第5話 大きな滝の下で
ドドドドドドドド……
巨大な滝から聞こえてくる音は川のせせらぎとは全く違う爆音が響き渡り、ちょっとした恐怖まである。
マリは滝に興味などない。だが、立ち寄った街で知り合ったりんご売りのおばさんに「一度は見た方がいい、とまでは言わないけど逆にあそこ以外に行くところはない」とぼんやりとした勧められ方をして、ぼんやりと滝にも立ち寄ることにした。
ドドドドドドドドド……
小さな虹が発生している。バラエティ番組で芸人さんが滝行をしているのを見た記憶があるけど、この滝でやったら即死するんじゃないか。
マリはおばさんから貰った売り物にならない(形や見た目の悪い)りんごを齧りながら滝をボーっと見つめていた。
異世界にパワースポット的な概念があるのかどうかはわからないが、ちょっとした観光スポットにはなっているようだ。りんごを食べきる頃には、何組かの老夫婦が近くに座り始めていた。
やけに、老夫婦ばかりが集まってきてることに若干気になったが、寺社仏閣に行くようなものなのかな? とマリは勝手に折り合いをつけてすっと立ち上がる。
「お嬢ちゃん、もう行くのかね?」
「うん。結構長く居たし」
「それは、勿体ないねえ」
老夫婦がマリを引き留める。
「勿体ない?」
「もう少しすると……ほら、始まった」
ドドドドドドドドという音はそのままに、滝が逆流していく。上から下に流れていたものが、下から上へと重力が逆転したかのような現象。
老夫婦たちは、見慣れてはいるが何かおめでたいものを見てるような感じで、小さな拍手なんかしたりして微笑ましい。
マリは滝の逆流を見て大きな感動を得たりしたわけではないが、微笑ましい老夫婦を見て心が温かな気持ちになった気がした。
軽く話をすると、マリがやってきた街とは逆サイドにある小さな村からやってきた老夫婦のようだ。
「この滝は何度も見に来てるの?」
「そりゃあねえ、毎日の日課だしねえ」
「お嬢ちゃん、もしも急がない旅なのなら、明日の滝は見ものだよ」
明日は一年に一度だけ、何らかの現状で滝の水がオレンジ色に染まる日らしい。夕暮れ時に全てがオレンジに染まる風景はとても綺麗だそうだ。
「もう結婚してからオレンジに染まる滝を50回は見てるけどねえ」
「100回は目指したいところだなあ」
急いでる旅ではない、とあっさり思えてしまう自分に多少の違和感は覚えつつ、マリは明日も来ることにした。
老夫婦と、また明日会おうと約束して、街へと戻り宿を取る。
翌日、滝に行くとそれなりに見物客が集まっている。やはり一年に一度となると観光力も上がるのだろう。
りんご売りのおばさんから、今度はりんごを買ってかじりながら老夫婦を待つ。
夕暮れ時になると、滝の水がオレンジに染まり始めた。そして空もオレンジに染まり始め、滝が逆流していく。
神秘的な光景だが、マリはそれを楽しめなかった。
昨日話していた老夫婦が来なかったからだ。ふと、老夫婦の村へと向かってみようと思い、進んでいくと知らない観光客のお姉さんに止められた。耳が尖った綺麗なエルフのお姉さんだった。
「そっちに行くってことは、リタの村に行こうとしてるの?」
「名前は知らないけど、こっちにある村に行こうかなって」
「昨夜、魔物の襲撃があって……」
老夫婦に51回目の滝はやってこなかった。マリは一回目の滝を目に焼き付けながら、その場を後にした。
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