第4話

 今日も今日とて、暇であった。

 制服を着たグループが五組。大学生らしき集団が二組。サラリーマンが十人。

 一番忙しかったのはフードもしっかり注文するサラリーマンが集まった時間帯。十九時から二十時の間。明日も仕事のある彼らはドリンクバーで時間を潰したりせず、せいぜいスープのおかわりを二回したぐらいで店を出ていく。

 二十二時半の今、店に残っているのは店長と僕、キッチンの田中さんだけだ。

 店内には僕たち二人の他に、音楽談議に花を咲かせるバンドマンらしき四人組。それと、ノートパソコンと向かい合う目つきの悪い眼鏡の男。ブランド物が目立つ若い女。これのみだ。


「夜は変わらず、ですね」

「ああいう連中は関係ないんだろ」


 関係ない、とは昼に石井と話した、駅前のファミレスのことだ。正確には駅前のファミレスに客を獲られた理由やその推測。あまりに暇だったので話のタネにしてみたのだが、高校生の考えつくことなど、店長は既に気づいていたし、なんなら件のお店に既に視察も行っていた。

「こんな時間になれば店なんて開いてない。そもそも終電すらない。可愛い店員に鼻の下伸ばすよりも技術とか伸ばしたいタイプなんだよ」

「はぁ」

 そんなもんですかね。やけに肩を持つな。まあ、お店が苦しい状況でも変わらず来てくれる人たちだ。大事にしたいんだろ。


 入店のチャイムが鳴った。

「お客さんですね。あ、勝手に席座った」

「まあ、空いてるからいいだろ。注文取ってきて」

「了解です。フード出ますかね?」

「さぁな。一応田中起こしてくるわ」


 田中さんは昼も普通に働いているので、暇な時間が出来るとよくキッチンで眠っている。授業中眠れる僕と違って、彼にとってはこの時間が貴重な睡眠時間だ。

 ハンディを持って、お客さんが座った席へ向かう。一人で来たのに四人掛けのボックス席だ。別にいいけど、空いてるから。


 向かう途中、バンドマンのうち、通路側に座っている一人に呼び止められる。

「一樹くん」

「はい」

「今来たお客さんさ、たぶん女子高生だよ」

「はぁ」

 それはちょっと面倒だな。

「どうするの? 追い出すの?」

「いやぁ、どうでしょう。そんなことしたら僕も人のこと言えないし」

「それもそうか」とお互い笑って、話は切り上がった。彼らとは名前も知らないが、そこそこに顔見知りになると冗談を言い合えて少し楽しい。


 座席から飛び出ている黒髪のボブカットの後姿。どこかで見たことがあるな、と胸の奥に良くない靄がかかり始める。

 そして、その靄はまさしく正解であった。危険信号みたいなもので、お互いのためにそれ以上進むなと警告してくれていたのだ。


 僕は警告を破って、無様に声をかける。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょう、か……」

 ハンディから目を離し、お客さんに向ける。

 別に珍しくもない髪型だから、油断していた。でも、気づくべきだった。後姿は、髪型だけじゃない。頭の形だって、印象の大きな要素だ。

 授業中、睡魔が鳴りを潜めて、退屈なとき。つい、目を向ける後姿の持ち主。


「久米川……」

「あ、あれ? 高宮君?」

 この時の久米川は、なんというか冷静に焦ったような顔をしていた。でもたぶん、慌てていたのは僕の方。ドリンクバーの注文を何度も押し間違えてクリームソーダを三回もオーダーしてしまったからだ。

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