホイミィの先導によりずんずんと森を進んでいた。
しかし、辺りが暗くなった頃、ホイミィが迷子だったことが判明。
とりあえず座ろう、と言い出したのはリツトだ。
こういう時は、歩き回ると余計にドツボにはまってしまうもの。
家を帰るヒントでも見つかればいいな、なんて事を考えながら、雑談をすることにしたのだ。
「……親御さんは?」
リツトは、一人でいる子供に対して誰もが考える疑問をぶつける。
藪蛇だったりすることもあるが、状況が状況である為、やむを得ない。
「親?ピヨ爺がいるぞ!」
藪から出たのは鳥頭の爺さんであったことに安堵し、
「ピヨ爺?お爺ちゃん?」
「ううん。ジジイはジジイなんだけど、お父さん?」
「う~んわからん。育ての親みたいな?」
「そう!それだな!育ての親!2人で住んでるんだ!」
「そっか。そのしっぽはあれ?なんかそういう種族?」
ホイミィは「これか?」と短いしっぽを振って見せ、
「俺はヒヨコ水の亜人なんだって、ピヨ爺が言ってた!」
亜人…ニュアンスは大体分かる。
いわゆる獣人とかエルフとか、そういう人ならざる特徴を備えた人のことだろう。
ヒヨコ水の亜人、ということはさっきの「鳥みたいな杏仁豆腐」の人バージョン、ってことだろうか。
確かに面影はあるようなないような。白い髪や肌はそこから来ているのだろうか。
そういえばヒヨコ水にも小っちゃいしっぽが生えていたな。
だからケモミミがなくてしっぽがあるのか、なんて一人納得するリツト。
どうやって交配したのかとか?
他にもそんな人がいるのか?
リツトには聞きたいことがたくさんあったが、センシティブな内容かも知れないと控えることにした。
「へー、だから友達って言ってたのか。だいぶ慣れてる感じだったもんな」
リツトは川で出会った際のホイミィの様子を思い返す。
ヒヨコ水に小エビを配って回る様子はとっても可愛らしかった。
「うん。元々あいつらと森で暮らしてたんだけど、
ピヨ爺が拾ってくれて、それからは一緒に暮らしてるんだ~」
ホイミィははじめは元になったヒヨコ水と暮らしていた、ということは人の親がいないということだろうか?
魔物が突然変異によって人の姿となった、ってところか……?
ひとまず考察はそこまでとしたリツトが、
「ピヨ爺、心配してるんじゃない?」
「うん。だから早く帰らないとダメなんだけど……。ぐすっ」
さきほどまで元気にしていたホイミィだったが、ピヨ爺の顔を思い寂しくなったのか、泣き出してしまった。
ぐすぐすと鼻から水音を鳴らし、蒼い眸が波に揺れ、ポロポロと涙を落とす。
完全に迂闊だった。いくらわんぱく元気でも、この子は子供なのだ。
安易に親の話題を振りすぎた。この子が泣いたのは俺のせいだ。
リツトは自身の配慮無き言動を大いに反省する。
「よ、よーし!じゃあ急いで帰ろう!
俺考えたりするの得意なんだよ!
そういえば川の上流から来たって言ってたよな?」
リツトは泣く子供をあやす経験が無い。
泣き出してしまったホイミィをこれ以上不安にさせまいと、とりあえず声を大きくし、より元気に、大袈裟に振舞って見せる。
「ぐすっ。う゛ん」
ホイミィは小さく頷く。
ホイミィは川で魚を取っていた、と言っていた。
老人と2人暮らしの小さな子供がどこかしこに自由に行けるとは考えづらく、おそらくは彼女?の親、「ピヨ爺」によって行ってもいい範囲を決められていたはず。
となるとホイミィが元いた川は範囲内で、俺と会った場所は範囲外だった、と考えられる。
わんぱくだが基本的にいい子であるホイミィがルールを破ったのは、今日この森がいつもと違ったから。
つまり俺がエビの匂いを出してしまったからだ。
意図せず起こった事態ではある。しかし、リツトは罪悪感を感じずにはいられなかった。
絶対にこの子をピヨ爺の元へ送り届けよう、と固く決意するリツトであった。
「じゃあまずは元いた川に戻ろうか。
それから上流に向かって歩いていけば、魚を取ってた場所までいけるんじゃないかな?」
「でも、暗いからよく分かんないかも・・・。」
先ほどまでの元気はどこへやら、ホイミィは消え入りそうな声で応じる。
「大丈夫!ピヨ爺が探しに来てくれてるかも知れないだろ?ほらっ、元気出して!行くぞ!」
リツトはホイミィの手をとり、元来た道を歩きだす。
ホイミィの不安に揺れる手をギュッと握ると、同じ力で返ってきた。
絶対に守り抜いてやんぜ、やってやんぜ!と意気込み、リツトはずんずんと森を歩いていった。
――数分後
がささっ
「ヒエッ」
リツトは暗い森を完全に舐めていた。
月明かりのお陰で前後不覚にはならなかったものの、夜の森が醸す雰囲気は、物音や動物の気配、五感で感じる全てを恐ろしいものへと変えていた。
音がするたびビクビクするリツトを不安そうに見つめるのはホイミィ。
その視線を感じたリツトは大きい声で提案する。
「ホ、ホイミィちゃん?なんか、あの、アレだ・・・。
そう!歌!歌でも歌ってよ!俺この世界の歌知らないからさ!
歌おうよ!ハハハッ!歌ったら楽しいよ!」
ガクガクと膝を揺らして縮こまりながら歩く姿はあまりにも情けないが、姿形が子供なのが幸いし、怖いながらも妹を守るお兄ちゃん的な様相である。
実際は成人男性であるから恥ずかしい限りではあるが。
ホイミィは素直な子だった。
自分の手を引き前を歩く変な奴の提案を受け入れ、思いついた歌を口ずさむ。
「もーりに~はー……いーきも~の~がい~っぱい~……」
「あハイハイ!」
「い~きも~の~は、い~ろい~ろた~くさ~ん~……」
「ソレソレ!」
「あ~かくて~、お~っき~な~ポ~イどりぃ~」
「イイヨイイヨ!ッハ!あドンドンドン!」
ホイミィの謎の歌に合わせ、奇怪な相槌を打っていたリツトであったが、森の恐怖が彼の心を蝕み、急に楽しいスイッチが入る。
リツトは手首を直角に曲げて手のひらを上下左右に動かしながら、首を前後に動かす、珍奇なダンスを披露する。
「お~かお~がつ~いた、ふふっ、ふぁ~んしぃ~ぱあ~んじ~!」
「ドン!あドン!あソレソレソレソレ!」
「む~っつ~のあ~んよ~の、ぶっ、ふふ、あははははは!」
「んゴイッ!んゴイッ!んんんんん……ゴイッ!」
「あははは!なんだそれ!もうやめろ!ははははは!」
リツトはしばらく奇妙芸を披露していたが、ホイミィが大笑いしていることに気付く。
意図してやったことではなかったが、結果オーライ。
元気になったホイミィを見て暖かい何かがこみ上げるリツト。
「元気でた?」
「……でた!」
にっこりとホイミィが笑う。
「じゃあ元気出していくぞ~!」
「おー!」
2人は引き続き歌いながら、川を目指す。
しばらく後、川についた2人は、川に沿って上流へ向かう。
「あっ!」
少し歩いたところで、ホイミィが声を上げ、前へ走り出す。
「ここだ!俺が魚とってたとこ!」
ホイミィが指で示す先には、魚が入ったかごが置いてあった。
リツトは「クソデカヒントあるやないかい!」と言いそうになったが、グッと堪えた。
「……イミィ。ホイミィ~!」
かごを発見してすぐ、少し離れたところから野太い声が近づく。
「あ~っ!!ピヨじい~!!ごめんなあ~!」
ホイミィは声の出所で一目散。
「ホイミィ~!どこいっておったんじゃあ~!心配したぞお~!!」
ピヨ爺と呼ばれた野太い声には尖りがない。
ホイミィが怒鳴られたりするんじゃないかと心配したが、どうやらその心配は無用らしい。
よかった、とリツトは大きく息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
「リツトが一緒に探してくれたんだ!
別の世界?から来て泊まるとこないんだって!」
「リツト?……ほう、別の世界からか!がっはっは!そうかそうか!」
ホイミィが先に言いたいことを伝えてくれたおかげで、お?いけるんじゃね?と期待するリツト。
しかし、リツトは暗がりから出てきたピヨ爺の姿を目の当たりにし、戦慄する。
――クソデカい。
2m以上あるんじゃないだろうかという上背に、岩を思わせる張りに張った筋肉を纏う、圧倒的な体躯。
両腕は丸太のように太く、試練の門を楽々クリアする様子が容易に想像できた。
顔立ちは凶悪な犯罪者面とも、歴戦の強者とも形容できる様相。
太い白眉の下の双眸は力を宿しており、白い顎鬚を雑に切り揃え、短めの白髪を後ろへ流している。
現代では一生会うことのないであろう、力を具現化したような出で立ちの男。
リツトは緊張で身動きが取れず、心臓が口から出るどころかジャイロ回転して150キロでキャッチャーミットに収まる勢い。
しかし、寄辺なきリツトは、この男に「泊めてください」と言わなければならない。
全ての力を喉笛に注ぎ込み、直立不動で声のみを絞り出す。
「コミヤマリツトと申します!そちらのホイミィさんにご紹介いただき!恐れ多くも馳せ参じた次第であります!何卒!一宿一飯を頂戴したく!宜しくお願い申し上げます!!」
リツトは上官に教育を受ける新入り軍人の如く、つま先を揃えて大きく挨拶をする。
目は開けられない。怖くて顔を見られないのだ。
しばしの沈黙の後、ピヨ爺の口が開く。
「……へ」
「へ?」
「変態じゃああああ!!!!????」
見ず知らずの老人の無礼千万な物言いに、温厚なリツトの何かが切れ、怒りが吹き出す。
「……こんのジジイ!初対面でそれはないだろ!誰がへんた……あ」
リツトは全裸だった。
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