第2話

 たかみや、と書かれ、一般バイトを表す☆が一つ記された名札をバイト先の制服に着ける。


「一樹くん、ちょっと混んできたから早めに入って。今日ホールね」

「了解でーす。十五分多めに付けといてくださいねー」

「えー、二十二時超えても働かせてあげてるんだから許してよー」 

 今回だけですからね、と切り上げてバックヤードから表に出る。


 時刻は十七時。学校終わりの学生で賑わい始める。繁華街とオフィス街のちょうど中間に位置するここ【ファミリーレストラン ニューヨーク 本宮寺店】はこの時間から徐々に客足が増え始め二十一時までピークタイムとなっていく。はずなのだが。


「最近、暇な時間が増えましたよね」

 同じ店に一年も勤務していれば客層もわかってくる。

 平日、僕の勤務開始時間と重なる十七時ごろからは学校終わりの学生がだいたい三、四人のグループで入ってくる。


 山盛りポテトを平らげ、ドリンクバーを一通り試した学生は帰っていき、十九時ぐらいになると腹を空かせた会社員が一人、二人とやってくる。グループ客は少なく、だいたいがお一人様。アルコールを頼むのも半々といったところで、食べてボーッとしたら出ていく。二十一時になれば、スーツ姿は消えていき、ギターを背負ったり見た目が派手な、もう見るからに「まともな仕事をしていません。業界で食っていきます」みたいな人たちがやってくる。渋谷(行ったことないけど)で路上飲みして早朝には歩道の端っこで潰れていそうな風貌をしているくせに頼むものは十七時代に来る学生たちと一緒だ。


 一番安いポテトと、ドリンクバー。彼らも金が無いのだと店長の杉田さんは言う。

「夢で食っていくって決めたら、まともに金なんて無ぇんだよ。でも、どっかで集まって発散はしたい。そういう人間たちのために、ここはあるんだろうな」

 その声に少し羨ましさが滲み出ていて、店長も、四人掛けのテーブルで流行のバンドの悪口を言い合って最後は「ラッドみてーになりてー」と呟いて出ていく彼らのような時期があったのではないかと勘繰っている。


 こんな風に客層を観察できるぐらいには様々なお客さんがやって来ていたニューヨーク 本宮寺店だが、ここ最近、客足が遠のいている。

 毎日何枚も消費していた、席が空くのを待っているお客さんに名前を書いてもらうウェイティングリストも一日二枠埋まるかどうかだ。待ち時間ゼロ。ドリンクバーだけで何時間粘っていても店員から外待ちしているお客さんから白い目で見られることはない。一部の人たちからは大変ありがたいお店になった。


 この一部には僕たち店員の半分の気持ちも入っている。半分はやはり、暇なのは嬉しい。しかし、暇だと秒針を観察するしかやることがないので、もう半分の気持ちで混雑を願っている。


 アルバイトの僕たちでこうなのだ。

「たまにはこういう時期もいいな。休みも安心して取れるし。最近少し動くだけで息切れしてしんどいの

なんて言ってた店長はだんだんと暗い顔をするようになっていた。

「あー、いよいよ本部から言われちゃったよ。フードの質や店内清掃を見直せってよ。皆、真面目にやってるのにな。ぜってーお前らのせいじゃねーのにな」


 どうするかなー、と深夜二時。煙草を咥えながらボヤく店長も優しい人なのだと、脈絡もなく思っていた。お客さんが来なくなったのを僕たちアルバイトのせいには一切しなかったのだ。それは、僕が目の前にいたからかもしれないけれど、それも優しさなのだ。

「でも店長、深夜になるとポテト揚げる時間長いですよね。あれ、ダメなんじゃ」

「うるせー。そのほうがカリっとして美味いの」

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