1話 ヒーローを討て 前編
俺の名はヴィラーン星人G-0(グレイ)。
ヴィラーン星本部の命令により、地球侵略の為、この地に舞い降りた。
地球での調査を続けて早10年、この星では地球人=人間というヒューマノイド型の生命体がこの星の支配権を握り、文明を築いて暮らしていることが分かった。
人間の身体能力はそれほど高くはなく、宇宙人は愚かこの星に住む他の大型生物にすら力では劣る。
だが奴等は身体ではなく優れた頭を使い、技術力を発展させ、食物連鎖の頂点に君臨したそうだ。
決して侮れ無い。
それと宇宙にはヒューマノイド型の異星人は少なくないが俺達ヴィラーン星人の姿は客観的に見れば地球人とは似ても似つかない異形の姿だ。
人間のように肌色は黄色くなければ、口も自由に開閉しないし全身に毛生えてない。衣服を着る必要もない。
この星の基準だと俺は化け物だ。見つかれば大騒ぎになるだろう。
とはいえ別に困ることでもない。
ヴィラーン星人の能力の一つにこの星の原住民の姿に擬態出来る力がある。
俺は地球人として暮らす為、20代くらいの若い男の姿に擬態し、宇城大宙(うしろそら)という偽りの名を名乗った。
この星の平均的な一般男性を参考に、黒髪で顔立ちも地味、スタイルも中肉中背と、何処にでもいるなんてことない普通の青年の容姿に上手いこと調整は出来た。
誰も俺が宇宙人だとは思うまい。
そして地球の言葉を一生懸命勉強し、スラスラと喋れるようになった頃、俺はカモフラージュの為、漫画家という職業についた。
元々向こうにいた時も絵を描くのが趣味だったし運も良かった。
俺は様々な星に遠征に行った経験を活かして作品を作り続けた。
ヒットさせるのにそう時間はかからなくなり、暫くすると生活には困らなくなっていた。
「宇城さーん、新作はちゃんと考えてますかー ?」
今日は自宅でモニター越しに編集の田所さんと次の作品について会議をしていた。
田所さんは若いのにしっかりした女性であり、何度も助けられた。
近頃の地球では少々厄介な流行り病が蔓延しており、人間達は互いに感染しないよう距離を取るようになっていた。
まあ地球のウイルスごとき、俺には効かないが。
モニター越しで会議や飲み会が増えたのもその為だ。わざわざ会社に行く必要も無く、自宅で仕事をする者達もいる。
通信技術ならうちの星でもあるが、逆境からアイデアを生み出す人間達に俺は感心するばかりだ。
「ちょっとー、聞いてますー ?」
「あ、ああ、すみません、ボーッと考え事を」
「もーしっかりしてくださいよ? ちゃんと睡眠取れてますか ?」
田所さんはムーッとしながら俺の心配をした。
彼女は言いたい事はハッキリズバズバ言うし遠慮ない所もあるが担当の身体を気遣う事を忘れない優しい人であった。
「はぁ......すみません」
「で、出来てるんですか ?次回作の構想」
「はい、一応考えては来ました。えーっと......ジャンルはSFで、遠い星からやって来た宇宙人が地球という名の理想の星を手に入れる為奮闘する物語なんですけど......」
ここ最近はファンタジーに寄りすぎてたし、思いきって自分の体験談も踏まえた構想を田所さんに話した。
故郷にいた時から温めてた自信作だ。
しかし熱心に話せば話す程田所さんの表情から笑顔がスーッと消えていく。
「ふーん......宇城さん、この話って主人公悪役に見えません ?」
「え ?」
「だって人の星を奪う為に戦うって悪い奴じゃないですか、地球に住む人達が可哀想ですよ」
「た、確かに......」
田所さんの指摘はごもっともだ。
読者はヒーローを応援したいはず、悪い奴を主人公にしても人気が出るとは......。
って俺悪い奴じゃん! 今まさに地球を奪おうとしてる侵略宇宙人じゃん !
この星の価値観だと領土を拡大するのは悪で侵略を食い止める行為こそが善らしい。
......まあその話は置いといて......。
だが俺だって侵略宇宙人の前に一人の漫画家だ。漫画家としての意地がある。
そう簡単に自分のアイデアを没にされてたまるか !
「いや、ただ主人公が蹂躙するだけじゃ面白くないんで、地球を護る為に主人公の邪魔をするライバルを」
「そのライバルを主人公にすれば良いんじゃないですか ?」
「え......あ......」
鬼の編集者田所による容赦ない一撃により、俺の考えた渾身のアイデアは反転して
「地球侵略を目論む宇宙人から平和を護る正義のヒーローの物語」という方向性に固まり、ノンフィクションからフィクションとなった。
侵略宇宙人である俺が侵略者を撃退するヒーローの話を描く事になるとは皮肉過ぎて笑いが止まらない。
「はぁ......」
リモート会議が終わり、モニターの電源が切れたのを確認して俺は緊張が解けたのか、全身から空気が抜けたかのように机の上に突っ伏した。
「何やってんだ......俺」
深いため息が霧のように口腔から吹き出る。
地球で漫画家として過ごすうち、自分が何をしにここにやって来たのか、分からなくなる時があった。
未だ成果は出ず、気付けば漫画を描くことに神経が行ってる。
いつの間にか、本来の目的を見失いつつあるのを感じる。
このまま地球人として生涯を送るのも良いかなと思うようにさえなった。
K-7(ケイナ)が今の俺を見たら失望するだろうな。
と、そんな不甲斐ない自分自身に呆れていたら突然モニターがバチッと光り出した。
「うわっ !」
びっくりして飛び上がると、画面には強面な上司の顔が映し出された。
「暫くぶりだなG-0(グレイ)よ」
「は、はい......上官殿こそ、お元気そうで」
突然の上官からの通信に俺は緊張し、震え声で返した。
まるで抜き打ち審査のようで空気が張り付き、生きた心地がしない。
そういえば最近は侵略活動に消極的だったけど......。
「地球侵略計画は順調か ?」
上官は静かだが重みのあるトーンで俺に問いかけてくる。
「は、はい......現在も地球の生態について調査中でございますがこの星に住む動物の脅威や地球人の持つ兵器は我々への脅威にはなりえないことは判明しました !もう少しで地球侵略の手筈が整うかと !」
本当は数年前からサボり気味だったがバレたら殺されるので慌てて嘘八百を並べ立てた。
だって漫画描くのに忙しかったし......。
「そうか、しかし些か時間がかかり過ぎではないかね ?」
「うっ......それは...... 」
上官は懐疑的な目で俺を見つめてくる。
モニター越しだが目の前に対面してるかのような錯覚を覚える。
汗が止まらず背中がぐっしょりだ。
必死に言い訳を考えるがこんな時に何も浮かんでこない。
いつもなら漫画のアイデアが湯水のように溢れてくるというのに。
てか12,742 kmもある巨大な星を一人で調べあげろなんて何100年かかると思ってるんだ !
「まあ良い、G-0(グレイ)よ、兎に角我々ヴィラーン星本部はいい加減痺れを切らした。このまま時間をただ無駄に浪費する必要はない、まずはお前が地球に攻撃を仕掛けろ」
「い、いきなりですか ?」
「無論、貴様一人で全てやり遂げろとは言わん、先制攻撃を仕掛けるだけだ。国の一つでも攻め落として見せしめにするだけで構わん」
ハードルが少し下がり俺はホッと胸を撫で下ろす。
とはいえ何年も後回しにしてたとはいえ、あまりにも急過ぎる命令だ。
それに俺はヴィラーン星人の中でも弱い。
巨大化すらも出来ない。
一人で国を落とすなんて無理だ。
「だがお前の身体は戦闘特化ではない。お前の言う通りいくら地球に我々への脅威が無いとはいえ、一人で地球を攻めるのは不可能......そこでお前の為に切り札を用意してやったぞ」
上官は不敵に笑うと突然モニターの画面が赤く発光し、画面内から小さなカプセルが勢い良く飛び出してきた。
「こ、これは...... !?」
恐る恐る床に転がったカプセルを手に取ると、まるで生きてるかのように温もりを感じた。
「そのカプセルの中には炎翼鳥獣ジャックが封印されている。お前の本来の力は巨獣使い......こいつを使役し破壊活動を開始しろ」
「ほ、本当に俺がやるんですか !?」
「もし命令に背けば貴様は処刑する。期待しているぞ、G-0(グレイ)」
上官はそれだけ言い残すとモニターの電源が切れ、画面は真っ暗になった。
「ちょっ、上官!? 待ってくださいよ !......そんな......」
俺は茫然と立ち尽くし、カプセルを握り締めながら暗くなった画面に映り込んだ自分自身の腑抜けた姿を眺めるしかなかった。
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