第6話

 塩素の匂いがほのかに香る教室。蒸し暑い教室に入り込む風を窓際の特等席で感じながら、目を細めて黒板を睨む。

 数秒に一回はまどろみに引きずり込まれそうになりながら。

 プールの後の授業はどうしてこう眠たいのだろう。

 全身を重たい水の中でこれでもかと動かすから?

 衣替えの完全移行も待たず、半袖に腕を通すほどに暑さと、水温とのギャップに体力を奪われるから?


 プールという非日常を心の底では楽しんでは、授業の退屈さとのギャップにやられてしまうから?

 そのどれもが正解のようで、どこかズレているような。埋めきった選択式穴埋め問題の前で、往復の見直しを自己強迫している気分が襲ってくる。


「そりゃお前、バイトのせいだわ」

 結局、石井のこの結論に落ち着く。

「やっぱそうなる?」


 一時期は閑古鳥が鳴いていた我が【ニューヨーク】にお客さんが戻り始めたのだ。

 離れていたお客さんだけじゃない。

 初めて見る新規客も目に見えて増えている。おかげで忙しさも増して、僕の体力はゴリゴリ削られている。


「いいことじゃん。店長さんも喜んでるんじゃないか?」

「うん? まあ、そうだね」

「なんだ。含みのある返事だな」

「喜んでいるのはそうなんだけど、さ」

「調子に乗ってたりする?」

 僕は頬のこけた阿部寛に似た店長が招き猫を抱きかかえ、破顔する姿を思い出す。

「……そんな感じ」

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