駆け落ちの結末
疲れた様子で戻ってきたアビゲイルとは対照的に、光はいたく上機嫌だった。光の天真爛漫な性格を理解しているのはラッセルひとりである。
そのためか、力なく席に着いたアビゲイルを一番に気づかったのはラッセルだった。
「ヒカリに何をされた、アビゲイル」
「失礼な! 話してただけですけど!? っていうかここから見えてましたよね?」
非がある前提で話すラッセルに、光が反射のように言い返す。実際、アビゲイル愛が重めな面々はその指摘通り、少し離れて話し込むふたりを凝視していた。光がアビゲイルに物理的干渉をしたわけではないと知っているが、遠目に見えたアビゲイルの表情が決して穏やかでなかったこともまた知っている。
「本当に、少し内緒話をしていただけですわ。有難う存じます、殿下」
様々な情報を一気に与えられて疲弊したアビゲイルだが、想い人からの労りを感じて少し持ち直したようだった。自然と表情がゆるんでしまう。
珍しく少しとはいえ口角を上げたアビゲイルに、ラッセルの頬が熱くなった。
お互い意識し合っているのが端から見て丸わかりだというのに、想いをこじらせたふたりには気が付けない。フランシスとザラにとってはその方が好都合ではあるものの、アビゲイルの想いに気づかない王太子に腹も立とうというもの。複雑な心境である。
そんな気持ちはどうあれ、いい雰囲気になっては面白くないフランシスが話を戻そうと口を挟んだ。
「ところで、このあとはどうするのかな? こちらとしてはアビーがウォルターと野に下ることになっても構わないよ?」
実のところ全く構わなくはないのだが、王太子妃になるよりは幾分ましだとフランシスは考える。最も、アビゲイル本人がウォルターや夜の乙女のために拒否するのは分かりきっていたのだが。
「それに関しては解決しましたわ、お兄様。ヒカリ様が結婚を無効にする方法をご存知だとか」
「えっと、方法は知りませんよ?」
思いもよらない光の返答にアビゲイルがまたしても停止した。光の方はやはり、にこにこしている。アビゲイルの反応を見て楽しんでいるらしい。
光は友人をいじってコミュニケーションを図るタイプだが、明理と親友になれただけあって本当に無体なことはしなかった。だが、兄といい親友といい、どうにもアビゲイルの周りには愛情表現が独特な人間が多いようだ。
朝から特殊なことばかり起こっているせいで思考力が低下してしまったアビゲイルは、まだ復帰する気配もなかった。見かねたラッセルが助け船を出す。
「ヒカリ、勿体つけるのはやめないか。口振りからすると解決策は知っているのだろう」
「それはモチロン! アビゲイル様に教えるつもりもありましたよぅ……あっ」
何かを思い出した様子の光が再び席を立った。そのままアビゲイルの手を取って、再び執務机の方へと離れていく。
残された面々はアビゲイルを案じる素振りを見せながら、アビゲイルが光に対して拒絶を示さなかったために見守る姿勢をとっていた。
「ひーちゃん、今度はなんですの?」
「解決策ってゲームの知識だからさ、他の人には聞かれるわけにいかなくて……つい向こう戻っちゃったけどだめだったわー」
カラカラと笑う親友に、アビゲイルは呆れて溜め息を吐く。けれど、なんだかんだこの親友は優しいのだ。
これまで何度も日本人を召喚してきたこの国の王族たちは、転移者の発言がどんなに突拍子がなくとも基本的には信じてしまう。転移者たちが積み上げてきた歴史がそうさせるのだ。
この世界がゲーム――すなわち作りもの――の世界だと知らされるのはあまりにも衝撃的なことだろう。それを回避するためにわざわざアビゲイルを引っ張ってきたのだと思われた。
最初から全部話してくれていれば良かったことなので、詰めが甘いとは言わざるを得ないのだが。
「それで、そのゲームの知識というのはなんなのかしら?」
「あーちゃん、オリジナルしかやったことないよね? あたし移植版も買ったんだけど、隠しキャラのルートにバッドエンドが追加されてたの」
「駆け落ちルートでバッドエンド……?」
「そう。養子縁組した貴族家に連れ戻されて政略結婚させられるバッドエンド」
またしてもアビゲイルが絶句する。なんという乙女ゲームか。朝ぶりに制作陣へ批判を投げつけたくなったが、それがヒントになるのだから文句は言えない。そもそもこの世界で制作陣に批判の声を上げたところで、どうしようもなかった。どうにかしたいわけでもないが、文句ぐらいは言いたくもなる。
文句はさておき、貴族家に連れ戻される描写があったというのだから、結婚を無効にする方法があるといった光の言に間違いはなかったわけである。
「連れ戻す方法があるということですわね」
「そう。でもね、さっきも言ったけど方法はわかんないの。細かい描写はなかったんだよね」
「けれど、手がかりはあるのでしょう。そうでなければ、あんなにはっきり“なかったことに出来る”とは言わないのではなくて?」
「さっすがあーちゃん! よく聞いてるね。細かいことは省くけど、ゲームの貴族家の情報源を考えるとさ、王族か公爵家がそうなんじゃないかなって。やっぱり地位が上の人じゃなきゃ知るよしもないことってあるでしょ?」
そこまで聞いて、アビゲイルにも一つ心当たりが出来た。
ちらりとテーブルの方に目を向けてみると、全員が真剣にこちらを注視している。突然席を立ったふたりが注目を集めるのは自然なことなのだろうが、アビゲイルはひどくいたたまれない気分になった。
「ひーちゃんの言い分は理解しましたわ。ものすごく見られているので席に戻りましょう」
「えっいいの? もうちょっと話詰めなくて」
「ええ、心当たりが出来ましたの。ひーちゃん、とても感謝していますわ」
明理だったときの魂の記憶とでもいうべきものだろうか。表情があまり動かないはずのアビゲイルが、光に対して柔らかく微笑んだのだ。
テーブルで待つ面々が目を丸くする。
王族の理性で耐えていたが、ラッセルなどはテーブルに頭を打ちつけたい衝動に駆られるほどだった。恋愛音痴のウォルターまで顔を赤くしている。フランシスとザラは悔しそうな雰囲気を醸し出していた。
戻ってきたアビゲイルと光に、ラッセルが誤魔化しも兼ねて声をかける。
「先ほどと比べると短い話だったようだが、その、大丈夫かアビゲイル?」
「ええ、解決策の詳細を伺っただけですから」
「なんでラッセル殿下はそんなにあたしを悪者にするんですかねー?」
落ち着きを取り戻したアビゲイルが淡々と答え、光が不満そうに独りごちた。
当然ながら、身分が違うザラとウォルターはなかなか口を挟めない。仕切り直しはもうフランシスの役目のようになっていた。
「では、アビゲイル。どうやって解決するのか聞かせてもらえるかな?」
「勿論です、お兄様。ですがその前に、お兄様が知っていることを洗いざらい話していただきますわ」
どことなく意地悪さを感じさせるフランシスに、アビゲイルもまた挑むように答えたのだった。
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