第5話 正孝
終業のチャイムが鳴った。三十分ほど事務作業をしてから、正孝は会社を出た。
それほど大きな企業ではないが、無理な残業もなく人間関係も悪くはない。プライベートな時間もそれなりに確保できる。朝から夕方まで喋りっぱなしの営業職だが、それなりに充実していた。兄が事故で死ぬまでは。
約三年前。その日はいつにも増して疲れていた正孝は、夕食を近所のラーメン屋で済ませ、適当に風呂に入り、早々に眠るつもりだった。布団に潜ろうとした瞬間、見慣れない番号から着信が入っていることに気付いた。何度も繰り返される着信音に嫌気がさし、音を断ち切るという目的で電話を取った。電話の向こうからは見知らぬ男の声がする。睡魔と戦う正孝は、いきなり鈍器で頭を殴られたような衝撃を受け、心臓が跳ね上がった。電話の向こうにいる男が、兄の事故を告げたのだ。
病院へ駆けつけた時、兄は冷たくなっていた。隣には兄の妻と娘が寝ていて、同じように冷たくなっていた。脇道から勢いよく飛び出してきたトラックと衝突したらしく、全員ほぼ即死だったという。「息子がいるはずなんですが……どこに?」正孝は、先程の電話の主らしき男に尋ねた。息子はその日修学旅行に行っており、家にはいなかったらしい。
修学旅行を途中で抜けて帰ってきた息子は、もう動かない家族を見て泣かなかったが、その日を境に別人になった。明るく優しいクラスの人気者も、その日に死んでしまった。
相手が誰であれ、自分だけの空間に別の人間を引き入れるなど、考えただけだも窮屈で仕方がなかった。同棲。結婚。まるでその道に進むことが正義のように大半の人間は言う。自ら生きにくい世界に飛び込んでどうする。自分ひとり養っていくだけでもそれなりの苦労があるというのに。
二度と目を覚ますことがない家族の前で、背中を丸めてうずくまっている歩を見た。思ってもなかった台詞が自らの口から飛び出し、正孝は驚いた。
「俺の家へ来るか」
兄は両親と仲が悪く、早々に家を出た。息子をそんな実家へ連れていくわけにはいかないし、妻は一人っ子で両親は早くに亡くなっている。実際、正孝が引き取るしかなかったわけだが、そんなことを考える間もなく、何故か口が動いていた。
咄嗟に引き取ったものの、相手は多感な年頃の男の子。家族を事故で亡くしたばかり。正孝は、どう接するべきかわからなかった。もともと子供は好きではないし、誰かと一つ屋根の下で生活する可能性など自分の未来から取っ払っていたのだから、分からないのは当然である。だが、攻めあぐねているうちに歩の抱える闇はどんどん大きくなっていき、手が付けられないほどになってしまった。学校にも行かなくなっているらしく、その件で何度も電話がかかってくる。客先。学校。客先。学校。風邪をひいたときに見る嫌な夢を、ずっと起きたまま見ているような感覚に襲われた。毎日使っていたフライパンや菜箸は棚の奥底へと追いやられ、代わりに大量の菓子パンが入口を占拠するようになっていた。
どうすれば正解だったのだろうか。兄が自分と同じ立場なら、どんな言葉をかけるだろう。後悔と苛立ちが頭の中をぐるぐる回る。正孝は今日も、嫌な夢を見続ける。
◇
心労のせいか、正孝は近頃仕事のミスが増えていた。目の下にはクマができ、頬もこけている。ある程度事情を知る同僚からはしばらくの休職を勧められたが、家にいるのは気まずかった。自分の家に帰り辛い日が来るなど、思ってもみなかった。
何度も考える。もっといい選択肢があったのではないかと。こんな共倒れのような生活から脱却する方法を探さなければ。考えれば考えるほど頭はこんがらがり、目は回り、ミスは増えた。
作成した見積書を印刷するため席を立ち、プリンターの前まで移動したとき、正孝は周囲からの視線に気付いた。自分の眼から涙が出ていることに気付いたのは、上司からハンカチを渡されてからだった。
「今日はもう休め」
ハンカチは受け取らず、自身のスーツの袖で涙をぬぐった後、上司に頭を下げ会社を後にした。
昼時の電車はほとんど人が乗っておらず、なんだか新鮮だった。ベビーカーを押した女性が目の前の席にゆっくりと座った。頻りに子どもの顔を覗き込んでは微笑んでいる。歩もあのように、溢れんばかりの愛情の中で生きていたのだろう。まだまだその愛の中にいなければならない年齢だというのに、どうしてやればいいのかわからないまま、もうずいぶん経ってしまった。愛にあふれる母親の笑顔は、今の正孝にとっては毒だった。
重たい足を引きずりながらやっとの思いで家に着いた正孝だったが、気持ちが休まることはなかった。ひとまず体を休めなければと思い、手を洗い、寝室へと向かった。
台所から、何かが落ちたような大きな物音がした。歩がいるのかもしれない。今日こそは何か話さなければ。なんでもいい。今の生活に終止符を打てるような何かを。重い体に鞭を打ち、台所へ急いだ。
荒らされたシンクの上へ目をやった。そこに歩の姿はなく、銀色のボウルががさがさとひとりでに動いていた。気が動転したが怯んでいる場合ではない。人ではないことは確かだが、あれを何とかして追い出さないことには落ち着いて寝ることもできない。正孝はソロソロと近づき、勢いよくボウルを剥ぎ取ったあと、そのまま思い切り振りかぶった。
中にいたのは、真っ白な猫だった。白すぎてうっすらと光を帯びているようにも見えた。てっきり汚い獣か何かがいるとばかり思っていた正孝は、あまりに綺麗な猫だったために少し怯んだ。
「ち、ちょっと待ってくれ!」
その声に驚いた正孝は、手に持っていたボウルを床に落とした。誰かが家の中にいる。
「出てこい!」
正孝は、弱り切った身体から絞り出すように声を上げた。
「落ち着いてくれ!正孝!」
正孝の動きが止まった。今、確かに名前を呼ばれた。そして声の出どころを何回たどっても、行きつく場所は一つだけだった。
シンクの上にもう一度目をやった。猫がじっとこちらを見上げている。とうとう頭がおかしくなってしまったと絶望した。こんな意味不明な幻覚を見るようになってしまってはもうどうしようもない。完全に壊れてしまったと、正孝はその場に膝から崩れ落ちた。
「落ち着いてくれた……というわけではなさそうだな。すまない。驚くなという方が無理な話だ。呼吸が整うまで待っている」
正孝の気が動転している理由はもう一つある。むしろ、猫が話しているという状況よりも奇怪な現象のような気さえした。呼吸は整っていないが、恐る恐る口を開いた。
「消えてくれ。どうしてよりによって兄貴の声なんだ」
幻覚に話しかけているという絵面に咄嗟に恥ずかしさを覚え、独り言のように言った。本当に何をやっているのだろうかと自分を殴ってやりたくなるような衝動にかられ、下を向いた。
「おお、気付いてくれたか!嬉しいよ。流石は我が弟。……久しぶりだな」
猫はシンクから床へと軽快に飛び降り、膝をつきうな垂れる正孝の傍で座った。
「信じられんだろうが……今目の前で起こっていることは幻じゃないぞ」
猫は何故か少し嬉しそうな、してやったり、というようなテンションで言った後、正孝の手の甲に前足を置いた。肉球からほのかな温かみを感じる。信じたくはないが、どうやら本当のようだ。
あれこれ考える力も残されていない正孝は、目の前にいる猫をじっと見た。そして、ゆっくりとした気怠そうな口調で話しかけた。
「なんて姿してんだよ。久しぶりの再会だっていうのに。少しくらい人間の要素を残しておいてくれよ」
猫は目を見開いて驚くような顔をした後、高らかに笑った。
「まあそう言うな。これはこれでいいと思っているんだ。可愛らしいしな。それに、人の姿でゆらゆらと現れる方が怖いだろう。こっちの姿で正解だ」
声。話し方。姿は猫であるのにも関わらずその雰囲気さえも、兄そのものであることがおかしくなり、正孝は少し笑った。可愛らしさとは正反対の筋肉質な体に強面のルックスが、猫の背中から背後霊のように浮かび上がってきそうな気がした。
「まだ冗談を言える元気は残っていたみたいだな。よかったよ」
猫はガハガハと大声で笑いながら言った。
「もう残ってねえよ。……本当に何しに来たんだ、兄貴」
猫は「コホン」と大げさに咳払いの真似をし、正孝に説明を始めた。
「歩の様子を見に来たんだ。どうしてんのかと気になってな。そしたらあいつ、いろんな人に迷惑かけまくっててよ。まったく、さすがは俺の息子だぜ」
猫は少し笑った後、今度は控えめな咳払いをして続けた。
「その一番の被害者がお前なんだよな。……すまねえ」
正孝は自分の辛い胸の内を吐き出そうとしたが、豪快な兄が真剣に謝る姿を見てそっと飲み込んだ。代わりに出た小さな溜息の後、正孝は弱々しく話した。
「被害者って……まあ、まだ子どもだ。しょうがねえよ。ただ、兄貴の子どもの頃みたいな、豪快でやんちゃな迷惑のかけ方とは違うけどな。まだそっちの方が笑ってやることもできたかもしれないが……」
少し長めの沈黙があった後、正孝は泣き出しそうな震える声で言った。
「……なあ兄貴、どうして死んじまったんだよ」
猫は一瞬とても悲しそうな顔をしたように見えたが、一度大きく首を垂れた後、勢いよく頭を振り上げ胸を張った。
「なんでって、お馬鹿さんがでっかいトラックでスピード出しまくってたからさ。止まれの標識も堂々と無視しやがって。さすがの俺でもトラックを跳ね飛ばすのは無理だぜ」
「なんでよりによってあの道を通ったんだよ。いつもは通らないだろう」
歩の家族を乗せた車が事故を起こしたときに通った道は、見通しが悪いことで有名な悪路だった。
「あの時は急いでいたんだ。仕方がなかった。……まったく、こんなことがあったんだ。早急に道路の改善を進めてほしいもんだな」
猫は気丈に振舞ったが、正孝は当時の衝撃が鮮明に甦り、目にうっすらと涙を浮かべた。
「どうしてこんなことになってんのに楽観的でいられるんだ。息子が一人、置いて行かれたんだぞ。あいつはまだ中坊だ。もっとたくさんの愛情を注がれて大きくなるはずだった。でも、もう誰も残ってない。あいつはこれから、その愛情を受け取ることができないまま大きくなるんだ」
正孝は、鼻を大きくすすった後、小さな声で独り言のように言った。
「俺だって、泣きてえよ」
猫は目を大きく見開いた後、正孝の顔を覗き込む姿勢をとり、茶化すような口調で言った。
「それはもしかして……大好きな兄ちゃんが死んじまって、悲しいからか?」
「あたりまえだろ!あんたは歩の父親であり、俺の大切な兄貴でもあるんだ。悲しくないわけないだろ!」
怒鳴るように感情をぶつけてきた正孝に、猫はまたもや目を大きく見開いた後、何かを考えているのか黙ったまま正孝を見つめていた。
しばらくして、猫はゆっくりと口を開いた。
「いやあ、驚いた。正孝は俺のことをちゃんと、兄貴として見てくれていたんだな」
「何を言ってるんだ。いつも呼んでただろ。兄貴って」
「そうじゃない。お前は昔からしっかりしていたから、いろんな人からよく、どっちが兄貴かわからないって言われてただろ?実際俺は馬鹿だし、ふらふらしてたからさ。そういわれるのは当然だと思ってたし、別に嫌でもなんでもなかったよ。だけど正孝は、こんな兄貴らしくない俺にはとっくに愛想つかしてるんだろうと思ってた。俺が死んでも、別に大したことはねえんじゃないかって。……そうか。俺はお前にとって、兄貴だったか。」
猫は静かに、だが確かに、喜びを多分に含んだ笑みをこぼした。
正孝にとって、兄は憧れの存在だった。自分とは正反対の性格。存在しているだけでその場の空気を明るくできてしまう。漫画の主人公みたいな男だった。自分もあんな風になりたい。そう思ったことも何度もあった。兄弟ではあるが遠い存在だと感じていた正孝は、兄に対して自分から話しかけることはほとんどなかった。
「それならなんでもっと話しかけてくれなかったんだよ。愛する兄貴にありったけの想いを伝えようと努力しろ!」
猫はますますテンションを上げ、大声ではしゃぐ。
「そういうところだ。うるさすぎて近寄るのが面倒だったんだよ」
猫は嬉しそうに笑った。
◇
「いいことが聞けた。来てよかったよ。あとはこれを完成させれば、任務完了だ」
猫はそう言うと、先程シンクの上でひっくり返した小鍋の上に前足を置いた。
「そういえば、何しようとしてたんだ?ていうか、よくもやってくれたな」
正孝が放った小さな怒りを受け流し、猫は元気よく言った。
「味噌汁を作ろうと思ってな!」
「味噌汁?……なんでだ」
正孝には全く見当がつかない。
「さっき言ったよな。歩はもっとたくさんの愛情を注がれて育つはずだったって。……はずだったんじゃねえ。これからも注いでやるんだ!」
言っていることの意味が分からないというのは生前もそうだったからか、正孝は当たり前のように受け流した。
「そうか。ところで、その姿でどうやって料理しようと思ってたんだ?」
猫は沈黙の後、へらっと笑ってごまかした。
◇
正孝は、猫に言われるがままキッチンに立ち、近所のスーパーに買いに行かされた野菜を切っていた。
「最初から俺にやらせる気だったんだろ」
「そんなことはない。自分でやるつもりだったさ。だが思いのほか、この体は扱いが難しかった。そこに現れたのがお前だったのさ」
正孝は小さくため息をつきながらも、滑らかな包丁さばきで野菜を切っていく。その洗練された動きに、猫は感嘆の声を漏らした。
「さすがだな。やっぱりお前は器用だ。人の姿だったとしても、俺にはそんなことできねえ」
「……玉ねぎと豆腐切ってるだけじゃねえか」
正孝は呆れるように言ったが、久しぶりの料理に、少し楽しさを覚えている自分に気が付いた。
「よし。あとは鍋に水を入れて、具材と出汁と味噌を入れたら完成だな」
猫は胸を張って、まるで自分が用意したかのように満足気に言った。
「シンプルな味噌汁だな」
「ああ。歩の奴、大の野菜嫌いでよ。最初は定番のわかめやら大根やらがメインだったんだが、全然食おうとしなくてな。かといって野菜を全部抜いちまうのもよくねえから、なんとなしに玉ねぎを入れてみたんだよ。そしたらあいつ、完全にはまっちまって。気付いたら一番の好物になってたってわけさ」
猫は嬉しそうに語っていたが、喜んでご飯を食べる歩の姿など到底想像することができなかった。
「嫁が何回も作ってくれるからよ。俺も作り方を覚えたぜ。まあ、切って入れるだけっていうシンプルなものなんだけどさ。わざわざ鍋を引っ張り出してきて、包丁で具材切って、火にかける。大変な作業だよな」
猫は笑って続けた。
「まあ、その大変な作業を弟に押し付けちまってるわけだが。完成したら飲んでいいぞ!」
「……ありがたくいただくとするよ」
◇
完成した味噌汁を、おたまを使って茶碗に注いでいく。くたくたの玉ねぎたちが勢いよく底まで沈み、ゆっくりと顔を出す。なぜか懐かしさを感じる漂う味噌の香りに食欲をそそられる。調理したてを口にするのはいつぶりだろうか。
「こいつは旨いぞ。俺も食いてんだけどな。残念ながら猫の身体じゃ体に毒だ。一人で食ってくれ」
正孝は「そういうところは現実的なのか」と独り言のようにつぶやいたが、猫には聞こえていなかったようだ。
茶碗を両手で持ち、湧き上がる湯気をかき分けゆっくりと口へ近づける。味噌汁が口の中に流れ込んできた瞬間、正孝の目に浮かんだのは、仲良く食事をする家族の姿だった。
兄が歩の頭を荒っぽく撫でている。母と娘は食事を進めながら、口元に手を当て、大きく口を開けて笑うのを堪えているといった感じで控えめに肩を震わせている。歩は、見たことのない満面の笑顔だった。
今はもうない家族の姿。正孝は胸を締め付けられるような思いだった。
「……旨いな。これ」
「そうだろう。飼鳥家特製、思い出モリモリ味噌汁だ」
猫は得意そうに言った後、少し真剣な顔つきになった。
「これ。歩に食べさせてやってくれないか。これを飲んだところで大きく態度が変わるかはわからんけどな。見ててやっからウジウジすんじゃねえっていう、父ちゃんからのメッセージだ。これ以上、お前に迷惑かけるわけにもいかねえしな」
「直接言ってやればいいじゃないか」
「それはできねえ。まあいろいろあるらしいわ。それに、こんな姿で会いに行ったらびっくりさせちまうだろ」
「なんだよそれ……。俺ならびっくりしないと思ったのかよ。今でも信じてねえしな」
「信じてねえ割には、よく話しかけてくれるじゃねえか」
猫はからかうように言った後、大きく笑った。正孝は、ため息交じりに小さく笑った。
「歩が帰ってきたら温めなおすよ。食うかどうかはわかんねえけどな」
目に見えて元気がなくなる正孝の前で、猫は胸を張って言った。
「いや、あいつは食いに来る。この懐かしい匂いにつられてな。無理に話す必要はねえ。これはあいつが乗り越えなきゃいけない壁なんだ。まあ、ずいぶんでけえ壁だからな。周りの手助けがないと厳しいだろうが、もう手は差し伸べられている。あとはあいつが乗り越えようと上を向けばいいだけだ。こいつを食えばなんとかなるだろ」
「差し伸べた手が貧弱過ぎて、掴んでくれそうな気配がねえな」
歩に対する全てを諦めかけている正孝には、歩が上を向き、自身の手を取るなど現実味のない話だった。
「壁を上る側も、手を差し伸べる側も初めてなんだ。最初から屈強な腕のやつなんかいねえよ。差し伸べる側もまた、壁にぶち当たってるってことだ。だから一人一人がいろんなやつに世話になる必要があるんだよな」
いつも適当で、何も考えていなさそうな兄の言葉には昔から、肩の荷を下ろし、生きやすくなるようなヒントが隠れていることがあった。幾度となくたくさんの人に手を差し伸べてきたのだろう。「屈強な腕のやつはいない」と兄は言ったが、その手は重厚で、安心感のある手だった。
正孝の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「正孝よ。そろそろ時間のようだ。……今後も色々と苦労をかけるだろう。だが今のあいつのままではだめだ。なんとか現状を打開できそうな案として残せたのは、そこに置いてある味噌汁だけだったが。最後の最後まで不甲斐ない兄ですまないな。」
正孝は笑った。
「最後の最後、弟にかける言葉が謝罪か。らしくない。いつも通り、堂々と胸を張ってくれよ。歩のことは……まあ、なんとかやってみるよ」
猫はしばらく黙っていたが、その後、大げさに胸を張る仕草を見せた。目には涙を浮かべているように見えた。
「正孝、お前が弟で本当に良かった。ありがとう」
まっすぐな言葉がよく似合う。正孝は改めて思った。いい兄を持ったと。
「ありがとう、兄貴」
涙を拭うと、猫は消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます