第6話 入るのは簡単だけど出るのが難しい村
「入らないほうがいいよ」
村の入り口でマリは門番に止められた。門番はひょろ長い体で鼻にちょび髭を蓄えたオジサンだった。古くなっているがよく手入れされた鎧と、ひょろ長い体よりもずっと長い槍を持ちながらマリを止めた。
「そろそろ遅くなるし、野宿は嫌だから村に入りたいんだけど」
「ここから西へもうちょっと行けば、道沿いに小さな小屋がある。そこを使うといい」
「え、お風呂にも入りたいんだけど」
異世界に来てから、風呂に入らなくても大丈夫な免疫ができてることは間違いない。ただ、どうせなら風呂に入りたい。
「この辺に来ているということは、どうせ温泉で有名なノマ村へ向かっているんだろう?」
「びっくりするぐらいその通りだけど」
「そこでしっかり温泉に入ればいいじゃないか」
「そこまで言われると、この村にも入りたいんだけど」
うーんと、ひょろ長門番は困り顔だ。
「この村は入るのは簡単だけど、出るのが難しいんだよ」
「……どういう意味?」
「だから、そのままさ。入るのは簡単だ。この入り口から入っていけばいい。でも、出るのは難しいのさ」
「ここから出てくればいいんじゃないの?」
「そんな簡単なことだったら、ここで止めたりしないよ。この村に入ったら、毎日毎日客人として扱われてもてなされる。この辺で取れるキノコ料理は最高だし、ノマ村に負けないぐらいの温泉だって実は湧いてる」
そんな最高な村、入りたいに決まっている。マリはひょろ長の言葉を遮るように入ろうとするが、ガシっと肩を掴まれる。
「でも、出るのが難しいんだ」
「村が最高すぎて出れなくなっちゃうってこと?」
「客人としては最高なんだけど、客人のままだと出れない。そういう決まりなんだ。この村から出るには、この村の住人にならないといけない」
「住人になったら出れるのなら、住人になってそのまま旅に出たらいいんじゃないの?」
「この村の住人は大人の儀式を受けて成功しなければ村の外には出られない」
「わあ、ものすごく面倒なシステムだね……」
しかし、毎日もてなされて温泉にも入れるのなら、当面客人として居座りながら気が向いたら大人の儀式を受けて、成功するまでダラダラと過ごすのも悪くない。
そんなマリの甘っちょろい考えは、ひょろ長に一刀両断される。
「一度儀式を受けると客人ではなくなる。そして儀式に受かるまで、大人にもならないクズとして、男も女も身体を売る羽目になる。文字通り体を売る。客人に」
「地獄のルールだね」
「それらを全てわかって、人生の最後をこの村で客人として生きていこうとするやつらが大勢いてね。今、村人と客人は丁度半々ってところだ。村人はもう、しっちゃかめっちゃかに働いて疲弊してるよ。もてなすためにね」
「これ以上客人が増えたら大変だから、片っ端から止めてるの?」
「まあ別に、私は雇われ門番だからね。どうなってもいいんだけどね」
「え、雇われなの? それこそ村人から門番は捻出したほうがよさそうなのに。出費じゃん」
「理由はわからないけど、君が中に入るって言うのなら、なぜ門番を外注してるのか聞いておくれよ。ここまで止めたんだ。君が入るって言うなら、もう止めないよ」
マリは、2秒ほど考えて入るのは辞めておく、と伝えた。
「それがいいよ」
「なんでおじさんは雇われ門番なのに、私を止めてくれたの?」
「君が色々と体を売る羽目になるのは、あまり想像したくないからね。見たところ、まだまだ子供じゃないか」
「失礼だなあ。案外、儀式を一発通過するかもしれないのに」
「儀式自体が、村中の人間に体を許すって儀式だからね」
「なんだ、ただの卑猥な村かあ」
「外から見たらそうかもね。でも、中の人たちは本気なのさ。それで大人になると思ってるし、それが幸せへの第一歩だと思ってるんだよ」
「そんなもんかなあ」
「少なくとも、住んでいる人たちがどう思ってるかが大切だね。外野はあくまで、外野の意見だよ」
「おじさんはどう思ってるの?」
「……まあ、あと10年もしてまだこの村がこのままでいたのなら、客人として迎え入れてもらおうかな」
はっはっは、と笑ってひょろ長い門番はマリにマッチを渡してくれた。
「多分、小屋には風呂があるし、近くには井戸もあるはずだから。気力が残ってたら、これで風呂でも沸かして入りなよ」
「ありがとう」
マリはひょろ長い門番に手を振って、小屋を求めて歩きだした。
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