第三話 ヒロイン?とヒヨコ水


「――ぃ」


「――おい」


「おーい。あ、目が覚めたか~!

 よかったよかった。よかったなあ。大丈夫か~?」


 鳥スライムに襲われ、全身を溶かしながら啄まれたはずのリツトは、わんぱくな声に起こされて自身の無事を認識する。


 周囲は日が落ちたことで暗い色を醸し、空は橙に少しばかりの紫を加えたような色合い。

 ざっくりとニ、三時間ほど寝ていたのだろう、と推測するリツト。


「……大丈夫! ありがとう! 君が見ててくれたの?」


 リツトは隣にちょこんと座り、こちらを覗き込むわんぱくな声の主に語りかける。


 声の主は少女だった。肩まである純白の髪はふわりと柔らかく、肩甲骨の辺りで先端を縛っている。

 クリっとした大きな目の中心には、好奇心を宿した蒼い眸が輝く。

 肌も真っ白で透き通るようで、俗っぽく言えば「まるで妖精さん」だ。


 おしりにはコーギーみたいなちっちゃなしっぽが付いており、ピコピコと揺れて可愛らしい。


 いわゆるファンタジーおなじみの獣人的なやつだろうか?


 ケモミミが無いのが少し残念、と小さな文句を感じながらも、リツトは初めて見るファンタジーの住人に心躍らせる。


 年は小学校低学年くらいだろう。袖の無い茶色の服とくるぶしでしばった大きめのズボンを身に纏い、中性的な雰囲気を醸しているものの、まごうことなき美少女。


 成長すればとんでもなくキレイな女性になることが容易に予想出来る、見事な顔立ちをしていた。


「そうだぞ!すっごいいい匂いがしたから走ってきたんだけどな?

 そしたらな?お前が倒れてたんだ!びっくりしたぞ~!」


 少女はケラケラと猫のように笑いながら、状況をざっくりと説明してくれる。


 白髪の少女の「いい匂い」という供述から、リツトがこの森で強者となることを決意し、放った渾身の一撃は、どうやら本当に焼いたエビの匂いをまき散らしただけだったようだ。


 無傷であることから察するに、スライム達は食べ物の匂いを感じて飛び掛かったものの、お目当てのものが無かった為に諦めた、といったところだろう。


 リツトが世界を救うにあたってアテにしていた①召喚特典パワーは、エビの匂いを出します!という、エントリーシートにも書けないような、宴会芸でもインパクトに欠けるような弱特技だった。


「ああ、そうなんだ……。ありがとう……」

 お礼を言いながらも、建てたばかりの人生プランが崩れ去る絶望にガックリと肩を落とすリツト。


「どした?なんか嫌なことあったのか?」

 少女が落ち込むリツトを心配そうに覗き込み、グッと顔を近づける。


 わっ、近くでみるとかわい……


 くっさ!?


 ……くっさ!魚か!?生臭え!!


 リツトは声こそ出さなかったものの、少女が放つ異臭に目をパチクリさせる。


 そう、少女はとても臭かったのだ。魚を捌いた時の手の臭い、あれが目の前にいる見目麗しい妖精から出ているのだ。


 リツトは彼女を傷つけまいと、顔を避けたりするのを懸命にこらえ、彼女の妖精たる美貌を観察することで平静を保とうとする。


 だが、それは見えていなかった真実を明らかにしてしまう。


 顔立ちはとてもキレイ、それは間違いない。

 だが、彼女は全身が泥まみれだった。


 純白であるはずの髪は泥でぐしゃぐしゃ。顔には泥やら草のごみやらがついており、服は元が茶色いわけでなく、泥や土により着色されていたのだ。


 つまり、彼女はとんでもなく汚いのだ。それはもうとんでもなく。どろんこ祭りでも開催されたんか。


 第一印象により美化されきった美少女像と、生臭さにより気付いた真の姿の乖離に頭を悩ませたが、リツトは起死回生の一手を見出す。


 ――洗えばいいじゃない。


 そうだ。この子はとってもかわいいのだ。

 泥だらけで生臭いのは、洗ったら取れるんだもの。

 お風呂に入れば彼女は美少女に違いないのだ。


 それに彼女は見ず知らずの自分を心配してくれる、とってもいい子なのだ。


 臭いがなんだ。汚れがなんだ。

 優しい心と美しい顔立ち、それがあればもうヒロインなのだ。


 リツトは全ての雑念を取り払うと、彼女と仲良くなるべく、まずは彼女との会話を楽しもうと切り替えてみせる。


「全然大丈夫だよ。心配させてごめんね!俺はコミヤマリツト!君のなま…!!!???」


 リツトは目の前の光景に絶句する。


 少女は鼻をほじっていたのだ。それも泥だらけの生臭い手で。人差し指を第二関節まで入れて。


――この子ほんとに美少女か?


 いやいや!まだ子供だし?それに、その、ここは異世界。

 鼻をほじるのは、髪を触るくらいの、普通のことなのかもしれない。

 ・・・そう!そういう文化なんだ!きっとそうだ!


 リツトはふっと湧いた疑念を力ずくで押し込め、自身のヒロイン像を守り通す。


「ん?名前か~?俺はホイミィっていうんだ!よろしくな~!」


 泥だらけの生臭美少女、もといホイミィは簡単に自己紹介を済ませると、ポケットから生の小エビを取り出した。


 すると、鳥スライム達がわらわらと集まってきて、ホイミィは1匹ずつ小エビを配っていく。


「こいつらはヒヨコ水!友達なんだ!」


「……よろしくな。ホイミィ。ヒヨコ水達も」


 リツトはホイミィとその友達に挨拶を返す。

 が、胸中はそれどころではない。


 ―――待て待て待て。


 一旦整理しよう。ちょっと情報が多すぎる。


 まず、鳥スライム。ヒヨコ水っていうんだってさ!それっぽ~い!

 とりあえず人は襲わないみたいだ!よかったよかった!


 ……なんてことは今はもうどうでもいい。


 気になったのはホイミィのほうだ。名前は可愛いよ。それはいい。

 ……ポケットから小エビ出してなかった?

 生ものをポケットに直入れ!?え!?ガサツじゃない?衛生観念がおかしいのではなくて?


 それに「俺」って言ってなかった?

 男か!?男の子なんじゃねえか!?


 リツトの「ボーイミーツガール」が音を立てて崩れる。

 夢を馳せた異世界冒険譚へ向けて必要な3つの要素のうち、早くも2つが理想とかけ離れたところで着地した。


 ……まあ、いっか。


 リツトは切り替えが早い男だ。

 ヒロインは別にいるのだろう、そうに違いないと自身に言い聞かせ、とりあえずこの出会いを大事にすることにした。


「リツトはなんで倒れてたんだ?」


「ちょっと話せば長くなるけど……、俺は別の世界から来たんだ」


「え~!?なんで?」


「いや俺もよくわかんねえ」


「そっか~!」


 リツトは異世界召喚の話をすれば、何らかのイベントにつながったりするか?という淡い期待を寄せていたが、ホイミィは軽い調子のままだったことを見るに、信じてもらえてないようだ。

 信じてもらえるように説明するのも難しい為、リツトは話を進める。


「それで、なんか6本足のヒツジに追いかけられてさ!

 もう必死に走ったんだよ!そしたらコケてさ~」


「あはは!こけたのか!かっちょ悪いな~!」


「いやほんと必死だったんだって!

 それで、この川まで来て、水飲んで、そしたらこいつらがいてさ!」


 リツトは近くのヒヨコ水を撫でる。害がないと分かるや否や、平気で撫でられるあたりも彼の美徳である。


「気付いたら囲まれてて!俺こいつらを見たこと無かったからさ!

 食われるんじゃないかと思って、魔法的な何かで倒そうと思ったんだよ!」


「うんうん!」


 ホイミィは蒼い眸をまあるくして、大きく頷いてみせる。


「それで大きな声で呪文を叫んだのよ!『ウル〇ーア』って!

 あっ、これは俺がいた世界の本に書いてた炎の魔法な!

 そしたら炎じゃなくてエビの匂いが出たんだ!

 それじゃあヒヨコ水達がもう一斉に飛び掛かって来たのよ!

 『あっ、死んだ!』って思って、気を失ったんだ……」


「あっはははは!!!」


 リツトは自身に起きたバカみたいな本当の話をしながら落ち込み、ホイミィはケラケラと笑う。


 沈む気持ちを紛らわす為、話題をホイミィに振る。


「ホイミィは何してたの?」


「俺はもっと上のほうでお魚をとってたんだ!

 そしたらヒヨコ水がみんなこっちに行くから、何かあるのかなって走ってきたんだ!

 そしたら変なやつがなんか言ってて、急にすっごいエビの匂いがして、倒れたんだ!」


「へー。それで見ててくれたのか。……変な奴?」


 俺のことか?失敬な!俺は全裸で大声を出していただけだ!


 ――リツトは変な奴だった。


「あっ、そういえばホイミィって近くに住んでるの?

 俺この世界に来たばっかりだから何にもわかんなくて、今晩だけでもお世話になりたいな~なんで考えてたりするんだけど、どう?」


 人がいると分かったからには、こんな森で一夜を明かす必要はない!


 こんな小さな子が一人でうろついているようなところだから、そんなに危ない動物はいないのだろうが、それでも見知らぬ森で野営なんて御免だ!


 リツトはホイミィとの会話で懸念の言語問題が解消されたことから、ホイミィが住んでいるであろう近くの村でしばらく仕事でもしようと考えていた。

 姿が子供になっている為、それほど警戒されずに済むだろうと打算する。


「いいぞ!」


 リツトの申し出に快諾すると、ホイミィは立ち上がり、「ついてきて!」とリツトの手を引く。


 リツトは立ち上がると、ホイミィに手を引かれるままに歩き出す。


 ホイミィの泥だらけで生臭い手。小さくて、弱い優しい手。


 この手を離してはいけない。


 何故か、なんとなく、ぼんやりと、そう思った。


 **************************


 しばらく歩いた後、「あれ?」とホイミィが声を上げる。


「どうした?」


「ここ、どこか分かんなくなっちった!」


「……うっそだ~」


 パーティを刷新したリツトであったが、相も変わらずすんなりと行かない冒険。

 始まりの村にすら辿り着けないまま、1日目の夜に差し掛かった。




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